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蛇になりて  作者: 毛布巻男
第三部 果ての道連れ

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第五話 初陣

 町は外から見た以上に荒れ果てていた。決して広くないが栄えていたことが伝わる建物や、露店、アーチ型の看板などが、どれも無様《ぶざま》に破壊されている。

 物音もせず、人がいるのかわからないが、魔物の気配は強く感じていた。


 曲がり角の手前で蛇の騎士が立ち止まる。

 そして静かに小型の剣を抜き、チラリとこちらを振り返った。


 何の合図かもわからないうちに、蛇の騎士は地面に這いつくばるように低く構える。そして次の瞬間、消えたと錯覚するほどのスピードで、曲がり角の先に跳躍した。

 驚き、角から覗き込むと、3匹の小さな人型の魔物が騎士の足元に倒れている。その魔物は緑と茶色が混じったような肌の色をしており、鎧を着て斧や槍などの武器を手にしていた。

 耳も鼻も大きく、人間でないことは一目瞭然だった。


 その時迂闊にも、蛇の騎士の方へ歩みだしてしまった。何かが私の足を捉える。


 カラカラ…!


 細い紐の先にくくりつけられた、いくつかの木片が揺れて音を鳴らす。罠だ!

 それと同時に周囲から異様な気配を感じる。

 家々の窓や扉から猿の喚《わめ》き声に似た叫びが聞こえ、先程の魔物たちが20匹近く顔を出した。


 蛇の騎士を見ると、すぐさまその1匹に飛びかかるところだった。

 急いで腰に携《たずさ》えたダガーを引き抜く。魔物の多くが暴れる蛇の騎士に気を取られているが、近くから出てきた何匹かは私を見ている。

 囲まれない様に、周囲に目を向けながら、壁際に向かいジリジリ後退する。その様子を見ながら魔物たちは建物から這い出て武器を構えた。


 4匹…いや5匹の魔物がこちらへと詰め寄ってくる。ダガーを向けて構えるが、お構いなしといった様子だ。


 1匹の魔物が、あと数歩の位置まで近付いた。魔物もダガーを持っている。呼吸が浅くなるのを感じながら、目を見開き敵を注視する。

 次の瞬間、魔物はこちらに飛びかかって来た。闇雲にダガーを振る。

 思わず目を閉じた顔に血飛沫《ちしぶき》を感じる。恐る恐る、でも素早く目を開くと、飛びかかって来た魔物の頭は、すぐ近くの壁に突き刺さる槍に貫かれていた。


 振り向くと蛇の騎士が駆け寄ってくる。そのまま私の横を通り抜けて、接近していた1匹の魔物に体当たりをした。魔物はその勢いで通りの反対側の建物まで飛ばされ、石壁に激突した。

 騎士は長いハンマーを構えていた魔物の喉を切り裂き、更に1匹の頭を尻尾で地面に叩きつけた。

 そしてあろうことか、最後の1匹へ噛み付き、その胴体を食いちぎった。




 想像を絶する戦いに、思わず身震いする。我が軍をあしらったことなど、この者にとっては赤子の手をひねるも同然だったのだろう。

 明らかに手を抜いて戦っていたのは、軍の者たちを殺めようと思っていなかったからかもしれない。そう考えると、軍の者たちもじいやも、きっと無事だろうと思えた。


 やはり蛇の騎士は人間に害をなそうとしていないというのは間違いなさそうに思える。とは言え目的がわからないうちに油断は禁物だ。




 蛇の騎士が周囲を見渡した。そして離れた位置にある1つの建物を指差した。騎士はそのまま面倒くさそうに隅の瓦礫《がれき》に腰掛けた。


 仕方なく指示された建物に近づく。魔物の気配は無い。建物の外から声をかけた。


「失礼、どなたかおられるか?」


 しばらくすると、そっと戸が開かれ、隙間から槍を構えた男が覗いていた。


「誰だ。お前は」


「町の外にいた老人に頼まれて魔物を退治した者です。生き残りはそなただけですか?」


「老人…? 生き残りがいたのか。町の中に隠れていたのは俺たちだけだ」


 そう言うと男は建物の奥に声をかけ、声に応じた10人ばかりの人がぞろぞろと外に出てきた。




「あんた、まさか一人でゴブリンを全滅させたのか?」


「ゴブリン? あの魔物に名前があったのか。いや、私はほとんど何もしていません。やったのは同行している者です」


「おお、何とお礼を言ってよいか。是非その同行者の方《かた》にもご挨拶を」


 男は同行者を探すように周囲を見回した。


「あ、いや挨拶は結構です。それよりこの町に軍隊は駐留していないのですか?」


 男は驚いたような顔でこちらを見た。


「あなたこの辺りの人ではないのかね。軍隊はとうの昔に魔物たちにやられてしまったよ。この町だけじゃない。地域の国々が集まって一斉に挑んだが、結果は誰一人として帰らなかった。以降、どの地域もまともな軍隊なんて持っていないだろう」


「…それはいつ頃の話ですか?」


「もう2年近く前だな」


 言葉を失った。"天界"から多少離れているとは言え、このような一大事を知らされていないだなんて。恐らく"天界"にも声がかかったはずだ。だが、出軍し戻らなかったなどという話は聞いたことがない。

 つまり、"天界"は断ったのだ。

 どのような理由であれ、その決断が"天界"と"下界"をより分断させたことには間違いない。


 改めて自分の無知を思い知らされる。




「あの、せめて食べ物や宿くらいは使って行ってくれや」


 本来なら王族の私が乗るべき話ではない。それに私自身は何も活躍していない。

 だが、この考え自体を改める必要があるのかもしれない。私は"攫《さら》われた天界の王子"であり続ける必要があるのか、一考に値する。この場ではそれは決められないが、男の申し出に対する答えは決められる。


「助かります。是非、宿場を案内してください」

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