第16話:再会の血と、溶け合う熱
工場内。美波は四方を囲まれ、ついに膝をついていた。
右目は殴られて腫れ上がり、視界は半分奪われている。
リーダー格の男が、勝ち誇った嘲笑と共に、冷たい銃口を彼女の眉間に押し当てた。
「……終わりだ、元刑事。地獄で親父に謝りな」
美波は意識が遠のく中、せめて最後にと、九条の執務室がある上層階をギロリと睨みつけた。
彼女の硝子の瞳が、死の間際に最も強く輝いた――その瞬間だった。
バチバチバチィィィンッ!!!
工場内のすべての電子機器が、断末魔のような悲鳴を上げた。
照明が一斉に爆発し、非常灯が狂ったように真紅に明滅する。
里香が自身のすべてを代償にして放った超絶論理ウイルスが、工場の物理サーバーを強制短絡させ、全フロアのスプリンクラーから黒い油混じりの水が凄まじい勢いで降り注いだ。
「なっ……なんだ、何が起きた!?」
混乱する敵兵たち。さらに彼らのインカムからは、鼓膜を突き破るような高周波の精神的ノイズが流れ込み、男たちは耳を押さえてのたうち回った。
『――美波。……左へ。三歩歩いて、その真下にあるハッチを壊しなさい』
激しいノイズだらけのインカムから、あの、氷のように冷たく、けれど今は誰よりも愛おしい声が響いた。
「……里香……? あんた、なんで……」
『早くしなさい! ……アーカイブをすべて、あなたという一人の人間のために捨てたんです。……たっぷり元を取らせなさいよ、私の相棒!』
美波は里香の「知性」という名の光を100%信じ、残った力を振り絞って、ガスと闇の中をハッチに向かって這い進んだ。
工場の裏手、激しい土砂降りの雨が降りしきる草むら。
排水口から這い出した美波の身体を、待機していた車から飛び出した里香が無言でしっかりと受け止めた。
血と油と泥にまみれた美波の身体は、驚くほど熱く、そして小刻みに震えていた。
里香は構わず彼女を抱き寄せ、自身の白いブラウスが赤く染まるのも厭わず、美波の顔を自分の胸に強く押し当てた。
「……里香。あんた、全部捨てたって……。家族の記録も、証拠も、全部消えちゃったの?」
美波が掠れた声で、まるで迷子の子供のように問う。
里香は美波の頬に流れる熱い血を、自分の震える指先で優しく拭いながら、これまでの人生で最も人間らしく、慈しみに満ちた微笑みを浮かべた。
「ええ、消えました。私の人生そのものだったコレクションは、一晩でただのノイズになった。……でも、美波。あなたのその瞳に、まだ火が灯っている。……それだけで、私の書庫は、今日この瞬間からいくらでも再建できます」
美波は里香の細い首に両腕を回し、その冷たい肌に自分の熱い、血の通った顔を思い切り擦り付けた。
「……里香。ごめん。……ありがと。私、もうあんたを絶対に離さない」
「……離れたくても、もう逃がしません。……さあ、行きましょう。記録は消えても、私たちの脳内にある『記憶』は、まだ九条を殺せる最高の武器になりますから」
新宿の深い闇を、二人の女を乗せた軽自動車が猛スピードで疾走していく。
すべてを失い、けれど世界で唯一無二の「真実」を手に入れた蒐集家たち。
九条拓馬という巨悪に対し、彼女たちは今、論理をも超えた「究極の共犯」として、最後の審判を下すために走り出した。
『三番目の書庫の蒐集家』をお読みいただきありがとうございます!
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