第六話 最凶の襲来
数日ぶりに風呂に入り、人間らしい飯にもありつけた。蛇の騎士は最初こそ部屋を訪れたが、すぐに町の外へ出てしまった。
あの老人の厚意で色々と物資を提供してくれるとの申し出があったが、服と剣だけにとどめた。町も元通りに復興するのは難しいほどには苦しいはずだ。
町を出た先に、蛇の騎士は立っていた。何も言わずに騎士に乾いたパンを渡す。驚いた様子だったが騎士はそれを受け取り歩きながら食べていた。
この騎士のことは何もわからないが、少なくとも《《今の》》私とは利害が一致しているように思える。この者の目的が明らかになったとき、私がどのような選択をするのかはわからない。だからこそ「選択肢を持てるようになること」を当面の目標としよう。
視界の遙か先に見える山々には不気味な雲が立ち込めていた。地図を見なくても、あの山が"人間界"から逸脱していることは明らかだ。
街道からは遠く離れ、乾いた大地が続いている。
時々上空を飛んでいる魔物を見かけたが、襲いかかって来ることはほとんど無かった。
山岳地帯が近付き、進める場所も限られてくる。私たちが進むのは暗い谷だった。ところどころに、骸骨や軍のものと思しき装備の残骸などが散らばっている。2年前の行軍でのものだろうか。そんな思いを抱きながら山道を進む。
丸一日ほど谷を進み、長い崖を登った先に、開けた空間が広がっていた。両側の崖までの距離が広く、小さな村一つが収まりそうなくらいのスペースがあった。そして、その両の崖には、木で出来た階段や、小屋などの人工物が建造されている。
「ここは…村なのか」
周囲を見上げ、その光景に見とれていた。山に建造された建物が、"天界"を彷彿とさせるからだ。もっとも"天界"の優れた建造物とは比べられる物ではない。それでも山に寄り添うように造られた建物を見て、故郷を思い出していた。
たったひと月ほど前までの、何も知らない静かな暮らしが、はるか昔の事のように感じられる。
その時、空に雷雲が立ち込める。激しい雨こそは降らないものの空は異様な空気に包まれていた。
騎士が手で制止の指示を出す。きっと指示がなくても私は立ち止まっただろう。それほどまでに空に感じる存在感は今までとは異質だった。
突然、騎士が私を担ぎ、階段の下に隠れるように飛び退く。急な出来事に驚く間もなく、谷に建造された小屋の一つが爆発した。そして、私たちが立っていた辺りに何かが降り立った。
騎士の荒い呼吸が聞こえる。抱きかかえられた隙間から覗き込むとそれは見えた。
全身真っ赤な巨体は谷を覆うほどの大きな翼を広げている。長い首の先には2本の角の生えた爬虫類の顔。4本の足はどの生物の足よりも太く、長い尻尾と鱗に覆われた巨体を支えている。
魔物としてではない、伝承として知っていた。実在することすら信じていなかったそれは、最凶の生物、"レッドドラゴン"だった。
蛇の騎士は大剣を抜いた。だがいくら強い騎士とは言え、レッドドラゴンは他の生物が太刀打ち出来る相手ではない。
一刻も早く逃げるべきだ。そう思い、来た道を引き返すように崖側に走り出す。ドラゴンが息を大きく吸い込む。それを見た蛇の騎士も、私の方へ飛び退いた。
私たちがいた場所に巨大な火球がぶつかり、周辺の建造物を吹き飛ばした。周囲の熱で、息が出来ない。その場で倒れ込み、頭を伏せる。
「立て!」
その声に顔を上げると、目の前に燃えた階段が吹き飛んできた。
「走れ!」
騎士の指示に従い、崖に向かって走る。落ちたら無事でいられる高さではないが、ここで戦えば死ぬのは確実に思えた。
無我夢中で崖際まで走る。振り返ると、蛇の騎士は、真後ろに立ち大剣を横向きに構えている。騎士の尻尾が体に巻き付いた。
次の瞬間、レッドドラゴンからの火球が騎士の大剣に直撃した。凄まじい爆発音が聞こえ、私は意識を失った。




