第十話 死の山脈
体に流れ込む血を感じる。内部から体が裂ける感覚だ。もう慣れた感覚ではあったが、今までに無いほどの力強さを感じた。
体を横たわらせたまま外へと這い出た。腕も足もない。だがこれこそが私のあるべき姿のように思える。
誰もいない神殿の中で、今私は完全な蛇に生まれ変わった。
滑るように地面を進む。
半分開かれた神殿の扉の向こうには見覚えのある兵士が数人立っていた。1人は石化している。恐らくガーゴイルに手を出したのだろう。
私を見て怯えている。
「ツェン…王子が…」
「化け物め…!」
各々武器を構える。石畳の橋を渡るには避けて通れまい。
彼らを一蹴するのは容易いことだった。一太刀も浴びることなく、締め落とし、喰らい尽くした。
彼らは魔力の恩恵を受けていた、山岳の宗教国家の兵士だ。私が儀式を行い目的を達成した時に、何が起こるのかも知った上で阻止したかったのだろう。
それはツェンの御目付役の老人も同じだ。彼の荷物にあった手記には、魔力でその地位を築いてきた"天界"を守り、維持する為に儀式を成立させないことを一番の使命としていることが記されていた。
だが彼自身には葛藤があったようだ。私が喰らう最期の瞬間、彼は涙を流し叫んでいた。
『弱い我々は私情を捨てずには平和を享受できないのだ!』
私情を捨てて平和を得る、か。まるで自分に向けられた言葉のように感じた。彼も私と何ら変わらない1人の戦士だったのだろう。
始祖の王たちの影響だろうか。火山の方から、吸い寄せられるような力を感じる。
ようやく今になって予言の子らの言っていた感覚が理解できた。
巨体を揺らしながら、目的地へ向かう。
目的地へ近付くにつれ、異様なほどの魔力を感じるようになった。
そこから先はまるで結界が張られていると思えるほどの圧を感じる。見えない壁を押し込むように、体をねじ込む。
人間が辿り着けない領域であろう。草も木も生えていない、岩だらけの地を這っていく。
山の中腹を過ぎた辺りに、その場に似つかわしくない人工物に見える壁や門などが見えた。その遺跡からは強い魔力を感じる。
ゆっくりと遺跡を巡ると、何故か懐かしい気持ちになった。私の中の何かが、この場所を知っている。
その時、ガラガラと音をたてて一部の壁が崩れ去った。
崩れた壁の向こうには、巨大な岩で出来た人形の影が見える。
あれは人間が創り出した、人工の魔物。ゴーレムだ。
何故自分が知っているかはわからない。始祖の王たちの記憶なのか。
ゴーレムは錆びた巨大な金属の剣を振るい、私の近くの壁を木っ端微塵に吹き飛ばした。
再び剣を構える。無機質な動きが相手は生物ではないことを感じさせる。
体を捩り剣の攻撃を躱す。
そしてそのままゴーレムの右の肩部へ噛み付く。歯に岩の感触が伝わる。ひと砕きには出来ず、ギリギリと岩へ圧をかける。
岩が半壊するところでゴーレムの反対の手が私の頭の下を掴む。そのまま石壁に叩きつけられた。
痛みは多少感じるものの、硬い鱗のおかげか傷は負っていないように思える。
ゴーレム相手に噛みつきは有効ではない。もう一度、体をS字に曲げて構える。ゴーレムが右手で振った剣は、肩の破壊からか先程までのスピードはなく軌道が安定していない。すかさずゴーレムの右肩に巻き付いた。首と肩、腕に巻き付き締め上げる。体に食い込む岩の感触をもろともせず、右肩を砕ききった。
バランスを崩し、倒れるゴーレムに追い打ちをかけるように首と胴体に巻き付く。
身動きが取れないままどのくらいの時間が経ったかわからない。ゴーレムの頭部が首から砕け、やがて力が抜けていくのを感じた。
巻き付いた体を解き、ゴーレムから離れる。ゴーレムは壊れた人形のようにその場で動かなくなった。
遺跡を滑るように移動し見て回る。
何の記憶かわからないが、ここはザインのアトリエであることを知っていた。
それが私自身なのか、友人であったのかは定かではない。
混濁する記憶を思い出すことなく、その場を後にした。
枯れ果てた山道を進み、ようやく火山に差し掛かった時、一頭の魔物の気配を感じる。
怒りにも似た感覚が自分の中で湧き上がる。空を見上げると暗い紫の雲の合間を、そいつは滑空していた。
忌まわしきレッドドラゴン。
こちらへ向かって飛行しながら火球を吐き出す。
飛ぶように移動しそれを躱す。
燃える大地の熱を背後に感じつつ。レッドドラゴンを睨んだ。
レッドドラゴンは大きな翼を羽ばたかせながら、私の前に降り立った。




