第五話 司教マグナス
聖堂の中は思ったよりも簡素で、人もいないし大して物も置いておらず無骨な造りだった。もっとステンドグラスやら豪華な燭台やらが置いてあると思っていたので拍子抜けした。
前を歩く女は自宅を歩くかのように迷いのない足取りで2階へ続く階段に向かう。離れないようにと付いて歩いた。
「あなた孤児?」
「え?」
突然の質問に虚を突かれ、さらに自分がかつて孤児だったことを言い当てられたように思えて驚いた。
「まさか盗賊じゃないでしょう。だとしたらこんなところを1人でふらついてるのは孤児院から抜けてきたんじゃないかって」
「孤児ではあったよ。昔のことだけど」
「やっぱり」
部屋の前に着いたのか、扉の前で女は立ち止まった。
「先生以外にはまだ内緒にしておきなさいね」
「何のこと? 先生?」
質問に答えることなく、女はただ腕輪を指差す。そして部屋の扉を開けた。
部屋の中は紙の束や見たことの無い道具で散らかっていた。壁際の棚には古い武具や、アクセサリーが並んでいる。
部屋の奥に大きな椅子に腰掛けて本を読んでいる男がいた。
「先生、この人の腕輪見て欲しいんだけど」
「アイシャさん、突然人を連れ込むのをやめてくださいと言っていますよね」
男は本を置き立ち上がった。細身だが背は高く、眼鏡を掛けていた。ゆったりとした白い法衣は聖堂の中でも地位のある存在に見える。
「でも当たりかもしれないし」
そう言ってアイシャと呼ばれた女は小さく舌を出し、おどけた表情で横の椅子に腰掛けた。
男は大股でツカツカと近づいてきた。警戒はしたが話を聞くまでは腹を括るしかない。
「私は司教を務めております、マグナスです。あなたはどうして王都へ?」
「…どうして外から来たと思ったんだ」
その端的な質問には色々見抜かれている気がした。何となく、はぐらかすような回答をするも無駄な抵抗に感じる。
マグナスは俺の格好をザッと眺めて、そんなささやかな抵抗を気に留めることなく答えた。
「着慣れない服装、恐らく手に入れたばかりの服でしょう。荷物は少ないですが腰のナイフを含めて重要なものだけに洗練されている。恐らくそれが全ての荷物で、身一つで歩き回っているのでは? ブーツだけは古い物のままなのは身のこなしに影響が出ることを懸念してでしょうか」
ずばり言い当てられて言葉を失っていると、マグナスは優しい声でこう続けた。
「まあ、なんていうのは方便で、私は王都に住む人をほぼ全員覚えています」
そう言いながら入り口近くの椅子に座るよう促された。
「それで、腕輪というのは?」
隠しても仕方ないと思い、右腕の袖を捲った。
それまで落ち着いた様子だったマグナスの表情が一変した。それは恐怖と好奇心が入り混じったような顔だった。腕に近づき腕輪を凝視している。
俺の横に跪き「失礼」と呟きながら自身の目線の高さまで腕を持ち上げた。腕に鼻がつくとも思える距離に顔を近付け、真剣な目で腕輪を注意深く見ている。表面の模様を見ているのだろうか。
マグナスから滲み出る抑えきれない興奮が、俺の不安をより一層強めた。
しばらくの間なされるままに委ねていた腕がそっと元に戻された。同時にマグナスが静かに立ち上がる。そして俺の正面の椅子へ腰掛けた。
「アイシャさん。彼と2人で話をします。下で待っていてください」




