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導きのカプセル ~世界を救うロールプレイング?~  作者:


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15/16

15.ミセシメ

リア:主人公。兄を探すと決め、RPGにログインすることを決めた。

実は自身がデータだった。


カトルシア:カトル。

ログインしたリアを最初に見つけ、街に連れ帰る。樹上の街ラシュラン出身。

リアを好きになり、守ると決め、共に旅立った。

魔物の長の生まれ変わりだというが…?


ルーシア:オレンジの髪、ルビーのような紅い瞳。

とあるカプセルを探して旅をしている。

男しか産まれない、風の街サンドラ出身。

リアに恋をしてしまうが、カトルとリアの関係を祝福している。


ダグラス:過去にカトルの父エルシア、母ユリと旅していた。

娘を襲われたことが原因でカプセルを嫌うようになったが、誤解だったのがわかって吹っ切れた。

クシィの父。


クシィ:宿屋の看板娘。

鈴の音のような声の美しい女性。

ダグラスの娘。

運命に抗うカプセルと共にいると思われる、彼に会いたいと思っている。


ユーマ:リアの兄。運命に抗うカプセルの仲間として動いている。

魔物の長を探し、カプセルを助けながら旅をしていた。

カトルが魔物の長なのか確信が持てず、共に行動することを決める。


エルシア:カトルの父。


ユリ:カトルの母。

RPGに残ると決めたカプセル。

そこは開けた場所で、5体のワイバーンが横一列になり、頭を垂れて伏せていた。


それぞれの横にラルバンカイヌさんと同じ服装の男性が立っている。

…よく見ると、どうやら中央はラルバンカイヌさん本人の様だ。

「ラルバンカイヌ、準備はいいか!」

ビリビリと鼓膜を揺さぶる声で族長さんが言う。

ラルバンカイヌさんと残りの4人は右手を握り胸に宛て、同時に応えた。

「オォッ」

「よォし!乗せる人数も伝令済みじゃ!直ちに彼等を乗せラシュランに飛ぶのじゃァ!」

すると、兄はあたしの隣にやってきてあたしの頭を撫でた。

「…理亜、お前は何をするかわかるな」

「え?」

「…カトルシアのそばは、お前が守れ。その周りは俺が守るから」

「兄さん…。うん、わかった!」

「俺もいること忘れないでよー?」

ルーシアがひょいと言葉を足す。

「お、俺だってみんなを守るんだからなっ」

カトルが言うと、兄とルーシアは笑った。

「そうそう、その意気だよカトル!さぁユーマ、行こうかー」

「あぁ。理亜を頼むぞカトルシア」

「はいっ」

先に歩き出す2人に着いて行こうとしたあたしをカトルが引き寄せる。

「リアはこっち」

「え?」

「ルーシアとユーマさんが同じワイバーンに乗るんだ。クシィさんとダグラスさんも2人で別のワイバーンだよ。リアは俺と!」

「あ、そうなんだ?」

「さっきリアがいない時に説明があったんだ」

成る程と頷くと、ラルバンカイヌさんがやってきた。

「さぁ、こっちだ!俺達のワイバーンが先頭だからな、道案内頼むぞ!がははっ」

さっき乗ったワイバーンは、あたしを見ると喉をくるくると鳴らした。

ラルバンカイヌさんは顔をくしゃくしゃにする。

「おぉ、気に入られたようです、お嬢さん。やっぱり女性は格別だからなぁ!」

そこにクシィさんがやってきて、あたしに飛び付いた!

「ひゃあ!」

「リアちゃん、気をつけてね!私も急ぐから」

「??」

ぎゅむぎゅむされながら意味がわからず混乱していると、カトルが慌てて彼女を引きはがした。

「クシィさん、リアが窒息しちゃいますよ!…クシィさんとダグラスさんは運命に抗うカプセル達の本拠地に行くんだ。そこで仲間を要請してラシュランまで来てくれる」

「!そう、なんですか…」

あたしはクシィさんの美しい海のような目を見て、胸がいっぱいになった。

そう、それじゃあ、クシィさんは恋い焦がれた人に会えるのだ。


…あれ、おかしいな…どうして涙が。


目元を拭うと、クシィさんは今度は優しくあたしを抱きしめた。

「リアちゃん…ありがとう、私、一緒に来て良かったわ…」

「うう、クシィさん」

嬉しいのに、寂しくて…堪らない気持ちになる。

思えばまだ会ってからそんなに日も経ってない。

でもいろいろありすぎて目まぐるしい時間を共に過ごし、その中で確かに、あたしとクシィさんは何か…絆を結べたに違いなかった。

「またすぐ会えるわ。その時は、私の彼を紹介する」

「はいぃ」

「…すまねぇ、お嬢さん方。そろそろ時間だぁ」

何故かズズーッと鼻を啜りながら、ラルバンカイヌさんが声を掛けてきたのはその時で。

目元をがっしりした腕で拭い、彼はクシィさんに向けて拳を胸に宛てた。

「後で合流しましょう」

「ええ、必ず」



カトルがあたしを抱き抱えるように支え、ワイバーンは飛び立った。

感動の涙は今や引っ込み、冷や汗が手に滲む。

手綱が滑りそうになるとカトルはあたしのお腹に腕を回ししっかりと支えてくれた。

「大丈夫、高度が安定するまでだからな」

「う、うん」

寒いからとラルバンカイヌさんからポンチョのようなものを渡され、それに身を

包んだあたし達は空の旅に出た。

…あぁ、まるで本当にゲームの世界だなぁ。

そう考えて苦笑する。

本当のRPGだったのは、あたしの世界なのだから。

…山々を見下ろし、はるか高みで太陽と対峙すると、不思議と凛々しい気持ちになる。

雲が流れ、髪が風に掻き乱された。

その時、あたし達より少し前にどっしり跨がったラルバンカイヌさんが、突然大きな声で言った。

「我等がサンドラ!風の街よ!護りたまえ!」

すると呼応するようにワイバーンがいなないた。

その身体からは想像もつかない透き通る鳴き声は、まるで金属琴の音のような響き。

あたしとカトルが顔を見合わせると、後方のワイバーン達が一斉に呼応した。

「出発だ!手を振れるか?しばしの別れを!」

「は、はい!」

旋回すると、クシィさんが手を振るのが見える。

あたしが恐る恐る手を離そうとすると、カトルが手綱ごとあたしをぎゅっと抱きしめ、右手をあたしに重ねて高く掲げ振ってくれた。

すぐにクシィさん達のワイバーンと、あたしや兄達の乗っていない、操縦士だけの2頭のワイバーンが連れ立って離れていく。

兄とルーシアを乗せたワイバーンはあたし達のワイバーンと並んで少し飛んだ後、後方へと下がっていった。


…高度が安定すると、ワイバーンが羽ばたいてもほとんど揺れなくなる。

滑空とはまた違い、ゆったりと飛ぶワイバーンにほっと安堵した。

けど、安堵すると同時に、今度はそわそわしてしまう。

ラシュランは?

ユリさんは?

ぐるぐる考えを巡らせ、不安になっているあたしに、カトルが言った。


「…なぁ、リア」

「え?」

「なんかさ…いろいろ、あったよな」

風が轟々と鳴る中、カトルの声は驚く程近くで聞こえる。

「う、うん…」

耳元で囁くように、カトルは話し始めた。


リアに会ってから…世界が変わった。

たくさんのこと…一緒にしてきたよな?

俺、考えてたんだけどさ…?

魔物の長は…もしかしたらただ、恋してたんじゃないかな、とか…想像したんだ。

この世界が嫌だったわけじゃなくてさ、恋した世界がデータだった、ただそれだけ。

だからデータになりたかった。

…でも失敗して魔物になってしまったら、人を滅ぼしてしまうかもしれないだろう?

だから、そうなった時、自分を止めてほしかったんだよ…。

…リアがカプセルだからかな、俺、リアが好きだから…もしこうやって恋してて、リアがデータの世界を生きていたなら、データになりたいと思ったはずだよ。

母さんがこの世界に残ったのも、父さんがいたからだ。

そうだよな…?

…だからさ、俺、自分が魔物の長でも受け入れられる気がするんだ。

ホントの理由も、覚醒ってどうなるかもわからないけど、ラシュランや…誰かを守るために力を使えるならって、そう思う。

リア達カプセルにある力はきっと…魔物の長が力の使い方を間違った時に使うためのものなんだよ。

だから約束して。

俺が間違ったら、俺を止めて。

俺が道を外したら、ルーシアと一緒に俺を道に引きずり戻して。

絶対に、戻るから。


「カトル…」

「へへ、なんか…変だな。こんなお願いするなんて」

「ううん。…ううん、嬉しいよ…。カトルがあたしを頼ってくれるの。…よし、あたし頑張るからね!」

カトルはあたしの髪に頬をよせ、ありがとうと呟いた。

「…母さん、大丈夫かな」

「…大丈夫。ユリさんは、強いよね…」

自然と手を取って、あたし達は寄り添う。

カトルのためにこの世界を守ろうと思ったことを遠い昔のように思い返す。

「あたし、世界を守るカプセルになる。カトルの大好きな世界を」

「!…そんなに気負わないでいいんだぞ、…馬鹿な奴だなぁ」

言いながらカトルの口調は優しい。

心の底から生まれてくる愛おしさがたまらなく熱く甘くて、あたしは溶けてしまいそうだった。

カトルと一緒にいれることを、本当に幸せに思える。

自分がデータだとか、溶ける身体だとか、そんなのどうでもいいと感じるほどに。

気持ちを噛み締めていると、ラルバンカイヌさんが言った。

「ワイバーンは三日三晩飛び続けることが出来る!ラシュランまでは丸1日ってとこだろうから休憩は一切取らない。今の内から身体を休めておくといいぞ!」

あたしとカトルはその言葉を有り難く頂戴して休むことにした。

抜けてきた洞窟はゴツゴツしているだけでなくひどく湿った苔だらけだったし…とても寝心地が良いとは言えなかったのだ。

身体は軋んで痛いし疲れてたけど気持ちは張り詰めていて、きっとそれはみんな同じだから、休める時間は貴重だ。

手綱でしっかり身体を固定して寄り添い、あたし達は目を閉じる。

ワイバーンの背中は暖かく、すっぽり被ったポンチョの中は火燵の様にぽかぽかで、あたしはカトルの息遣いを聞きながらそっと意識を手放したのだった…。


……


ルーシアの歌が聞こえる…。

優しくて力強い音色に、今まで聞いたことのない凛々しい声を乗せて歌っている。

その声に掬い上げられるように意識が浮上して、ごうごうと鳴る風を感じた。

その中でカトルの頬があたしの髪に寄せられ、吐息が優しく耳をくすぐっている。

そっと瞼を上げ伺ったけど、彼はまだ眠っているようだ。

「…」

耳を澄ましてみると、風がすごい音なのに…やっぱりルーシアの歌は聞こえてくる。

ルーシア、どこで歌ってるんだろう…?

見回すと、今は夕方の紅と夜の紺が混ざり合う美しい時間だとわかった。

「ラルバンカイヌさん」

「ん…?あぁ起きましたかお嬢さん。どうかしましたか」

あたし達の前の角から、ラルバンカイヌさんが色黒の顔を覗かせた。

夕闇に紛れてか、その表情がぼんやりとしか見えない。

「あ…たいしたことじゃないんです。ルーシアの歌はどこから?」

「前ですよ」

あたしはラルバンカイヌさんの寄り掛かる角越しに前を見た。

強い風に薄目を凝らすと、すぐ前方にルーシア達のワイバーンがいるのがわかる。

「ぴったり列んで飛ぶと空気抵抗があまり無くて疲れにくいんでね。それを利用して交代で前に出て体力を温存させてんですよ」

「へぇ…そうなんですか」

感心しながら首を引っ込めると、ラルバンカイヌさんはさらに付け足した。

「前方からの声は届いてるけど、ルーシアの声量だからで!後方からの声はあっちまでは聞こえないでしょう。何か用でしたらワイバーンを寄せますぜー」

「あ、いいんです!…いつもの優しい歌じゃなくて、力強い音色だったもので…」

あたしは言いながら説明になってないかなぁと思った。

でもラルバンカイヌさんは豪快に笑うと「そうですか、何かあったら遠慮しねぇで下さい」と言ってくれる。

「はい、ありがとうございます」

お礼を言うと、ラルバンカイヌさんは片手をヒラヒラさせた。

すると、あたしに寄り掛かり寝ていたカトルが身じろいだ。

「…俺、この歌知ってるよ」

「あ、カトル。起こしちゃった?」

思わず聞くと、彼はううんと首を振った。

「大丈夫。おはよ」

「そっか?おはよう!…この歌、何て歌?」

「…護りの翼って曲名で…魔物と戦うカプセルのことを歌ってるんだ。聞いて、ここからが1番好きなんだ」

あたしを包むカトルの腕に強い力が込められる。

ルーシアの声はいよいよ高まって、あたしは聞き漏らさないよう目を閉じて耳を澄ませた。



護りの翼舞い降りて

暗い影に光射す


その翼 散ろうとも

志は 朽ち果てない


護り続けたこの大地で

君よ共にあれ



「カプセルが護った大地で、共に生きようって歌なんだ。世界は…人は滅びない。俺がずっと好きな曲だよ」

ルーシアの歌も終わり、気が付くと夕闇ははるか地平に溶けて濃紺の空になっていた。

カトルは少し息を整えた後、囁いた。

「…共に…リア、ずっと一緒にいよう?俺…ずっとずっとリアを大事にするから

…」

「!」

あ、あれれ。

あたしはドキドキするのを止められなかった。

最近のカトルは、あたしを好きだってことをずっと態度に出してくれていた。

それは何だか幼くて、初々しい恋のようだったと思う。

でも今のはそれとは違って…もっと大人の、愛…っていうか。

考えながら、あたしは一人恥ずかしくなって俯いた。

カトルは知ってか知らずか言葉を続ける。

「父さんや母さんのようになりたい。大好きだリア。あ…愛してる…よ」

耳元に唇を寄せそう言うと、カトルはあたしの肩に顔を埋め黙ってしまった。

でも、わかる。

伝わるこの熱はカトルの気持ちの現れで、カトルもドキドキしてるんだ。

あたしの熱もカトルに伝わっているんだろう。

あたしはもぞもぞと身じろいだ後、肩のカトルにちょんと頬を寄せ、

「…カトル、あたし、も…えと…あ、愛してる」

と、囁いた。

しどろもどろになっちゃったけど、紛れも無い本物の気持ち。

馬鹿だけど好きなんて言われて、もっと知りたいと…ゆっくり行こうと言ったけど、今はこんなに愛おしく感じる。

カトルは言葉に詰まっているようで何も言わない代わりに、ぎゅーっとあたしを抱きしめた。

あたしもそれ以上言葉を紡がずに、カトルに身体を預けたのだった。



しばらく飛んで満天の星空を満喫した頃、ラルバンカイヌさんから食事だと何かが差し出された。

見ると植物の蔦で編まれたカゴに、昼間食べたパンが具を挟まれた状態で入っている。

後は長い棒がぐるぐるとねじれたような形の乾燥した木の実が一つ。

栓がしてあって、中からはしゃばしゃばと液体の音が。

「薬草を煎じたエキスと果汁を合わせた飲み物で疲れた身体を元気にしてくれますぜ」

成る程、これは水筒なのだ。

栓を抜いて恐る恐る一口飲むと、甘酸っぱい味がした。

けれど、決して飲みにくいわけじゃなくまろやかで…何だろう、どこかでこの味…飲んだような。

考えていると、カトルが言った。

「これ、サンドラの特産か何かなんですか?」

「おぉ、よくわかったな!そうだ、果物はサンドラの特産でな。酒にもなるぞ」

「あ!わかった!ルーシアが最初に持ってたお酒だぁ!」

思わず言うと、ラルバンカイヌさんは豪快にがははと笑った。

「もう体験済みかぁ!それは良かったお嬢さん!スッキリ片付いたら、サンドラで飲みましょうや!」

「はいっ」

応えると、カトルはばつが悪そうにもじもじした。

「そっか…飲んだんだっけ…あ、あんまり覚えてないなぁ」

「あはは、すぐ潰れちゃったもんね」

そんな他愛ない話はとりとめなくて、ご飯を食べてからもしばらく続いた。

途中、兄とルーシアの乗るワイバーンと交代する為に横並びになる時があり、すれ違い様にカトルは「護りの翼、良かった!また聞かせてくれよルーシア!」と

笑いかける。

ルーシアは目をぱちぱちさせた後、満面の笑みで「任せてよー」と手を振った。

その後ろから、兄が「明日の昼にはラシュランだろうから、休んでおけよ!」と言う。

あたしも少しだけ手を振って応えると、二人を乗せたワイバーンは後ろへと下がっていった。

「じゃあ、そろそろ寝よう」

カトルはあたしをぎゅっとして、自分と一緒に手綱で固定した。

気温も大分下がり、風は冷たくて身を縮める思いなんだけど、カトルが暖かくてあたしは微笑んだのだった。



夜が開け、日も高くなった頃、何かがおかしいと思った。

「ねぇ…あれ、何?」

異変に気付いたあたしは目を凝らす。

「何だろう……煙?…ま、まさか…」

カトルの声が震えた。


空が、焦げていた。


近付けば、黒い煙がうねり拡がって立ち上り、辺りはすえた臭いに満ちて喉が痛くなる程。

晴れているはずなのに拡がる煙に覆われて、まるでそこだけ天変地異が起きているように見えた。

「う、あぁ…そんな…そんな…」

さらに近付くにつれ、その惨状がはっきり見えてくる。

「…ひどい…」

森が一つ、熱と煙に飲み込まれている。

その中心は一際大きな樹木で、言うまでもなくラシュランそのものだった。

時折踊る炎が、離れていてもわかる程の熱を放ち、あたし達を嘲笑う様に拡がっていく。

「ラシュランが…ラシュランが…!嘘だろ…嘘だよな!?」

旋回しながらそれを見ている間、カトルは何度も聞いてくる。

答えられないあたしに、カトルは痺れを切らしたように声を張り上げた。

「何でだよ!?俺達が何したんだよ!なぁっ早く降ろしてくれっ」

それがどんなに無謀か、あたしにもわかる。

今や森は炎渦巻く危険な場所。

煙に巻かれれば命は無いだろう。

「母さんは…父さんは…みんなは…うぅ」

あたしは呻いたカトルの手をしっかり握ることしか出来なかった。

軍が先にたどり着き、街を焼いたのだとしたら…それは何のため…?

みせしめにしては、あまりに惨い気がした。

街の一般人も住家を失って、軍の横暴さが露呈されるだけだ。

次の瞬間、あたし達の耳に透き通る音が響いた。

それは多分、兄達のワイバーンの呼び声。

ラルバンカイヌさんはワイバーンの向きを変え、叫ぶ。

「人が見付かったようだ!」

「!」


そこは、カトルと旅立ったあたしが最初にテントを張った広場。

カトルがあたしを好きだと言ったあの見張り台に、何かが吊され揺れていた。

それが何か分かった時、全身が粟立った。

揺れるそれは…明らかに人間で、それはどう見ても…。

「か…かあさ…」

カトルの呻きに、胸が締め付けられる。

ユリさんの胴体に縄が巻かれて、吊されていたのだ…。

ぐったりと頭を垂れているユリさんは、ぴくりともしない。

「母さん…母さん!」

旋回するあたし達を、軍が指差し見上げる。

広場にはどうやらラシュランの人が集められていて、それを軍が取り囲み、みせしめにユリさんを吊しているようだった。

そしてその前に、まるでボロ布の様に横たわっているのは…。

「エルシア…おじさん…っ」

息が詰まる。

おじさんは泥だらけで俯せに倒れ、服はぼろぼろで、拷問を受けた後に見えた。

ユリさんを助けようとして軍にやられたのだろう。

「……う、う」

カトルのうめき声に、あたしは彼を見上げた。

目をいっぱいに見開いたカトルは、今にも顔を掻きむしらんばかりの両手で頬を覆い、必死に何かに堪えているように見えた。

「カトル…?」

「ウゥ…フゥ、フゥ…」

呼吸が荒い。

まるで何か…獣のよう。

あたしははっとして身体を捩るようにしてカトルを抱き寄せた。

「落ち着いて!カトル、大丈夫、大丈夫だよ」

明らかに挙動がおかしい。

まさか、まさか。

「え、エルシアおじさん!ユリさん!!」

あたしは声を張り上げ、名前を呼んだ。

二人が応えられるかわからなかったけど、カトルを落ち着かせるには最善だと思ったのだ。

ザワザワと人がどよめき、口々にカトルを呼ぶ。

やがてエルシアおじさんが、ゴホゴホとむせながら掠れた声を上げ、上半身を両腕で起こそうとした。

「か、カトル…リア…ゴホッ」

「おじさん!」

「と、トウサ、ん、みんナ…」

カトルの瞳が揺れる。

あたしは彼を抱きしめ、大丈夫と繰り返した。

「カトル……ユリを…ぐぅっ」

「おじさんっ!」

エルシアおじさんは軍の一人に棒の様な物で脇腹を一突きされ、がくりと崩れ落ちた。

意識を失ったのだろう。

「ウゥぅッ…フゥ、フゥ…トウサ…ううぅ」

「駄目…カトル、しっかりして」

様子がおかしい。

でも、どうしたらいいかわからなかった。

そんな中、不意に影が過ぎり、ルーシアがひらりとこっちに飛び移ってきた。

「カトル!」

「る、シア…うぅ」

カトルの様子に気付いてくれたのだ。

「ラルバンカイヌ!見張り台の女性を助けるよ!」

「オォッ」

ぐぅっと重力がかかり、ワイバーンは首を捻って向きを変える。

そのまま見張り台目掛けて羽ばたき、ユリさんは目前に見えた。

…しかし、上手くはいかなかった。

ヒュンヒュンと風を切って、矢が雨の様に飛んできたのだ!

「っ…ルーシア!近付くと女性に流れ矢が当たるぞ!危険だ!」

ラルバンカイヌさんはぐいっと手綱を引き、ワイバーンを上昇させる。

「くっ…」

旋回を余儀なくされ、あたし達は必死に出来ることを探した。

…すると、嘲笑うかの様に見張り台の上に誰かが現れた。

ゾワリ、と背中が冷える。

そいつの軍服の袖には白いラインが1本。

あれは隊長の証拠…つまり騎馬隊の親玉だ。

身体はぼってりとして、人をねめつけるその顔はまるで蛙…。

「軍に仇なすカプセルとその一味よ、大人しく捕まるがいい」

その声もねっとりとしていて、虫ずが走る。

あたしは唇を噛み締め、そいつを睨みつけた。

こいつがっ…こいつが騎馬隊を率いてたなんて!

…そう、あたしはそいつを知っていた。

首都で登録する時の、あの蛙男だったのだ!

蛙男はあたしに気が付くと、にやりとして言った。

「カプセルがでしゃばるからこうなったんだ。おい、ナイフを」

「!?」

見張り台には蛙男を含め4人が立っている。

その一人が懐からよく磨かれたナイフを出すと、蛙男はそれを取ってくるくると回して見せた。

「顔を切るのは忍びないなぁ。じゃあ何処だ?」

ちゃっ。

切っ先を向けたのは、ユリさんを支えるロープ。

あたしはさっと血の気が引いた。

「や、やめて…」

声が震える。

ううん、声だけじゃない。

あたしの身体も、不安に負けてがたがたと震えていた。

「ウ、う……カアさン…」

「カトル、しっかり」

ルーシアはそう言いながら、厳しい表情だ。

すると、少し離れた場所を旋回していた兄が声を張り上げた。

「フロッグ!」

「!?」

蛙男はそっちを向き、ぎりぎりと歯を鳴らした。

その顔がみるみる赤く高揚し、ぶるぶると震え出す様に、あたしは気持ち悪くなって目を逸らす。

怒り様からして、「フロッグ」は蛙男の言われたくない言葉なのだろう。

「オマエェ!」

「なんだフロッグ、俺の名前も覚えられないのか?」

「狩りの邪魔ばかりするオマエなぞ、覚える価値もない!」

「そりゃ奇遇だな。俺もお前の名前なんか覚ようと思わない」

「ぐうぅ、調子に乗りやがってぇ…!お前も共に吊してやる!」

蛙男は兄に食ってかかろうと必死。

兄のワイバーン目掛けて弓を引かせ、血走った目で睨み毒づいている。

その一瞬、本当に一瞬だけど、あたしは兄と目が合った。

何か…伝えようとしてる…。

あたしははっとしてカトルの手をぎゅっと握った。


「カトル、今のうちにユリさんを…!」

「ウゥ…」

「か、カトル…」

「…ふぅ、ふぅ」

戸惑うあたしに、カトルは息を荒げたまま頷いた。

しっかりとあたしの手を握り返し、歯を食いしばる。

その表情も少し落ち着いて見えた。

さっきまでの発作のような状態は治まっている。

「母さんを…」

それを聞いたルーシアはほっと息をつくと、風に乱される髪をそのままに片手で手綱を掴んで立ち上がった。

「ラルバンカイヌ、近付いて!」

ワイバーンは大きく旋回し、ユリさん目掛け滑空していく。

…兄に腹を立てた蛙男は気付かずにいた。

見張り台の兵士達はあたし達を見ると剣を抜いたけど、ワイバーンの巨大さに圧倒されてたじろいだ。

ユリさんの目の前、あたし達が腕を延ばせば届く場所までその巨大な身体を寄せ、ワイバーンは高度を保つために羽ばたいた。

風が巻き起こり、蛙男は初めて気がついたようだ。

「!弓兵っ…何をしてる!」

カトルが腕を延ばし、ルーシアが剣を抜いてロープを切るために待ち構える。

あと少しで届く!

…しかし。

間に合わないと悟ってか、蛙男が短剣を振りかざし、光が反射した。

あたしがその光の眩しさに思わず瞬きをする一瞬…。

放たれたナイフがバスンッと音を立てて床に突き刺さり、ロープを切り裂いて、ユリさんの身体が揺れたように見えた。

「…ーーっ!」

声にならない声が、あたしの口から溢れる。

カトルの腕が、一瞬、ユリさんの服を掠めて空を掴む。

全てが一瞬で、それなのにまるでスローモーションで…。

…ユリさんの身体が、ワイバーンの陰に消えた。


落ちた、のだ。


あたしは、カトルの絶叫でそれを理解した…。

「う、あアアアアアァァァァッ!」

絶叫と共に、空気が震えている。

あたしは、見ていた。

カトルの腕から黒い渦が溢れるのを。

それは腕を飲み込みながら溢れ続け、地面に向けて滝のようにざあっと流れ落ちていく。

あたしは間近で見ていたから…それが何か解った。

内側から溢れたそれは、膨大なデータだったのだ…。

記号の羅列が、真っ黒な塊となってカトルから溢れ、全てを飲み込んでいくのだ

…。

「や、駄目!カトル、カトルっ」

その手を握ろうとするけど、掴めない。

何もない虚空を腕が泳ぎ、データが何の感触も無くあたしを突き抜けて流れていく。

そのデータ達はカトルの身体を覆い隠し、今や顔までも飲み込んでいこうとしていた。

「カトル、カトル!っきゃ」

必死にカトルに触れようとするあたしを、カトルの身体から溢れた羅列が突然感触を持ってあっという間に押し流す!

「やだ!カトル!カトルーっっ」

流されるあたしをルーシアがしっかり抱き留める。

「しっかり捕まってリアちゃん!」

黒いうねりはカトルを包み込んで、ワイバーンから流れ落ちていくばかり。

すると下で悲鳴が上がった。

「な、何…っ?」

「あぁっ、リアちゃん!ま、魔物が!」

何てことだろう。

カトルが生み出した黒いうねりが、次々と魔物に姿を変えていく。

「こ、これが…魔物を生み出す、力…?」

もはや軍は錯乱状態で、魔物達と戦うのに必死。

街の人達も棒や石を取り、応戦している。

見張り台の上では、蛙男が真っ青になって震え、3人の軍人も剣を片手にオロオロ見下ろすだけ…。

このままじゃ、みんなやられてしまう…。

「た、助けなくちゃ…でも、でもっ」

あたしはカトルを見た。

カトルは今や黒い塊と化して、その息遣いも聞こえない。

ただわかるのは、彼が今なお魔物を生み出し続けていることだった。

…覚醒。

あたしは胸を裂くような痛みに呼吸もままならなかった。

「理亜!俺は魔物を狩る!いいか、カトルを戻せるか試せ!」

「に、兄さん…」

「しっかりしろ!大丈夫だ!見ろ、あれはカトルの家族なんだろ!?」

「え…」

見張り台の下…エルシアおじさんとユリさんが倒れている。

魔物達はまるで二人が見えていない様に、見向きもしていなかった。

「黒い塊が女性を受け止めて男性をあの場所に寄せた!カトルの意思が働いてるとしか思えないだろう!?」

兄はそう言うと、痺れを切らしたのかポンチョを脱ぎ捨てて中腰になった。

「頼んだぞ!」

タン。

低空飛行で魔物を薙ぎ倒し食らい付くワイバーンから、ひらりと兄が舞う。

あたしは兄の言葉に、前を向いた。

「…カトル…」

溢れる塊を、そっと手で掻き分ける。

ルーシアがあたしを支えながら、ゆっくり着いてきてくれる。

先を歩かないのは、ルーシアがあたしの気持ちを優先してくれてるからだろう。

「カトル…リアちゃんの気持ちが伝わるはずだよー。こんなに心配かけて」

その言葉に流れる塊が揺らめいて、僅かに気持ちの起伏を感じた気がした。

あたしは今や塊の大元…カトルの目の前だった。

混乱する人々の喧騒は聞こえているのに、切り放されたような錯覚を覚えた。

「カトル…」

さっきから、名前ばっかり呼んでる。

自分があまりに無力で悔しい。

あたしの気持ちは、届いてるのだろうか。

「り、リアちゃん!」

「…あ」

あたしは目を見開いた。

黒い塊が、ゆっくりとその流れを留めたのだ。

…いや、溢れるのをやめたと言うべきか。

まるでたかっていた虫が落ちるように溢れたデータが流れきって、そこにカトルの身体が現れる。

目を閉じ、微動だにしないその身体。

…どこにも変化が無いように見えたけど、それは違った。

あたしには…「見えて」いたのだ。


お読みくださってありがとうございます。


既に書き上がっているお話のため、

順次更新いたします。


お付き合いいただけると幸いです!

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