16.シアワセ
リア:主人公。兄を探すと決め、RPGにログインすることを決めた。
実は自身がデータだった。
カトルシア:カトル。
リアを好きになり、守ると決め、共に旅立った。
魔物の長の生まれ変わりで、ついに覚醒してしまう。
ルーシア:リアに恋をしてしまったが、カトルとリアの関係を祝福している。
ダグラス:過去にカトルの父エルシア、母ユリと旅していた。
娘を襲われたことが原因でカプセルを嫌うようになったが、誤解だったのがわかって吹っ切れた。
クシィの父。
クシィ:宿屋の看板娘。
鈴の音のような声の美しい女性。
ダグラスの娘。
援軍を呼びに運命に抗うカプセルの拠点へ向かっている。
ユーマ:リアの兄。運命に抗うカプセルの仲間として動いている。
魔物の長を探し、カプセルを助けながら旅をしていた。
カトルが覚醒したが、リアにカトルを戻すよう告げて魔物と戦う。
エルシア:カトルの父。
軍になぶられ気を失っている。
ユリ:カトルの母。
RPGに残ると決めたカプセル。
軍にみせしめにされていて、カトルの覚醒のトリガーになってしまった。
カトルの胸から出る、一筋の光…。
頼りなく、それでも見間違うことの無い光。
それは、あたし達カプセルに与えられた力。
「…カトル…。覚醒、したんだね…」
あたしが呟くと、後ろにいたルーシアがはっと身じろいだ。
あたしはゆっくりとカトルの胸元に手を延ばした。
「…聞こえてるんだよね?」
その光の筋に、指先が触れた瞬間!
カトルは右手であたしの腕を掴み、もの凄い力で引き寄せた!
「っ」
見開かれた、カトルの瞳があたしを真っ直ぐ見ていた。
お互いの鼻先が掠る程の距離まで引き寄せられ、あたしは息を飲む。
…カトルの瞳は冷ややかに冴え渡り、あたしは身震いしてしまった。
『マ、モノ』
「え…?」
くぐもって掠れた声が、カトルの口から流れ出る。
瞬きもせず、カトルは続けた。
『タオして…』
「!カトル、わかるのね?カトルは大丈夫なのね?」
『ダメ、…カラだ、イウコと、キカなイ…よ』
あたしは見開かれたままの瞳に映る自分を見て、困惑した。
この目は魔物の長の目でもあるのだ。
『…オコッてル…かアサんを、コロそうト…しタ、カラ…。アフレて、キて…まだ、トマラなイ』
黒い渦は止まっているのに、カトルはそう言った。
まだ何か溢れてるのだろうか…?
「…それ、カトルが落ち着けばなんとかなる?」
聞いていたルーシアが言うと、カトルは消え入りそうな声で言った。
『…ノマれそう』
その言葉に反射的に身体を強張らせ、あたしは声を上げていた。
「っ、そんなこと言わないで!大丈夫よ、カトルなら…」
『…』
カトルはまるで眠りにつくように瞳を閉じ、無言のままあたしの手を離す。
その身体がぐらりと傾き、あたしは抱き留めた。
…一体何にのまれるのか。
あたしにはわからなかったけど、それはカトルにしか乗り越えられないものかもしれなかった。
それにのまれてしまったらどうなるかなんてわからないけど…良いことじゃないのだけはわかる。
「…リアちゃんはカトルのそばにいてあげてね」
突然ルーシアはそう言って、あたし達をぎゅっと抱きしめた。
「ルーシア…?」
「俺は下を手伝うからさー。魔物は任せて?」
「でも…」
「カトルを見張り台の下に移動するよー。ワイバーンも自由に動けるようになる。だからリアちゃんは、カトルを」
「…」
ルーシアは少し身体を離し、優しく微笑んだ。
ルビー色の瞳が、暖かく光る。
「…うん、わかった…。カトルはあたしに任せて!…でも無理しないでね、ルーシア」
「まっかせといてー!」
ルーシアが指示を出すと、高度を保っていたワイバーンはその身体を地面に降ろした。
お腹に響く衝撃を感じ、あたし達は地面に向けて飛び下りる。
攻めてくる魔物を尻尾で弾き飛ばし、あたし達が着地したのを確認してからワイバーンは再び空に舞い上がっていった。
「よし…ここなら多分大丈夫だね。…じゃあ行ってきます」
カトルをユリさんとエルシアおじさんの側に横たえると、ルーシアは剣を抜いてにっこりした。
「気をつけて…絶対怪我しちゃだめだからね!」
「あはは、わかった。他でもないリアちゃんのお願いだから頑張っちゃうよー」
くるりと背を向けて、ルーシアは魔物達の咆哮が響く広場へとかけて行った。
あたしは剣を抜き傍らに置いて、ぐったりしたカトルを横目にユリさんとおじさんの様子を見る。
二人には確かに息がある。
とはいえ、身体はボロボロだった。
よく見ればユリさんの身体も痣だらけで、頬は腫れて口元には血が滲んでいる。
まだ絡んでいた縄を解き、必要な手当を済ませる。
…ひどい。
何も、こんなことしなくてもいいのに…。
軍の人達が憎い。
そう思った。
でも、だからって魔物に襲われる彼らを見捨てられる程、子供でもない。
あたしはこっちに逃げてきた軍の人を見つけ、剣を取ると飛び掛かる魔物を切り裂いた。
「…す、すまない…」
「気にしないで下さい。早く立って」
軍の人は立ち上がると、肩で息をしながら言った。
「どうしてこんなことに…何が起きてるんだ」
「…っ、それは貴方達が…」
言いかけて、辞める。
言ったところで何も変わらないと思った。
でも、軍の人は少し黙った後、あたしの言葉の後を引継いだ。
「…母を思って叫ぶ子を見た…。悲痛な叫びだ。何故ここまでする必要があったのか…皆、そう思ったはずだ…。とにかく礼を言う。まだ戦える。街の人を守らねば」
あたしははっとして彼を見る。
少し頭を下げた後、彼は走り去った。
「…カトル……。カトルの気持ちは、みんなに伝わってるんだ…」
カトルが目覚めたら、魔物は彼に従うのだろうか。
そうすれば、この混乱に歯止めがかかる。
「カトル…ねぇ、言ってたよね。世界を守るために力を使えたらって。…今がその時よ…だから、起きて」
あたしは、カトルのいる世界を守りたかった。
カトルの大好きな世界を。
…でも、今はこうやって側にいることしか出来ない。
なんて無力なんだろう…。
軍は確かに酷いことをしたけれど、だからってこのままでいいはずがない。
「カトルはこんなの望んでない…そうだよね」
あたしはしっかり剣をにぎりしめ、ゆっくりと息を吐いた。
「今は人手が必要よ…あたしはみんなを守る義務がある。…カトル、目覚めるまではあたしが頑張るからね」
あたしは、世界を救うカプセルになるのだ。
顔を上げて見回すと、そこかしこに負傷した人々が倒れていた。
魔物は黒いうねりとなって入り乱れ、血と泥の臭いが立ち込めている。
微かにだけれど、煙の臭いも漂っている気がした。
早く何とかしないと煙に巻かれてしまう。
魔物と戦ってる場合じゃないのかも…。
「…!」
そこであたしはある閃きに、思わず辺りを見回した。
うん、…うん!
これならやれる。
あたしは兄の姿を探した。
上手くいけばラシュランの人を守れる。
「兄さん!」
何度も呼ぶうちに、流れるような動きで魔物をさばきながら兄がこっちに駆け寄ってきてくれた。
「…ルーシアは!?」
流石に疲れは隠せていない。
額の汗を乱暴に腕で拭うと、兄は肩で息をした。
「魔物と戦いに行った。ねぇ、提案があるの…空気が煙たくなってきてる、ワイバーンでユーファに皆を運ぼう?」
「何だって?そりゃここで魔物を食い止める人数がいれば可能かもしれないけど……いや、待てよ」
兄はさっと頭を巡らせ、にやりとした。
「成る程な…!さて、そうするとまずはフロッグか」
兄はあたしの考えを瞬時に理解してくれた。
そして直ぐさまワイバーンを呼ぶとその首によじ登り、舞い上がる。
「こっちは任せろ!街の人を頼む!」
「うん!」
あたしは一度カトルの手を握り、そこを離れた。
ラシュランの人々は子供を囲むようにして、大人は男女関係なく皆戦っていた。
負傷した軍人の武器や好意的な軍の人から渡された武器を使い、応戦しているのだ。
…意外にも、軍の人がさらにそれを守るように陣を敷いてくれていて、ルーシアもそこに加わっている。
街の人の負傷者は明らかに少なかった。
「無事ですか!」
あたしが声をかけると、街の人の表情にぱっと光が射した。
「あぁ、負傷者はいるが大丈夫だ!…一体何が起きてるんだ!?」
口々に言いながらも、思ったよりは混乱していないように見える。
あたしはほっとして言った。
「詳しいことはまだ話せません、まずは見張り台の下に陣を移動します!軍の人も一緒に。逃げる道があります!」
ざわざわと歓声に似た声が聞こえて、あたしは眉を寄せた。
今安堵してしまったら、魔物に隙を見せてしまう。
「お願い、気を抜かないで下さい…!後ろはあたしが守ります」
すると、あたしの後方…見張り台の辺りでどよめきが起こった。
「退却 退却だ!」
何事かと身を捻ると、蛙男が見張り台から降りて繋いでいた馬に跨がったところだった。
「なんてことだ…ラシュランを焼いただけでなく、私達まで放っていくつもりか」
ラシュランの人々は毒を吐いたけど、あたしはにやりとしてしまった。
兄がうまくフロッグを追い立てたに違いない。
軍の幾人かは身を翻し蛙男に続いて行ったけれど、ラシュランの人々を気遣う兵は渋い面持ちのまま残ってくれた。
「よく聞いて!4人ずつ見張り台へ上がって下さい。上でワイバーンに乗りユーファへ避難してもらいます」
不安そうな軍の人にもあたしは呼びかけた。
「街の人を逃がしたら、次は軍の人も同じように逃がします。よく見て、魔物は梯子を登れないはず。上がってしまえばこっちのものです」
魔物は牛や犬に似た四足歩行。
どう見ても梯子を登れる身体はしていなかった。
…1番厳しいのは、最後になる人。
でもそれはあたしと兄でやろう、と思っている。
カトル達家族が必ずしも安全とは言えない分、それを守るのは自分だと自負していたからだ。
それに、あたし達には見えている。
魔物を還す、その光の道標が。
「順番は任せます、なるべく早く開始して下さい」
陣を敷く軍に襲い掛かる黒い獣達を弾き飛ばしたワイバーンの上から、兄がひらりと降りてくる。
ラルバンカイヌさんはすでに上空で待機していた。
「まずは子供達からにしよう」
…街の人々の決断は早く、子供、女性と順番が決められ、実行に移された。
まだ幼い子供には母親が付き添い、しっかりと手綱を握ってもらう。
ワイバーン2体は交互に人々を運び、瞬く間に戻ってくる。
日が暮れ始めゆっくりと煙の臭いが強まる中、街の人の避難は順調だった。
梯子を登れないほどの怪我人も無く、ワイバーンの往復もスムーズ。
しかし、それを守る軍の人々の消耗は激しく、段々と陣が小さくなり始める。
どうしよう…このまま堪えられるかわからない…。
あたしはカトルのそばで、運ばれてくる負傷者の手当に必死になっていた。
その時だった。
透き通る音がこだまして、見上げたあたし達の上を巨大な影が通りすぎたのだ!
あちこちで悲鳴が上がる。
でもそれが何かわかった時、悲鳴は歓声に変わっていた。
「リアちゃん!お待たせ!」
「く…クシィさん!!」
それはクシィさんとダグラスさんを乗せたワイバーン達だったのだ!
その背から次々と誰かが降りてきて、彼等は光の筋をたどりすごい速さで魔物を「還し」ていく。
「…カプセル…」
呟くあたしに、軍の人の表情が強張ったのを見た。
「カプセルが助けに来てくれた!やはり…やはり世界を救うのは…!」
街の人々の歓声。
今やみんなを逃がすのに不安要素は無かった。
兄はルーシアと一緒に指示を出し、新たに合流したワイバーンも混じえて残っている街の人を避難させる。
クシィさんは一度だけあたしをぎゅーっとした後、一緒に負傷者の手当に回ってくれた。
「…ね、この事態は…」
「…はい、カトルが…。でも、今はきっと…内側で戦ってるんです」
ちらっとカトルを見ると、彼はまだぐったりしたまま身動き一つしない。
「そう…。じゃあ尚更、私達が頑張らないとね」
クシィさんは頬にかかる銀の髪を耳にかけ、微笑んだ。
「大丈夫、リアちゃんがついてるんだもの」
その優しい響きに泣きそうになったあたしは唇を引き結んだ。
……
…
魔物の数はもう数える程。
光が届かなくなった夕闇の中、軍の人々も避難を終えた。
後はカプセル達と、ユリさんとエルシアおじさん、そしてカトルとあたし達だけ。
そこでようやくエルシアおじさんが意識を取り戻した。
「う…」
「!エルシアおじさんっ」
「ぐぅ…り、リアか…」
「大丈夫ですか…手当はしてありますけど…」
「無理をするな、楽にしていろ」
いつの間に来たのか、片膝をついてダグラスさんが、あたしの言葉に被せるようにおじさんに声をかけていた。
「…ダグラス…ふ、お前…はは」
「…馬鹿かお前は。笑ってる場合じゃないだろう」
そう言うダグラスさんも少し柔らかい表情で、胸が熱くなる。
しばし見つめ合った後、ダグラスさんは残りの魔物を片付けるために立ち上がり、無言でかけていった。
「…自分で動くには、苦しいな…うぅ、ユリと…カトル…は」
「二人とも気を失ってるだけです」
「…そうか…ユリ、ユリ…」
「…うぅ」
ユリさんはうっすら目を開けて、痛みに顔を歪めながらゆっくりと辺りを見回した。
あっという間にその目に涙が盛り上がり、溢れていく。
仰向けになったユリさんの涙は目尻からこめかみへ流れ、髪の間に吸い込まれていった。
「…なんて…こと…」
何を言いたいのかわからず、あたしはユリさんの隣に座った。
「ユリさん?」
「カトル…カトルは?」
「隣にいます、気を失って」
ユリさんは泣きながら苦しそうに呻いた。
「カトルが…魔物を…そうでしょう?」
「…っ!」
あたしは驚愕して目を見開き、思わずエルシアおじさんを見た。
エルシアおじさんもまた、泣きそうな顔で瞳を伏せている。
「…カプセルがたくさんいる…リア、真実を…知ったの?」
「…」
そうか…。
ユリさんは知っていたんだろう…自分の世界が造られたものだったことも…。
そして、カトルが魔物の長だってことも知っていて…わかっていて、育てていた
んだ。
でも、どうして知っているのかは、見当もつかない…。
何か言おうとした時、魔物の断末魔が耳をつんざいた。
はっとして振り返るその先で、最後の魔物がするすると闇に溶けていく。
「とりあえず逃げましょう!」
兄の声がして、5体のワイバーンがいなないた。
煙の臭いは鼻をついて、心なしか気温も上がったようだ。
ルーシアも駆け戻り、泥と汗まみれの身体でカトルを背負った。
エルシアおじさんとユリさんもカプセル達に抱き抱えられ、運ばれようとしている。
…良かった、これで全員助かる!
…その時、視界の隅でルーシアが突然崩れ落ちた。
「ルーシア!?」
…ぞっとした。
ルーシアは完全に気を失い、その背に背負われていたカトルも転がっている。
その周りを、カプセル達が囲んでいたのだ!
「お、お前ら!何を…」
兄が悲痛な声を上げる。
「悪い勇真。俺達は長を還す任務を受けてきた」
「な、何だっ…て?」
「さっきの魔物だって長の仕業だろう?覚醒した以上放っておけない」
カプセル達は全部で8人。
ユリさんとエルシアおじさんは再び気絶させられてワイバーンに乗せられたところだった。
「おいおい…仲間割れしてる場合じゃねーぞ!煙が来る!」
ワイバーンが冠羽を逆立てて首をもたげるのを制しながら、ラルバンカイヌさんが声をあらげる。
「先に飛んでいい!長以外は俺達が責任持ってユーファに連れていく!」
カプセルの一人がそう言うと、ラルバンカイヌさんは冗談じゃないと肩を怒らせた。
「そこにいるのはサンドラ族長の孫なんでな!置いていくわけにはいかないんだよ!…それに、あんたらは女性に手をあげた…。俺達は許さないぞ」
ユリさんのことだろう…ラルバンカイヌさんはそう言って他のワイバーンを操る4人に目配せをした。
「おとなしく、その二人から離れてもらおうか」
ワイバーンがカプセル達を囲む。
「わからないのか!長は魔物を生みこの世界を滅ぼす!今が好機だ!」
カトルとルーシアのところに4人。
ワイバーンのそばに2人。
兄のそばとクシィさん達のそばに1人ずつ。
あたしのそばにだけ、誰もいない。
カトルを守れるのはあたしだけ…。
言い争う声を聞きながら、あたしは冷静だった。
カプセルが刃を振り上げたら、あたしが守らなければ。
幸い、光の筋を辿るのはわかっている。
あの筋から刃を外せればカトルは助かるのだ。
でも、だからっていつまでも守れるわけがない。
カトルに目覚めてもらうしか…。
目まぐるしい勢いで考えていると、しびれを切らしたカプセルが怒鳴った。
「じゃあさっさと終わらせて、すぐに飛び立とう!」
その手に光る、鈍い銀の刃。
あたしは駆け出して、それが振り下ろされる瞬間にカトルとの間に飛び込んだ。
「り、理亜ーっ!!」
兄の声が聞こえて…ぎゅっと目を閉じていたあたしはゆるゆると瞼を開いた。
いつまでも衝撃はこなくて、誰もが息を飲んでいる気配が漂っている。
「な、なん、で…」
最初に聞こえてきたのは、ナイフを振り上げたカプセルの、戸惑った声だった。
「何で…これはこの世界の物質だぞ!それをっ…」
見上げたあたしは、固まった。
振り下ろされた刃を、黒い腕が掴んでいる。
その腕が触れた場所から、ナイフはデータになって解けていくのだ。
「それをっ…還す…なんて…」
あたしはがばりと身体を起こし、カトルを見た。
黒い腕はカトルの腕だったのだ。
カトルは虚ろな瞳をして、カプセルを感情の無い顔でただ見つめ、ゆらりと起き上がった。
「ひっ」
消えかかったナイフをはなし、カプセルは後ずさる。
その顔は恐怖に満ちていた。
「カトル…!」
呼びかけると、カトルは表情を歪め、笑い出した。
「く、あは…ははは」
そのままゆっくり立ち上がると、カトルは震えながらあたしに言ったのだった。
「…俺を魔物の長にしたのは…カプセルだったんだ…あはは…はははっ」
何を言われたのかわからなかった。
カトルが何を言いたいのかわからなかった。
あたしはカトルを見上げ、カトルはあたしを見下ろして…。
紡がれる言葉を聴覚が拾い上げて、脳が理解する。
あたし達は、真実を知ることになった。
俺が造ったAI達は、独自の世界を形成し繁栄していった。
ある日俺は2人のAIに俺という存在を教え、AIはデータで出来ていることを伝えてみた。
今思えばそれは残酷な行為だった…。
AI…いや、カプセルは考え、言った。
そっちの世界に行きたいと。
それは出来なかった。
出来ないはずだったんだ…。
けれど、いつの間にか…カプセルは俺が知る知識より先の知識を手に入れ、実行していた。
水面下で俺の船を乗っ取り、この世界の生物のデータを集めていたんだ…!
リア、覚えてるか?
ユーファの村長はカプセルを見分けることが出来ただろ?
あれは、データを集めた時に彼等に残った後遺症みたいなものなんだ。
気が付いた時には遅かったよ…ログインカプセルは既に設計されていたのさ。
カプセル達は考えた…急にログインカプセルが降り注いだら、この世界の人間は自分達に怯え攻撃してくるかもしれない。
ならば理由を作ろうと。
…そこで利用されたのが、俺だった…っ!
カプセルは俺の身体を作り替え、感情によって魔物を生み出す道具にしてこの世界に放ったんだ。
怒りと悲しみに満ちた俺は魔物を溢れさせ、止めることが出来なかった…。
無事に迎え入れられるか心配したカプセルは、ゲームを装ってテストを行ったよ。
RPG…ロールプレイングゲーム。
人を演じる遊戯…俺を追い立て…倒すことで終わるゲームだ。
でもカプセルは欲をかいた。
このまま救世主として崇められたいために俺を倒したことを公表しなかったんだ!
…それが仇となって、好き放題してデータ世界に帰れなくなったみたいだけど…俺はそんなことどうでもいい。
俺をまた追い立て…この記憶を呼び覚ました以上、俺はお前らを許せない。
お前達が魔物の長だと伝えなければ、俺はカトルシアのままでいられたんだ!
何だよ…何が世界を救うだよ…守るだよっ…お前達が…壊したくせに。
でも…それでも俺は…憧れて…恋してたんだよっ…うう、うぅ。
いたたまれなかった…。
カトルは頭を抱え、ボロボロと泣き始めた。
「カトル…」
そっと手を伸ばし、抱きしめようとしたあたしを、彼は突き飛ばした。
「っ…うぅ、リアっ…リア、ごめん…ごめんな…。1番許せないのは…自分なんだよ…。カプセルを生んで、お前達はデータなんだって教えた自分…残酷だろ…ううぅ…」
誰もが黙って見ていた。
冷たい目をしていたカトルは、今はもう優しいカトルに戻っていた。
自分の罪に押し潰されそうな、辛い顔をしたカトル。
でもね…。
「関係ないよ…」
あたしはまた、そろそろと手を上げた。
「関係ないよっ…もう、カトルはカトルだもの!魔物の長じゃないものっ!あたし達だって知らなかったことだけど、なら今から正そうよっ…あたしはカトルが世界を守ろうとしてたの知ってる…みんな、同じことしようとしてる…から、だから…」
一人で、抱えこまないでよ…。
「あたしは、あたしは…カトルが大事だよ…一緒にいたいよっ」
涙が溢れてくる。
誰が悪いのか…そもそも、悪い人がいるのか、あたしにはわからない。
でも、わかることもある。
カトルが大好きで、守りたいんだ。
伸ばした手に、少しだけ触れて…カトルはあたしを優しく見つめ、泣いた。
「ごめん、リア」
「!」
その手を、カトルは払いのけた。
黒い渦が剣を作りだし、カトルの手がそれを握る。
その切っ先は、カトルの胸を向いていた。
「やっ……カトルー!!」
ずん、と刃が沈む。
あたしは…あまりのことに言葉も無く、立ち尽くしていた。
ごふ、と血を吐いて、彼は不敵に笑う。
「言ったよね…女の子に、手を…あげるなって…」
派手なオレンジ色の髪。
いつの間に気が付いたのか、ルーシアがカトルの剣を背中に受けていた。
「る…ルーシ、ア…?」
「ここ…痛むだろ?」
ルーシアは、カトルの胸を拳で軽く叩くと、カトルに身体をもたれてしまう。
震えるカトルは、剣を離してルーシアを支え、何度も呼んだ。
「馬鹿…馬鹿な奴、っ…なんで前に出るんだよっ…なんで…ルーシアっ…ルーシアぁ…」
「は、は…約束したしね…戻す、って。ちょっとくらい、痛くても…我慢しろって言っといたの、に…忘れた…の?」
「俺っ…俺…ちゃんとカトルだよっ…戻すことなんてない…なのになんでルーシアがっ…ま、待ってろ…治すから、治すからっ」
カトルの手が、ルーシアの背に触れる。
刺さった剣が解けて無くなっていくのと同時に、ルーシアの身体がデータに書き代わって傷が消えていく。
それでもルーシアは、弱く笑いながら血を吐いた。
その血は、カトルを紅く染める。
「ふ、は……カトル、が、間違った道、を…選んだからね。…戻して、あげないと。俺はね…リアちゃんを、悲しませたくないんだよ…」
「黙ってろよっ!今、今…中を…」
「いいよ…もう、朦朧と…してるみたい、だしねー……ね、リアちゃ…ん」
あたしはそこで初めて、詰めていた息をルーシアの名前と一緒に吐き出した。
「っ、ルーシア!」
ルーシアを横たわらせて、カトルはひどく緊迫した顔でに手を当てている。
「リアちゃん…リア、ちゃん…」
「ここよ、ここだよ!」
「はは、変、だなぁ…見えないや…」
ルーシアの焦点があっていない。
震え出すルーシアの手を握りしめる。
「約束だよ…幸せ、に……ね」
「黙ってろってば!くそっ…くそぉっ」
ルーシアはゆっくり目を閉じると、小さく呟いた。
「俺は、幸せ、だよー…願わくば、また…二人に会いた、い………ね」
「駄目だっ…目…開け…うう、ルーシアっルーシアぁっ…」
すう…。
最後にひと息だけ、吐息を残して。
ルーシアは、目を開けない。
「おいっ、ルーシア!起きろよ!」
ルーシアの身体に手を置いて…カトルはひらすらに泣き叫び続けた。
やがてルーシアの身体はゆっくり解けて、空に昇り始める。
カトルが治そうと必死で書き換えたのに、間に合わなかったのだと…あたしは瞬きさえせずに…見上げて…。
ぷつりと、何かが切れたんだと思う。
急に視界が歪んで、頬を転がり落ちていく…温かい雫。
「ごめん…ごめんルーシアっ…ごめん…うああ、ああーっ」
悲痛な叫びに胸を突かれて、あたしはカトルを抱きしめた。
カトルは溶けていくルーシアを溶かさないよう、必死でデータをかき集めるようにしている。
私も、カトルと一緒に、必死にそれを描き抱く。
ルーシアは、カトルを守ってくれたんだ…。
そう思ったら、苦しくて悲しくて堪えられなくて。
鳴咽をもらしながら、あたしとカトルは二人、寄り添って泣いたのだった。
「理亜」
兄に呼ばれ、煙に巻かれかけていたあたし達はワイバーンに乗ってユーファに移動した。
頑なに動こうとしなかったカトルを、半ば引きずるようにしてたどり着いた部屋は、初めてルーシアに会ったあの部屋。
あたしもカトルも話す気力も無く、ベッドに腰掛けて虚空を見ていた。
カトルのそばを離れるつもりはなかった。
気が付けば3日が過ぎ、ラシュランの人々はユーファの村長の家である宿になんとか収まり、入りきらなかった軍の人は民家に散って泊めてもらっている。
ワイバーンによって各地の賢人が集められ、今回の軍の行為はすでに民衆の間に広く伝わっていた。
今回の件で軍は体制を変えざるをえないだろう。
ダグラスさんも上層部に報告すると言っていたし、カプセルやラシュランの人も蛙男をしっかりと覚えていた。
何より、共に残ってくれた軍の人々が自分達の行動を罪だと認めてくれたのだ。
ラシュランの炎は森を焼き尽くす勢いで拡がり、煙が空を覆い隠す様が皆の心に消えない火傷となって焼き付いていった。
兄やクシィさんがやってきては経過を話し、帰っていく毎日。
時間はかかるかもしれないけれど、カプセルへの差別も無くなっていくだろうと兄は言っていた。
それでもカトルは受け答えもせず、ただ黙ってそこにいた。
5日後、少し食べ、用をたし、後は眠るだけだったカトルはやっとユリさんとエルシアおじさんに再会する。
彼等は松葉杖で自力で歩くくらいは出来るようになっていて、ようやく息子に会いにこれたのだ。
「…カトルシア」
ユリさんの呼びかけに、カトルは虚ろな顔で彼女を見た。
ユリさんは倒れ込むようにしてカトルを抱きしめ、その背を優しく撫でながら繰り返す。
「辛かったでしょ…辛かったでしょ…ごめんね」
胸が詰まった。
母はこんなに強いのだと…温かいのだと…あたしは思う。
カトルの瞳に光がさしはじめ大きな滴が落ちた時、あたしは一緒に涙してしまった。
「貴方は私達の息子よ…だからもういいの…魔物の長のことは、貴方のせいじゃないのよ…」
「か、母さ…」
久しぶりのカトルの声は掠れ、頼りなかった。
「私と長は…そうね、夢で出会った。魔物の長は、自分を宿してほしいと私に言った。その意識は罪に苛まれていたわ。この世界の全てを知った時、私が絶望しなかったのは…そこにエルシアがいたからよ。長は私の中で眠り…私達の子供として産まれた。どういうわけか、貴方はエルシアそっくりで…性格は私そっくりだったわね」
泣きじゃくる子供をあやす様に、ユリさんはぽん、ぽん、とカトルの背を優しく叩き続ける。
鳴咽をもらし激しく泣くカトルは、涙を拭こうともしなかった。
「でもその記憶は長のものよ。貴方の奥で眠っていた長の。だからカトルシアが背負わなくていいのよ…ごめんね、私がもっと早くに説明しておくべきだった…。リアと二人、支え合う関係になるのを待てば…自分達で辿り着けば…辛くないと思ったの。…でも結果は…私が引き金になるという最悪なものだった」
ユリさんは離れて見ていたあたしを手招きした。
怖ず怖ずと近寄ったあたしを、彼女はカトルと一緒に包みこんだ。
「ごめんね…辛かったでしょう…」
それをエルシアおじさんが大きな手で抱きしめる。
「お前達はなんて素敵な友を持ったんだろうね…さぁ、目一杯泣いたら、彼に花を沿えよう。まだ何もしてないだろう?」
あぁ、温かい…。
カトルの鼓動に、ルーシアの奏でる、優しい音色を聞いた気がした。
それから3日、カトルは生気を取り戻し、積極的に表に立つようになった。
賢人達との会議にも出たし、軍の人やラルバンカイヌさん達にも会っているようだ。
あたしは最初にそうしたように負傷者の手当に奔走していた。
…その日、部屋に戻るとカトルがあたしを待っていた。
「…おかえり、リア」
「カトル…うん。ただいま」
カトルはあたしを引き寄せて抱きしめ、しばらく何も言わなかった。
あたしもその背に腕を回し、カトルの鼓動を聞いていた。
「…俺、リアに頼みがあるんだ」
「え?」
カトルは身体を離し、あたしを見つめて囁いた。
「…ずっと…一緒にいたいんだ。俺が今こうしてるのは、リアと…ルーシアのおかげだよ。…愛してる。大好きだ…」
心臓が、きゅーっとなった。
カトルの温もりと、声が。
こうして前を向くその姿が。
とても尊いものだと思った。
知らず、涙が頬を伝う。
「…馬鹿ね…当たり前でしょう?あたしは…あたし達は…幸せにならなくちゃいけないんだから」
「うん…うん。ごめん…。…それから」
カトルはそう言うともう一度あたしを抱きしめ、耳元で囁いた。
「…!」
あたしは目を見開きカトルを見上げた。
視界が涙で歪む。
頷くあたしに、カトルは優しく笑うと、そっと唇を寄せた。
……
…
「そろそろかな…まだかな」
そわそわと行ったりきたりする父さんに、俺は笑った。
「大丈夫だよ…母さんもついてるだろ。ねぇ父さん。俺が産まれた時もそわそわした?」
父さんは立ち止まり俺を見ると、顎をさすった。
「あぁ、緊張したな…。お前は大丈夫なのか?カトルシア」
「まさか!手が震えてどうしていいかわからないや」
苦笑いしてみせると、俺達の前にあるドアの内側から、けたたましい泣き声が聞こえた。
「!」
「うっ…産まれた!?」
上半身を起こし、リアは腕に白い布に包まれた子を抱いていた。
「…カトル」
「リア、頑張ったな…大丈夫か?」
「うん…ねぇ、見て…」
リアはきらきらした瞳でその子に目を落とす。
俺は覗き込んで、思わず目頭を押さえた。
「やだ…泣かないでよ。…今日は祝福の日なんだから」
「うぅ、ごめん…でも…でもさ…」
彼女の腕で眠る赤ん坊。
…その髪は、きらきらとオレンジ色に輝いていた。
きっと目覚めたら、その瞳はルビー色だ。
俺は二人を抱きしめて、リアに唇を寄せた。
リアは幸せそうに笑うと、小さく言った。
「…元気に育つんだよ…ルーシア」
『ルーシアの意識が…俺の中で眠ってるのに気付いたんだ』
『…俺とリアの子として…もう一度…この世界に産まれさせてあげたい』
あの日囁いた言葉が今…現実になった。
あれから俺は全てのカプセルの身体を書き換え、普通の人となんら変わりない身体にしていた。
子を成し、腐って果てる普通の身体。
希望するならカプセルの印も消した。
そうするうちに俺はだんだんと長としての力を失い、ただのカトルシアになっていった。
リアもみんなも俺の全てを受け入れ、助けてくれて、こう言う。
…さあ、RPGは終わりだよ。
長を演じるのは終わりだよと…。
広い広い青空が…復興中のラシュランを照らしていた。
君がもし、もしも記憶を取り戻したら、こう言おう。
君は親友で、息子で、俺達の幸せには必要不可欠だよと。
それはリアを思う君に残酷だろうか?
いや、きっと君は祝福し、喜び、もう一度誰かに恋をする。
それは演じなくていい、本当の姿なのだから。
リアを抱きしめて、俺は誓った。
幸せになろう、みんな一緒に、と。
お読みいただきありがとうございました。
随分前に書いたものですが、
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それでは、また。




