第3話:潜入、そして「裏の協力者」
潜入に先立ち、里香は図書館の奥から一人の男を呼び出した。
「ハル、準備を」
影から現れたのは、影のように薄い存在感を纏った寡黙な青年、ハルだった。
彼は言葉を交わさず、深く被ったフードの隙間から鋭い視線を覗かせ、美波に特殊なデバイスを手渡す。
「こいつ、誰?」
美波が警戒心を露わにすると、里香は淡々と答えた。
「私の『手』です。あなたは今夜、私の『足』。 miniature です。そして彼は、私たちの『影』。余計な詮索は、情報の純度を下げますよ」
里香が用意した潜入用の衣装は、美波が普段決して選ばないような、鮮やかな朱色のシルクドレスだった。
「……なんでこんな、動きにくい格好なのよ」
「潜入の基本は、風景に溶け込むこと。あなたのその強すぎる瞳は、ドレスという『華』でカモフラージュしなければ、暗闇でも目立ちすぎる。……いいですか、あなたは今夜、美しき狩人ではなく、ただの『獲物』のふりをしなさい」
里香は、美波の耳元に小さなインカムを装着した。
指先が微かに美波の耳に触れる。その指は、驚くほど冷たかった。
まるで、体温というものをどこかに置いてきてしまったかのように。
――現場のクラブ『パラダイス』は、重低音と高級香水の匂いが混ざり合う、欲望の坩堝だった。
美波は里香の緻密な指示に従い、標的の男に近づく。
『美波、三時の方角。警備員の視線が外れるまであと三秒。二、一、今です』
耳元で囁かれる里香の声。
それは冷たく、けれど確かな羅針盤のように美波を導く。
まるで自分の脳内に直接、里香の思考が流れ込んでくるような、支配的な心地よさ。
美波は鮮やかな手つきでデータを抜くが、その時、クラブのVIP席に九条の姿を認める。
『待って。……九条が来ました。予定を変更、裏口へ回って』
インカムの向こうで、里香の息が止まる。
次の瞬間、落ちついた声が美波の耳を打った。
『……強行突破を許可します、美波。思う存分、暴れてきなさい』
初めて里香が敬語を外した。
その声の奥にある確かな信頼に、美波の胸が熱くなる。
「言われなくても、そのつもりよ!」
照明が突然消え、スプリンクラーが作動する。
天井から降り注ぐ人工の雨。
狂乱の闇の中、美波の『硝子の瞳』が獲物を狙う獣のように鋭く光った。
脱出口を塞ぐ男たちを鮮やかな体術でなぎ倒し、彼女は本物の雨の街へと再び飛び出した。
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