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蛇になりて  作者: 毛布巻男
第三部 果ての道連れ

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第七話 失いし者たち

 ぼんやりとした意識の中、目が覚める。ここがどこなのかよく思い出せなかった。起き上がろうとして、全身に痛みが走る。痛みを堪《こら》えながら無理やり体を起こすと、岩場とせり立つ崖が見えた。

 そして、自分の近くの岩には大きな生き物の皮がへばりついている。大きな蛇のような皮。それが何の皮なのかはすぐにわかった。


「あの者は脱皮をするのか」


 声に出したつもりだが、自分の声が聞こえない。喉が潰れて声が出ないのかと思ったが、違和感を覚え、近くの石を拾い投げた。目の前を無音のまま石が転がっていく。


 耳がほとんど聞こえなくなっていた。


 崖を見上げる。崖の上から立ち込める煙が見えた瞬間、あの最凶の生物、レッドドラゴンのことを思い出した。


「蛇は、上か…」


 足を引きずりながら何とか立ち上がった。思い通りに動かない体で崖を少しずつ登り始める。

 静寂な世界で、手と体の痛みだけが、自分と世界を繋いでいた。

 不思議と、気持ちは落ち着いていた。魔物の気配を感じなかったからかもしれない。無理だと思えた崖登りを終え、レッドドラゴンとの戦いがあった場所へ辿り着いた。




 それは想像を絶する光景だった。建造物だけでなく、崖も破壊され抉《えぐ》られていた。地面も崖も黒く焦げ、焼けた臭いと熱気がそこら中に充満している。

 鼻と口を押さえながら身を低くして進む。まるで天災の現場だ。この場所にいたら間違いなく助からなかったであろう。


 広場を抜けきった先の崖際に、蛇の騎士が寄りかかって座っているのが見えた。眠っているのか、意識はなさそうだ。

 近くまで歩み寄ると、蛇の騎士は今までとは明らかに違う真っ白な鱗の色に変化していた。だがその白い顔の半分は焼け焦げ、茶色く変色している。そして、蛇の騎士の右腕は食いちぎられていた。幸い傷口は焼け焦げて出血はしていない。


 体を触ると脈は感じられた。生きているという安堵感で、はぁとため息が出た。

 口を開き無理やり水を飲ませる。何度か飲ませると、ゲホゲホと咳込み意識を取り戻した。




「もう一度レッドドラゴンと戦ったのか?」


 朦朧とした様子で何かを呟いた様だったが、何も聞こえない。


「すまぬが、先の衝撃で耳が聞こえなくなってしまった。元々あまり会話をすることも無かった。さほど困ることはないだろう」


 蛇の騎士は目を見開いた。何かを伝えようとしたが、やめた様だった。





 何も会話をすることもなく私たちはその場で休んだ。日が昇り、日が沈み、また日が昇る。

 話もまともに出来ないまま傷が癒えるのをただただ待った。

 数日が経ち、ようやく蛇の騎士が歩ける様になった頃、谷を出発した。


 どうやら騎士は戦ってレッドドラゴンを追い払ったらしい。傷を負わせたが致命傷にはなっていないと見ているようだ。

 愛刀の大剣はレッドドラゴンに刺さったまま折れたらしい。残った半分を戦いの跡地に突き刺した。この場所が集落だったのか前哨基地かわからないが、ここで死んだ者たちの墓標の様に思えた。




 谷を抜けた後も、山の道は険しかった。目標の山は見えているものの、連なる山々には道らしい道もなく、崖を少しずつ進む。

 そして標高の高い山は雪が積もっており、体温をも少しずつ持っていかれる。


 吹雪が吹き始めた頃、今まで弱いところを見せたことのない蛇の騎士が明らかに苦しそうになる。蛇の魔物なのだ。苦しいのは恐らくその性質のせいだろう。

 フラリと倒れそうになる蛇の騎士をどうにか支える。近くにあった氷壁の亀裂に騎士を抱えながら入り込んだ。


 火をおこし、騎士の体を温めながら、吹雪が去るのを待つ。

 自分の持つダガーを眺めていた。目の前で横たわっている蛇の首にこれを突き刺せば今ならば殺せるだろう。だが、そうしようと思わない自分は一体何を求めているのだろう。


 真実を知りたいだけならば、この者の旅に付き添う以外にも方法はある。

 そう考えると今は、この者の旅の目的が知りたいのだ。軍や人々を襲い、私を攫ってまで達成したい目的。それ自体に興味がある。


 いや、違う。


 認めないようにしていたが本当は、魔物を殺め、最低限とは言え人々を助けるこの者の目的を信じているのだ。

 そしてその目的こそが、虚構の人生を歩んでいた自分に意味を見出すものだと。




 いつしか吹雪は止み、強い光が射し込んでいた。


 外を見る私の肩に、蛇の騎士の手が乗る。

 騎士と目が合い、視線は目的地に向かう。

 私たちは同時に氷壁から外へ一歩踏み出した。

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