第六話 ヨルムンガンドの鍵
不満そうにしながらもアイシャは指示に従い部屋を去った。
マグナスはしばらく考え事をしているようだった。そして意を決したのかゆっくりと話し始める。
「結論から言います。その腕輪は正式には『ヨルムンガンドの鍵』と呼ばれるものです。この世界に存在する魔力を持つ道具の中でも異質。最高峰の力を秘めたアイテムです」
マグナスは腕輪を指差す。
「もうお気付きかと思いますが、それは一度着けると外すことは出来ません。腕輪が外れるのは、あなたが死んだ時です」
外せないかもしれないということは薄々感じていた。だが改まって司教を名乗る知識の豊富な男から事実として突きつけられると、言いようのない気持ち悪さが腹のあたりに充満する。
「そういえばまだお名前を聞いていませんでしたね」
「ホープ」
「ホープさん、これはあなたの為にもなる話だと思って聞いてください。その腕輪には大きな使命があります。今、王宮隊が腕輪を探しているのはご存知ですか」
「噂には」
当然知っていたが、何となく隠した方が良いと思った。
「良いですか。王宮隊は腕輪の主となったあなたが協力的かどうかを見極めようとしてきます。その時に利害が一致すれば協力して使命に臨むでしょう。ですが――」
マグナスはその先は、みなまでは言わないようだ。
「なるほど。それで使命ってのは?」
マグナスは立ち上がり本棚の高い位置から大きな巻物を取り出した。そして机の上にそれを広げる。俺も立ち上がり見に行くとそれは地図だった。
「全てを今説明するのは難しいので、まず王宮から与えられる使命の話をすると――」
マグナスの指が一つの街を指した。
「ここが今いる王都です」
それは地図の中でもとりわけ大きい街に描かれていた。だがそれでも全体からすると小さな点のようだ。
マグナスの指が地図をスルスルと滑る。
「そしてここが1つ目の神殿、静寂の孤座です」
指先は大きな湖の中心あたりを指していた。
「この場所で継承の儀を執り行ってもらいます」
「ちょっと待って。何言ってるのかさっぱりわからないんだけど。何のためにどんな儀式をするってんだよ」
マグナスは少しの間、考え込んでいた。頭の中で話す言葉を選んでいるようだ。そうする理由は俺に隠したいことがあるからだろうか。
良いように使われるかもしれないと、警戒しつつ答えを待つ。
そして出た答えは想像を超えたものだった。
「ホープさん、あなたの使命は世界を救うことです」
この男は何を言っているのか。こんな子供だましな言葉で俺が納得するとでも思っているのか。こちらの思いなど意に介さずマグナスは続けた。
「この世界に魔物が溢れていることは当然ご存知だと思います。ですが魔物は数千年前には存在しなかったことは知っていますか?」
「いや、魔物の歴史なんか知らない。あいつらがクソだってことは良く知ってるけどね」
マグナスは表情一つ変えずに続けた。
「魔物が現れる入り口は今も昔もたった1つです。かつての英雄と呼ばれた人たちは世界を良くするためにその入り口を作りました。ですが、その結果、制御のできない魔物たちを世界に招き入れてしまったのです」
聞いたことのない話に真偽はともかく興味が湧き、黙って話を聞いた。
「英雄達が自分達の血で入り口と一緒に作ったのがそのバングルです。ヨルムンガンドの鍵は入り口を閉じる為の唯一の鍵なのです」
思わず自分の右手を見た。錆びついたこのバングルが伝説の鍵だなんて信じられなかった。
「それで、俺にはその入り口に行けとでも言うのか」
「そのままでは行けません。儀式が必要なのです。かつて千年以上前にバングルを手にした騎士は儀式の途中で息絶えたのでしょう」
なるほど、それで儀式か。話はある程度辻褄があうようだがにわかには信じられない。
「で、このバングルがその鍵であるって証拠は?」
マグナスは本棚に向き直り、本の背表紙に指を滑らせる。一冊の分厚い本の位置で指は止まり、その本を棚から取り出した。
革でできた表紙に、装飾のような金具が取り付けられた重そうな本を目の前に置き、ペラペラとページを捲る。手が止まったそのページには見覚えのある腕輪が描かれていた。
「ヨルムンガンドの鍵は、"蛇の腕輪"とも呼ばれています。その理由はわかりますか」
ドキリとした。それは世界を救う使命などと大層なことではなく、自分自身でも見て見ぬ振りをしていた事実を突きつけられる気がしたからだ。そしてその予想は的中する。
「ホープさん。あなたは既に脱皮をしたんじゃないですか」




