第4話:孤独と共犯者の夜明け
夜明け前。
再び図書館の扉を開けた美波は、ずぶ濡れの朱色のドレスのまま、カウンターに突っ伏した。
「……死ぬかと思ったわ。ほんとに。あんた、私のこと殺す気?」
「死なないように私が調整しました。……ご苦労様、池田さん」
里香は、既に淹れてあった最高級のダージリンを、湯気の立つカップに注ぎ、美波の前に置いた。
美波が持ち帰ったデータを解析し、里香の唇が満足げに弧を描く。
その微笑みは、普段の冷徹さからは想像もつかない、年相応の少女のような無邪気さを孕んでいた。
「これで、九条の足跡がまた一つ、私の書庫に刻まれました。彼は、自分たちが世界を支配する神だと勘違いしていますが……紙に書かれた記録は、神より長く、残酷に残るのですよ」
「ねえ、里香」
美波は紅茶の熱さを指先に感じながら、静かに、けれど確信を持って言った。
初めて、その名を呼び捨てにした。
「あんた、なんでこんなことしてるの。情報を集めて、本当は何がしたいのよ」
里香は一瞬だけ、完璧な司書の仮面を崩した。
眼鏡の奥の瞳に、深い、底知れない孤独の影が落ちる。
「……世界は、消えやすいもので溢れています。誰かが書き換えてしまえば、一人の人生なんて無かったことにされる。……私は、それが許せないだけ」
里香は白く細い指先をぎゅっと握りしめ、ぽつりと言った。
「……私の家族が、九条によって『存在しなかったこと』にされたようにね」
その言葉を聞いた瞬間、美波は迷わず、里香の冷え切った指先に自分の暖かい手を重ねた。
「……美波、でいいわ。私も、あんたのこと里香って呼ぶから」
「え……」
「私たちはもう、同じ泥を被った共犯者でしょ?」
里香は驚いたように目を見開いた。
重なった手の温もりに戸惑うように、やがて、困ったようにふっと目を伏せる。
「……本当に、騒がしい人ですね」
ほんの少しだけ、里香の白い頬が朱に染まる。
「……紅茶、冷めますよ。美波」
外では、厚い雲を割って、新しい太陽が新宿の街を照らし始めようとしていた。
牙を奪われても戦うことを諦めない元刑事と、静寂の聖域で世界の裏を暴く美しき司書。
二人の蒐集家による、沈黙の反逆劇が今、幕を開けた。
『三番目の書庫の蒐集家』をお読みいただきありがとうございます!
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