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蛇になりて  作者: 毛布巻男
第三部 果ての道連れ

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第四話 ツェンの決意

 雨は止み、状況に似つかわしくないきれいな朝の木漏れ日が射し込んでいた。心労の為かこんな状況にも関わらず、しっかりと眠ることが出来た。

 騎士は先に起床し出発の支度をしている。


 私は動きにくい羽織りを脱ぎ腰に巻いた。そして手元に置いていたダガーをそこに挟む。婚儀用の正装は泥にまみれ、見るも無惨な格好に思えた。

 何も持ち合わせないまま支度ができた私は騎士に声をかける。


「行くのか」


 騎士は大きな剣を背負い、黙って視線で応える。私はそれに従い出発した。




 街道から外れた道を川に沿って進んでいた。私が知る限り山は2つある。1つは我々の故郷"天界"のある山だ。そしてもう1つは"下界"を越えた先、"人間界"の外側に位置する"死の山脈"と呼ばれる場所だ。

 魔物の騎士がそこを目指しているのであれば、相当な長旅になる。魔物ならまだしも人間の私が生きて辿り着ける場所とは思えない。


 騎士は道中、木を叩き、生《な》っていた木の実を採取したり、川の魚を採ったりしていた。それが私の為だとわかったのは夜になってからだった。




 信じられない事に、騎士はあの馬の肉を持ち歩きそのまま食べていた。その時、初めて布をとった騎士の顔を見た。

 口元は大きく突き出しており、口は耳元に及ぶほど大きく裂けていた。その口からは鋭い牙が覗いている。顔全体が鱗に覆われており、鼻はあるが平らで細い穴が左右についているだけだ。縦に長い瞳孔も相まって、その姿はまるで爬虫類の――蛇の様な姿だった。


 蛇の騎士の姿に釘付けになっている私に気がついたのか、大きな鮭が入った麻袋が差し出される。

 私はそれを受け取り、見様見真似で木の棒に突き刺して火で炙った。


「伝承では、攫われた王子は蛇に喰われると言われていたな」


 独り言を呟きながら食べ物を与えられ生殺《なまごろ》しにされている今の状況と照らし合わせていた。

 初めて自分で焼いた魚は焦げた味がしてあまり美味しくなかった。




 私たちは毎日、強行軍の旅だった。食糧調達以外は歩き続け、夜に採った食糧を食べる。そしてまた朝になったら歩き続けた。




 途中でいくつかの町は見かけたが、立ち寄る事はなく避けて進んでいた。休みたかったし、物資も補給したいと思ったが、また拒絶されるかもしれないと考え思いとどまった。




 そんな中、ある町から少し外れた場所に、いくつかのテントが張られていた。人の気配もある。

 迂回するのかと様子を見ていたところ、テントから2人の人が近付いて来た。


「すまん、あなたは旅の傭兵か」


 ボロ布の様な服装を着た老人と、若そうな男だった。体も汚れており何日もこの辺りで過ごしていたことがわかる。

 蛇の騎士は首を横にふる。


「頼みます。あなたはきっとお強いのでしょう。私たちの町に居座っている魔物を退治してもらえませんか。まだ逃げ遅れた人がいるはずなんです」


 老人と男はその場に伏せて頭を下げた。

 騎士は遠くに見える町を見た。悩んでいるのだろうか。そんな騎士を見て、前に出る。


「わかりました。請け負いましょう。ですが彼もまた魔物。助けたあとでそなたたちに襲われる様なことがあってはかないません」


「ま、魔物!?」


 2人は驚きたじろいだ。騎士はこちらを睨みつける。私は気にせず続けた。


「魔物と言っても人間に害をなす事はありません。それは私が保証しましょう」


「あなたは一体…」


「私は"天界"の王子、ツェンと申します」


 背筋を伸ばし右の拳を腹の前に構え、慣れた形で礼をする。


「"天界"…」


 老人と男は顔を見合わせていた。何やら声に出さずやり取りをしている様に見受けられる。"天界"に思うことがあるのだろうか。


「相談したければ構いません。私たちは少しの間ここで待ちます」


 そう言って私は1人岩場に腰を掛ける。騎士は呆れたのか、諦めたのか、私の近くに荷物を置き座った。

 それを見て、男たちは少し離れた位置で相談していた。




 私は"天界"は神聖なる者が建国した偉大なる都市だと聞かされていた。神に近い我々は"下界"の者たちが敬《うやま》い、畏《おそ》れ、崇《あが》めていると。

 実際にはそんな事はないと思っていた。"天界"は魔力の扱いに長けているが、代わりに"下界"は技術の開発に長けている。未知の都市として、神格化するほど"下界"は原始的ではない。時折《ときおり》国へ持ち込まれた"下界"の道具は、私たちの想像を上回るものばかりだった。

 魔力と技術、それぞれ一長一短があり、そこに優劣はないと考えていた。

 だが"下界"を目の当たりにして確信した。私が知らされていた、あるいは私たちが信じていた"天界"と"下界"との関係は、真逆なのだ。恐らくは"天界"のトップに立つ一部の層が人々に事実を知らせない様にと、でっち上げたおとぎ話なのであろう。

 そう思うと、私はこの世界のことを何も知らない。この数日の間の出来事は、別世界の事の様に思えたがこれこそが事実なのだ。


「私は世界を知る必要がある」




 その時、老人と男が戻ってきた。


「町が救われたら他の人たちは我々が説得します。どうか、助けてください」


 蛇の騎士は、彼らに目を合わせず、剣を握った。

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