第八話 天界の意志
山の道中は困難ではあったが、着実に歩みを進めていた。何度か大型の鳥やコウモリの様な魔物との戦闘もあったが、協力して乗り越えた。片腕の蛇の騎士と、耳の聞こえない王子と言えば頼りないが、騎士は相変わらず敵なしに強く、私は私で、魔物を感じる感覚が冴え渡り、その姿を見ずとも相手を捉えることができた。
国の訓練でトップを取って満足していた頃の私とは比べ物にならない程、実戦の中で成長したと感じる。
そしてある場所で私の中に大きな変化が訪れた。
「何だこの感覚は。吸い込まれるような感覚がする」
騎士の方を見ると声に反応し、方角を見定めていた。これがきっと騎士が求めていた場所なのだろう。
私はその正確な方角を手で伝える。それは山の山頂ではなく、煙を吹いている活火山の麓の辺りだった。
山を下りながらその場所へ向かう。
近付くにつれて熱を感じる。だがそれとは全く違う感覚も強くなる。それは誰しも感じるものなのか、聴力を失った代わりに得た感覚なのか、あるいは私自身に本来宿っていた力なのかは判断がつかなかった。
私の少し後ろを歩く騎士が、肩を叩き合図を出す。
騎士が指差す先には、石柱が並んでいた。力を感じる方向とは少し違うが、山の内部へ入り込むための入り口なのかもしれない。
慎重に歩みを進めた。
その場所は、山奥深くとは思えないほどのきれいな石畳の上に石柱が立ち並んでいた。自国の建築でも見たことのないほど、質の高い建造だ。
見とれていると、不意に上空に気配を感じる。咄嗟に剣を抜き、少し下がって構える。
上空から大型の魔物がこちらに向かって来ていた。
胴体は大型の猿、巨大な翼があり、開いた口から牙が見えている。くすんだ色の白い目からは特別嫌な気配を感じる。
ちらりと蛇の騎士を見ると、魔物に対し強い嫌悪を発しているように感じた。
全快の騎士なら決して遅れを取ることはなさそうな相手だが、この場所の番人なのだろうか、目の前に立ちはだかると大きな圧を感じる。
魔物は騎士に対し、鉤爪や尻尾で攻撃を仕掛けていた。騎士はそれを躱しながら細かくダメージを与えている。いつものような致命傷を狙う戦いではないのは、騎士の体の状況が良くないからなのかもしれない。
騎士は谷の拠点から持ってきたいくつかの武器を魔物に投げつけた。槍が魔物の翼を貫き、その場で転げる。騎士は近付くも、相手の攻撃を躱すのみで決定打を与えない。
だが一瞬の隙を突いて、もう片方の翼も切り裂いた。そして、魔物の腕ごと石畳に向かって剣を突き刺し、ほとんど動けない様にした。
磔のような状態で動けなくなった魔物の頭が丁度私の近くにきていた。
苦戦しているのかわからないが、何故か決定打に欠ける戦いだったのでチャンスに助力しようと、剣を振り上げる。力を込めて、魔物へ突き刺そうとした瞬間に、騎士が私の剣先を素手で受け止めた。私の剣が騎士の残った左の腕を貫く。
驚き、私は剣から手を離す。
騎士は腕に刺さった私の剣を口に咥えて抜き去った。騎士の腕からは血が流れ落ちていた。
串刺しにされながら倒れて動けない魔物の近くの石柱を騎士は破壊した。
そして魔物が瓦礫に押し潰され動けなくなったことを確認して、その場から離れた。
「何故止めを刺さない?」
騎士は声に反応して振り返った。そして魔物を指差し、斬る様なジェスチャーをする。
「魔物、殺す。私が、死ぬ…!?」
呪いのようなものなのか、あるいは毒でも吹き出すのか。魔物に関する伝承にも思えたが、この騎士の慣れた対応は、以前に魔物と対峙した経験があるのかもしれない。
瓦礫を振り返りながらそんなことを考えた。
並んだ石柱の奥には石の壁と立派な木製の扉が見える。それは山を切り抜いて作った空間への入り口の様だった。
蛇の騎士の扉にかけた手が止まり、こちらを振り返り私の背後を睨みつける。
応じるように私も振り返ると、ゆっくりと一人の兵士が歩いて来る姿が見えた。
「じいや?」
見たこともない兵装だが、紛れもないじいやだった。
じいやは口をパクパクさせ何かを話している。
蛇の騎士に視線を送ると、じいやの執念に諦めたのだろうか、私を止める素振りもなく石壁に寄りかかった。
じいやの元へ歩み寄る。
「こんなところまで、来てくれたのか。済まないが、私は耳が聞こえなくなってしまった」
じいやはその場に荷物を置き剣を抜いた。蛇の騎士を睨みつけながらゆっくりとこちらに歩み寄る。
「もう良いんだ。彼は私を守ってくれていた。今や彼の目的地であるこの場所は私の目的地でもある」
そう言うと、じいやは私の方を見た。
じっと私を見つめる視線は何処か寂しそうに感じられた。
じいやの口が開く。
ツェン王子。
申し訳ございません…?
じいやは右拳を腹の前に構え、見慣れた礼をした。何のことだろうか。守れなかったこと。旅に同行出来なかったこと。
考えがまとまる前に、じいやは剣を突く。瞬時にダガーで弾いたが、じいやの握る剣の先は、私の太ももに深く突き刺さった。




