第14話:剥がれ落ちた共犯の仮面
「餌……? 餌だって言ったの?」
美波の大きな瞳から、初めて大粒の涙が溢れ出した。
それは悲しみではない。信じていたパートナーの裏側が、ただの冷徹な計算機だったと突きつけられた絶望の叫びだった。
「あんた、私がどんな気持ちで警察を辞めたか知ってる!? 父さんの名誉を取り戻したくて、毎日泥水を啜るような思いで……。それをあんたは、自分の復讐のために、笑いながら眺めてたって言うのよ!」
「……笑ってなどいません。ただ、淡々と記録していただけです」
里香の声が、かつてないほどに無機質に響く。
彼女は震える指先を隠すように、再びPCを開いた。
青白い光が、彼女の瞳から人間性を冷酷に剥ぎ取っていく。
「感情で視界が曇った探偵は、精密なハッキングの妨げにしかならない。……美波、降りなさい。ここから先は、私一人で九条を終わらせる。あなたの情緒不安定な正義感は、私の書庫には不必要です」
「……上等よ。あんたの言う通り、私はただの使い捨ての駒だったわけね」
美波はドアを激しく蹴り開け、夜の冷たい雨の中へと飛び出した。
「でもね、里香。あんたのその冷たい、血の通ってない機械みたいな目、……死んでも忘れないわ。あんたも、九条と同類よ!」
バタンッ! とドアが閉まり、走り去る美波の背中を、里香は見ようとはしなかった。
だが。キーボードの上に置かれた彼女の白い指は、痙攣したように激しく震えていた。
画面に映し出されていたのは、美波の父親が死ぬ直前に残した、ノイズだらけの音声ファイル。
『――誠一だ。……九条を追うな。……特に、吉沢……吉沢千鶴という女にだけは、関わるな……』
里香は、その「九条が偽造し、かつて里香自身を絶望させた最悪の音声ファイル」を、美波に見せるわけにはいかなかった。
美波に、自分と同じ暗黒の地獄を見せるわけにはいかなかった。
美波に憎まれることでしか、彼女を九条の「深淵」から遠ざける方法は、もう残されていなかったのだ。
新宿の街角、再び土砂降りの雨に打たれながら歩く美波。
警察官としての誇りも、唯一の相棒も、そして「信じていた自分」さえも失い、彼女は再び、本当の意味で孤独になった。
だが、その硝子の瞳に宿った火は、消えていなかった。
むしろ、不純物を全て焼き尽くし、純粋な殺意へと昇華されている。
「……見てなさいよ。父さんのことも、九条も……。あるいはあんたが隠してる、その汚い真実も。全部、私一人の手で引きずり出してやるんだから」
一方、里香は独り、コンテナの拠点に戻ることもなく、車内で九条のメインフレームへの「心中」にも等しい、無謀な単独特攻を開始していた。
二人の呼び捨てが、最も鋭いナイフとなって互いの魂を深く切り刻んだ夜。
共犯者たちの絆は、真実という名の最悪の嘘によって、決定的に引き裂かれた。
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