家族会議、なんか重いんですけど
夕食の席には、珍しく家族全員が揃っていた。
長いテーブルの中央には、質素ながらも温かい料理が並ぶ。焼いた肉に、野菜のスープ。豪華ではないが、この家らしい食卓だ。
そして——
「いやぁ、やっぱり家族揃っての飯はいいな!」
ルークが豪快に笑う。
「テンセイ、体はもう大丈夫なの?」
「はい、母上。問題ありません」
マリアが優しく微笑む。
その隣で、ミアがじっとこちらを見ていた。
「お兄ちゃん、今日すごかった!」
「ありがとう、ミア」
まあ凄いのは剣だけどな。
まさか、手に持たなくても発動するとは。勝手に体が動く感覚。剣に体を乗っ取られていたと考えると、少しだけ怖い。
思わず身震いしたが、アイ以外は誰も気付かなかった。
「……ふむ。テンセイもやはりテンブレット家の男という事だな」
横から、一段と低い声が入る。
父——エリオット・テンブレットだ。
無精髭に、鋭い目つき。領主としての威厳を纏った男は、ゆっくりとワインを口に運んだ。
「それにしても、ルークよ」
「はい、父上」
「来週の出立、予定通りで良いのだな」
「もちろんです!」
迷いのない返答。
場の空気が、ほんの少し張り詰めた。
……やっぱり、この話になるか。
「最近、妙だ」
エリオットがぽつりと呟いた。
「妙、ですか?」
「魔物の出現頻度が増えている」
ルークの表情もわずかに引き締まる。
「……やはりそうですか」
「うむ。ここ一月で、被害報告は三倍に増えている。周辺の領でも同様だ」
「原因は?」
「不明だ。だからこそ私が外に出ている」
……なるほど。
父上が最近、家を空けがちなのはこれか。
領主であり、元騎士団員でもある父は、度々周辺の調査に行っている。警備の強化や現地との連携など、いろいろ忙しいのだろう。
「王都からの通達も来ている」
エリオットは淡々と続ける。
「“大規模な魔物の活性化が確認された場合、各領主は防衛を最優先とせよ”とのことだ」
「……」
ルークが黙る。
ほんの一瞬だが、確かに考えた顔をした。
だが——
「問題ありません」
すぐに、いつもの調子に戻る。
「俺が魔王を倒して帰ってくれば、全部解決です!」
「簡単に言うな」
エリオットが低く言った。
怒りではない。事実を指摘しただけだ。
「魔王を倒す。もちろん大局的にはそれが一番いい」
「だが、その間、この領地は誰が守る?仮に魔王を倒したとして。それですぐにこの土地から魔物がいなくなるわけでもないのだぞ」
「それは——」
一瞬、ルークの言葉が詰まる。
「父上がいらっしゃるでしょう?」
「私は常にここにはいられん」
即答だった。
「調査は続けねばならん。他領との連携もある」
ルークが黙る。
「……ルーク」
エリオットが、静かに続ける。
「行くこと自体は止めん。それだけの才能がある。むしろ、我が家の先を案じて魔王討伐に名乗りを上げたお前を誇りに思う」
「父上……」
「だが、ルーク」
視線が、まっすぐにルークを射抜く。
「そんな体裁や家よりも、貴族には大事なものがある。それを忘れるな」
ルークは、黙ったまま食卓を見つめている。
拳が、わずかに握られていた。
「……喋りすぎたな」
「まあ、要するに。どんな道を選ぼうが応援しているという事だ」
少しバツが悪そうに、エリオットが言った。
それで、会話は終わった。
(えー……何この空気。気まずいんですけど)
なんか俺が言いたい事の殆ど、父上が言ってくれたし。
それはいい。事実そうなんだから。
でも、そうなると俺が何もしないのが、いよいよ居た堪れなくなってきたぞ。
「あのー、すいません父上」
「何だテンセイ、珍しいな」
「兄上の代わりに、俺が魔王討伐に行くのはどうかなー…なーんて。へへへ」
空気が、止まった。
全員の視線が、一斉にこちらに集まる。
「……は?」
最初に反応したのは、ルークだった。
エリオットも額を抑えた。
あれ?マズった?
「いやいやいやいや。テンセイ、お前何を言ってるんだ?」
「いや、だって兄上忙しそうですし。騎士団とか領地のこともあるし」
「だからってお前が行く理由にはならんだろ!」
「……ありますよ」
「は?」
「さっき模擬戦の時に思ったんです」
「何?」
「兄上はもう領民にモテモテじゃないですか。その上、魔王まで討伐されたら俺、肩身が狭いですよ。だから、そっちは俺に譲ってください。俺もモテたいんです」
エリオットが口をポカンと開けた。
これには流石のルークも頭を抱える。
でも、笑ってる。
さっきまでの重さとは、少し違う空気だ。
「……お前なあ」
ルークが息を吐く。
「冗談にしても、笑えねえぞ」
「冗談じゃないですよ」
言ってから、少しだけ間を置いた。
「兄上がいなくなったら、この家が一番困るんです」
「……」
今度は、ルークが黙る。
「父上も外に出ること多いし。領地のこと、誰が見るんです?」
「それは……」
一瞬、ルークは目を逸らしたが、すぐに向き直って低く言った。
「……テンセイ。お前、さっきの模擬戦でちょっと勝てたからって調子乗ってるだろ」
「いや、兄上にはまだ全然敵わないと思ってますよ」
「じゃあ尚更ダメだろ!」
ルークが叫ぶ。
その声に、ミアがびくっと肩を震わせた。
「お兄ちゃん……」
「あ、悪い」
すぐにトーンを落とす。
「……とにかく。お前が行く必要はねえ。これは俺が決めたことだからな」
まるで、自分に言い聞かせるような声だった。
まあここで引くようなら最初から言ってないだろう。
これ以上は逆効果か。
「じゃあやめときます」
「切り替え早いな!?」
「無理そうだったんで」
兄上が呆れたように笑う。
でも、その笑いはさっきより少しだけ弱かった。
父上と母上は、そんな俺たちの様子を苦笑しながら、ただ眺めていた。
——そして、この時はまだ誰も分かっていなかった。
この選択が、思ったより早く試されることを。




