第13話:真実という名の外科手術
新宿の喧騒を遠く離れた環状八号線。
深夜の闇を切り裂いて走る漆黒のバンの車内は、もはや「移動する密室」という名の断頭台だった。
エアコンの送風音だけが、耳障りなほど大きく空間に響いている。
後部座席では、佐伯が極度の精神的恐怖と疲労に耐えかね、口を半開きにして泥のように眠っていた。
その隣で、ハルは無機質な瞳のまま、流れていく街灯の光がバックミラーに映るたびに、微かな警戒を指先に宿らせている。
助手席の里香は、膝の上に置いたノートPCの天板に、白く細い指先を添えていた。
そのどこか浮世離れした清廉な横顔。
いつもは知性の結晶のように輝く彼女の肌も、今は月光に照らされた墓石のような、生気のない白さを呈している。
眼鏡の奥、伏せられた長い睫毛が、路上の光が差し込むたびに、頬に不吉な影を落としていた。
運転席の美波は、ハンドルを握る拳を、震えが止まるまで強く締め上げた。
革ジャケットの擦れる音が、沈黙の中で鋭く鼓膜を突く。
「……里香。その口、縫い合わされる前に喋りなさいよ」
美波の声は、低く、湿っていた。
いつもなら太陽のような熱を放つその瞳が、今は底なしの泥沼のように濁り、冷たい不信の刃を里香の横顔に突き立てていた。
「九条が言ったこと。……私の父さんの死。あんた、何を知ってるの」
「情報の価値は、それを扱う人間の器で決まります」
里香は、一秒の空白ののち、吐息のような冷たさで答えた。
視線は依然として、窓の外を流れるナトリウム灯のオレンジ色の光に固定されたままだ。
「九条拓馬は、人の心の傷口を正確に見抜き、そこに劇薬を流し込む天才です。彼の揺さぶりに乗ることは、あなたが最も忌み嫌う『無能な警察官』に成り下がるということですよ。美波」
「……選別だの器だの、もう聞き飽きたわよ!」
美波が急ブレーキを叩き込んだ。
キギギギギィィィッ!!! とタイヤが絶叫を上げ、路面に黒い焦げ跡を刻む。
激しい衝撃と共に、バンが歩道沿いに静止した。
反動で里香の身体が大きく前にのめり、PCの角がダッシュボードを激しく叩く。
「逃げるな。私を見なさい、里香!」
美波が里香の肩を掴み、強引に自分の方へ引き寄せた。
呼気が重なるほどの至近距離。
美波の瞳からは、かつての信頼や共感の光が完全に消え去り、そこにあるのは剥き出しの殺意に近い情動だった。
「……そうです」
里香が、ついに視線を合わせた。
その瞳には、感情を完全に濾過したあとの、鉄のような虚無があった。
「池田誠一は、事故死ではありません。彼は、九条が作り上げた初期型『神の目』の欠陥――特定の生体データを意図的に消失させるバックドアに気づいた。だから、システムそのものによって『存在しなかったこと』にされた。ブレーキの故障、記録の改ざん、目撃者の消失。……私は、その書き換えられる前の生のログを、九条のサーバーのゴミ箱から拾い上げた」
美波の手から力が抜け、ダラリと下がる。
「……拾い上げた? じゃあ、最初からわかってたのね。私の父さんを殺した奴が誰か」
「ええ。だからあなたを誘った。九条のシステムを物理的に突破する『盾』と、彼を私の前へ誘い出す『餌』として、あなたはこれ以上ないほどに優秀でしたから」
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