第18話:真実の回帰、そして宣戦布告
深夜、激しい雨が降りしきる美波の実家。
九条の監視網――「神の目」を掻い潜り、二人は庭の隅で、泥にまみれて地面を掘り進めていた。
美波は素手で土を掻き出した。
爪の間にドロドロの土が入り込み、皮膚が裂けて血が滲むのも構わず、獲物を探す獣のように掘り続ける。
里香もまた、あの白いブラウスを泥で真っ黒に汚し、美波と肩を並べて冷たい土を健気に運ぶ。
その指先は泥にまみれてもなお、不思議なほどの気品を失っていなかった。
「……あったわ」
美波の指先が、冷たい金属のゴツッとした感触を捉えた。
掘り出したのは、厳重に油紙で包まれ、さらに完全な防水処理が施された小さな金属製のアタッシュケース。
それは、十数年の時を超えて、地中から這い出した「歴史の死体」だった。
サビついた蓋を開けると、そこには一本の古いカセットテープと、血の滲んだ「紙の裏帳簿」、 shadow です。そして一枚の黄ばんだ手紙が入っていた。
『――美波へ。これを見ているということは、私はもういないだろう。真実は、耳で聞くものでも、画面で見るものでもない。お前のその瞳で、最期まで見届けなさい』
里香が、泥だらけの震える手でカセットテープをそっと拾い上げる。
「……これです。美波。九条が、どんな超絶ハッキングを駆使しても、どんな最先端AIでも絶対に書き換えられない、磁気テープに刻まれた物理的な音声。……これこそが、彼の神話を終わらせる『呪いの言葉』」
夜明け前。
泥と雨に濡れたまま、二人は隠れ家に戻り、旧式のラジカセにテープをセットした。
ガチャン、と重い再生ボタンを押すと、ザラついたヒスノイズの中から、若き日の九条と、美波の父の会話が流れ出した。
『――池田刑事。システムにバグなんてない。私が、意図的に人間を消せるように、その『穴』を作ったんだ。これは、新しい世界の神の杖だ。……君も、消されたくなければ……』
九条の、慢心に満ちた生々しい自白の声。
録音されたのは、デジタルが世界を覆い尽くす前の、まだ「真実が物理的に重かった」時代の音だ。
里香が、そのカセットテープを自身の胸に強く、強く抱きしめた。
その面に、初めて、九条への憎しみを超えた「歓喜」と「狂気」の微笑みが浮かぶ。
「九条は、デジタル上のすべての音声を『フェイク』だと言い逃れるでしょう。……でも、この『テープ』の磁気情報は、偽造できない物理的な歴史です。……これで、彼の世界は崩壊する」
美波が、泥だらけの顔でニカッと笑った。
太陽が弾けるような、けれど修羅のような凄絶な笑顔。
「……里香。これで、あいつを地獄に落とせる?」
「ええ。……いえ、落とすだけでは足りません。……彼が作り上げた『偽りのアーカイブ』を、この一本のテープで木っ端微塵に粉砕しましょう」
雨はいつの間にか止んでいた。
泥だらけの二人の背後で、燃えるような朝日がゆっくりと昇り始める。
デジタルを失い、物理へと回帰したことで、彼女たちはついに「神の目」が届かない領域――「消せない真実」に辿り着いたのだ。
最終決戦まで、あと二日。
美波と里香の、命を懸けた「物理的告発」のカウントダウンが始まった。
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