第三話 天界の王子と下界
空から舞い降りる巨大な魔物たちとの戦闘はこの世のものとは思えなかったが、騎士は1人で軽々とそれをやってのけた。街まで迫っていた、魔物たちのほとんどが草原の上に斬り伏せられ、そこかしこに死骸が転がっている。
街に接近してわかったことだが、街からはいくつもの煙が上がっていた。
街の上を飛んでいた大型の怪鳥は複数の弩弓の矢に貫かれ街へ落ちていった。
街も戦っているのだ。
私が知る限り、我が国ではあの様な魔物に太刀打ち出来る力はない。この街の軍勢であればこの騎士からも逃れる力になるかもしれない。
問題はどのように街の軍勢と接触するかだ。私が"天界"の王子であることがわかれば助けてくれるはず。うまく騎士を誘導すればよい。
幸いなことに、騎士は魔物と敵対している。それを利用しない手はない。
「騎士よ。魔物がそなたの敵であることは理解した。街の中へ行くべきだ」
私は真剣な眼差しで騎士を見つめ、煙の上がる街を指差した。
当然打算だったが、街を守るべきという想いは本当だ。
騎士は私を見て、そのまま街を見た。そしてゆっくりと街の入り口へ馬を進めた。
街の入り口にある巨大な城門は閉ざされていた。
我々が接近すると、門の上や、側防塔から武器を構えた衛兵たちが顔を出した。
「私はツェン。天界の王子だ。魔物の襲撃への対処に援護する」
「何故単騎でいる?」
「訳あって我々の軍勢は壊滅した。今はこの騎士と私だけが戦っている」
衛兵は武器を構えたまま何かを話している。"下界"には私自身の顔も知れていない。末端の衛兵では私の名前すら知らない可能性もある。
「そちらの騎士の顔を見せろ」
衛兵の言葉に私は騎士を見た。だが騎士はゆっくり首を横に振り否認の意を示した。
「お前たちが魔物でない証拠がない。早く顔を見せろ」
街の対応に驚いた。有事とはいえ本物の来賓である私を受け入れないとは、聞いていた話と随分と状況が違うようだ。
私は馬から下りて手を上げながら城門に近付いた。
「私はツェン王子だ。貴国の姫との婚儀に参った。話のわかる者に伝えよ」
「王子を騙る賊でないとわかるように顔を見せろと言っているんだ。これは最後の通告だ」
静かにため息を吐いた。"下界"の国の程度は聞いていたが、実際に相対するとやるせない気持ちがこみ上げてくる。
僅かな望みを抱いて振り返るが騎士は反応すらしていない。
仕方なしに馬へ戻ろうとすると、パンッという破裂音と同時に足元の石畳が小さく割れた。振り返ると一人の衛兵の構える武器から硝煙が上がっていた。
「誰が立ち去っていいと言った。お前たちはここで正体を晒すか、死に絶えるかのどちらかだ」
私の甘さだった。"下界"がここまで落ちぶれているとは。とはいえ、騎士は恐らく魔物であり先方の懸念は正しい。
「構えろ!」
衛兵の大きな掛け声が聞こえた瞬間、騎士は馬を走らせる。そして、私の真横を通り、片手で私を拾い上げ、踵を返した。
「放て!」
掛け声と共に、複数の爆発音が後方から聞こえる。私たちの足元に放たれた弾丸が衝突し、火花を散らしている。
馬は嘶きながら城門から遠ざかるように走った。
林を抜けた川べりに着いた。馬は体に複数の弾丸を撃ち込まれていた。手当も虚しく、虫の息となった馬に、騎士はダガーでそっと止めを刺した。馬は静かに眠るように、その場で息絶える。
騎士は止めに使った私のダガーを川で洗い、私に手渡してきた。
返ってきたダガーは以前よりくすんで見える。
星空を見上げながら今日一日のことを反芻していた。
今頃は下界の街に着いて城で休み、数日後の婚儀の準備をしているはずだった。それが馬車は軍隊もろとも謎の騎士の襲撃に遭い、じいやまでやられてしまった。
騎士に攫われたと思った矢先、街を襲う大型の魔物が現れ、あろうことか騎士がそいつらを討伐する。
挙げ句、街には王子であることを認識されず殺されかけ、私を助けた騎士の馬は死んでしまった。
騎士は息絶えた馬に寄り添い座ったまま眠ろうとしていた。
また隙をついて寝込みを襲おうか考えたがやめることにした。騎士に敵わないからではなく、その後どこへ向かっていいかわからなかったからだ。
自国の軍も無く、訪れた街からも拒絶される。私は何をすべきなのか。
顔に布を巻いたまま眠ろうとする騎士に声をかける。
「私を連れて、そなたはどこへ向かう?」
騎士は目を開け、あの低く響く声で答えた。
「"灰の祈り"。山だ」




