このイベント、ちょっと重すぎません?
夜は、静かに更けていく——はずだった。
食後の余韻がまだ残る屋敷の中、俺は自室のベッドに倒れ込んでいた。
「……はぁ」
天井を見上げる。
さっきの会話が、頭の中で何度も再生される。
エリオットの言葉。
ルークの沈黙。
そして——自分の軽口。
「どうだったかな?」
「適切な刺激だったと評価します」
いつの間にか隣に立っているアイが、淡々と答えた。
「ただし、決定打には至っていません」
「だよなぁ」
兄上は、自分で決めるタイプだ。だからこそ厄介だし、だからこそ——色々強い。
「……あと一押し、なんかきっかけがあればなぁ…」
その時だった。
——ドンッ!!
屋敷の外から、鈍い衝撃音が響いた。
「……は?」
続けて、怒号。
「魔物だ!! 外壁が破られるぞ!!」
バタバタと走る足音。
金属がぶつかる音。
さっきまでの静けさが、一瞬で吹き飛んだ。
「……マジかよ」
「来ましたね」
アイが、やけに落ち着いた声で言う。
「来ましたね、じゃねえよ」
「イベント発生です」
「だから、そういうのやめろって」
……え?
あれ?イベント発生、って。
もしかして、そういう事?
『テンブレード:起動中』
全身から血の気が引いた。
間違いであってくれ。
そう思った。
「あ、アイ……もしかして、さっきからちょいちょい言ってるこのイベントって」
「テンブレード第2の機能、強制主人公イベント発生ですが?」
アイがさもありなんと小首を傾げる。
「お前のせいかああ!!」
「関与の有無についてはコメントを控えます」
「政治家かよ! 今までの機能も大概アレだったけど、これは真面目にダメなやつだろ!」
俺の非難に、アイがわずかに頬を膨らませる。
「この機能は、本来未来に起こりうる事象のタイミングを、魔剣の持ち主がいる時に合わせて調整するだけです」
「魔剣を持つテンセイ様がいる時に発生する方が、本来の被害よりも少なく抑えられると予測します」
「予測被害軽減率は…」
「うるさい!」
ああ、マズい事になった。
このままだと俺のせいで大勢の人が死ぬかもしれない。
だが、俺に何が出来るというのか。
窓を開ける。
松明の光が揺れている。領民たちが慌ただしく走り回り、外壁の向こうから黒い影が次々と飛び込んできていた。
——魔物。
しかも、一体や二体じゃない。
「数、多くないか……?」
「当社比、約2.7倍です」
「だから細けえよ!」
もういい。
考えてる時間はない。
剣を持って、廊下に飛び出す。
すでに使用人たちが慌ただしく動いていた。
「テンセイ様! 外は危険です!」
「知ってる! みんなを集めて屋敷の奥に、急げ!」
階段を駆け下りる。
正門を抜けて騒ぎの方へ走る。
その途中で——見えた。
村の中央に立つ、一人の背中。
「……兄上」
ルークは、すでに剣を抜いていた。
昼間の軽さは、どこにもない。
そこにいるのは——
領地を守る者の顔をした、騎士だった。
「女子供は下がれ! 男は武器を持って俺に続け!!」
低く、よく通る声。
それだけで場が締まる。
領民たちが一斉に動いた。
指示が通る。
混乱しているはずなのに、崩れない。
……すげえな。
「来るぞ! みんな構えろ!」
ルークが剣を構える。
次の瞬間、数匹の魔物が塀を越えて飛び込んできた。
四足の獣型。
牙を剥き、一直線に突っ込んでくる。
——速い。
「遅え」
ルークが踏み込む。
ブンッ、と一閃。
それだけで、魔物の首が宙を舞った。
一撃。
迷いも、無駄もない。
「次!」
間髪入れず、次の個体へ。
横薙ぎ、踏み込み、斬撃。
流れるように、魔物が倒れていく。
圧倒的だ。
これが——王国騎士団、上位の実力。
「すげえ……」
思わず呟く。
だが。
守る範囲が広すぎる。
人、家、領地。
一人で全部は——
「……西側を固めろ! あの子供を下げろ!」
ルークが叫ぶ。
視線の先には異様な光景に目を奪われ、呆然と立ち尽くす子供。
その時、また一体——塀を越えた。
今度はその子供を目掛けて突っ込んできた。
領民たちが動くが、間に合わない。
判断が遅れる。
連携がズレる。
当たり前だ。
こんなの、想定外なんだから。
ドンッ!
「……っ」
ルークが歯を食いしばる。魔物に背を向けて、子供を守るように立ち塞がった。
ルークが振り返った、次の瞬間。
横薙ぎの剣が背で受けた魔物の首を叩き落とした。
「早く向こうに逃げろ。振り返るなよ」
……これか。
「テンセイ様」
いつの間にか、アイが隣に立っていた。
「なんだ」
「ルーク・テンブレットの行動ログ更新」
「いらねえ」
「“守る対象が増加した場合、戦闘効率が低下”」
「見れば分かる」
でも、それが問題だ。強いだけじゃ足りない。
「……兄上!」
気付いたら、声が出ていた。
ルークが一瞬だけこちらを見る。
「下がってろ!」
「いやです!」
分かってる。
俺が出ても意味はない。
……だが、逃げる理由はない。
俺だって今はテンブレット家の男だ。
チートがあろうがなかろうが、立ち向かわなくちゃいけない時がある。
「俺も戦います!」
その一瞬。
ルークの視線が、揺れた。
そしてほんの一瞬だけ。笑った。
だが次の瞬間。
ミシミシ、という音が聞こえたと思った矢先、バーンと柵が弾け飛び、破れた柵の向こうから数十匹もの魔物が雪崩れ込んできた。




