第二話 見えた世界
騎士はゆっくりと馬から下りる。
見たこともないほど、大柄なその騎士は武器を構えることもなく、私の方へ歩みを進めた。
手が届く位置まで近付き騎士は立ち止まった。睨み見下され、死を覚悟する。
王子という望んでもいない役割、制約の中で最善を尽くしてきたつもりだ。民が求める高い期待を超える良き王子としての結果も残してきたのだ。
無駄だと分かっても何も行動せずに終わるのは、努力してきた過去の自分に示しがつかないではないか。そう自覚した時、固まっていた体に、すぅっと空気が入り込むのを感じた。
今なら動ける。
右足を強く踏み出し、騎士の首元に向かいダガーを突きだす。
腕にズシリと重い感触が伝わる。刺さったかと思ったダガーは騎士に当たるすんでのところで止まっていた。いつの間にか腕を掴まれていた。
騎士に掴まれた私の腕はびくとも動かない。
「放すんだ!」
従うと思ったわけではなく、思わず叫んだだけだった。だが驚くことに、騎士は何も言わずに手を離した。
そして水中で銅鑼を叩いたような音にも似た、生物のものとは思えない声で、一言「来い」とだけ呟いた。
騎士は私に背を向け、馬に向かって歩いている。その姿を見て憤りを感じた。私が何故、魔物に従う必要があるのか。勝ち目が無くても、おめおめと従ってやる義理はない。
そう思うとダガーを持つ手に力が入る。付いて行くふりをして歩きながら問う。
「どこへ向かうというのだ?」
声をかけながら相手の少し後ろまで接近した。騎士は答えなかった。
今度こそ。後ろから騎士の首に向かってダガーを振り抜く。その時、ダガーは見えない何かに払い落とされた。
それは騎士が羽織るマントの下から現れた白く長い尾だった。
騎士は払い落としたダガーを拾い、懐にしまった。そして振り返り私の背に手を回す。そのままひょいと持ち上げられ馬に乗せられた。
騎士が私の後ろに乗り手綱を掴む。馬はそのまま走り出した。
振り落とされないように必死にしがみつく。あっという間に草原を横断し、目的地であった街に近付いた。
その時、頭上を大きな生き物が通過する。大きな翼に爬虫類のような顔、長い尻尾をぶら下げるその体は馬車よりも大きい。とある伝記で見た、伝承上の生き物がそのままの姿でそこに存在していた。
「そんな…あれはワイバーン…」
騎士は手綱を強く引きスピードを上げる。私ははずみで落ちそうになるが、騎士に片手で受け止められた。
騎士の手は大きく、その鋭い爪に本気で握られたら、恐らく無事ではいられないだろう。
騎士は馬上で私を抱えたまま、もう片方の腕で身の丈ほどもある巨大な剣を構えた。そしてそのままワイバーンに向かって駆け抜ける。
接近し剣を振るうが、警戒していたワイバーンは高く飛翔して、その剣を避ける。そして大きく空を旋回しこちらへ急降下してきた。
騎士は私を馬上に残し、自分だけ馬から飛び降りると、地面を転がってその場に構えた。ワイバーンは一直線に騎士に向かっている。
騎士はワイバーンが襲う瞬間に小さく躱し、代わりに巨大な剣をワイバーンの片翼に叩きつけた。ワイバーンの右の翼はきれいに切り落とされ、その大きな胴体は地面を滑る。
耳をつんざくような金切り声で叫ぶワイバーンに、騎士は素早く駆け寄り剣の一閃でその首を切り落とした。
目の前で起こるあっという間の出来事に唖然としていた。伝承の通りの魔物の騎士に襲われ、その騎士は伝承の魔物を一瞬でなぎ倒す。どちらも少し前までは実在するとも思っていなかった。
今この場所、この世界で何が起きているのか。頭が追いつかない。
いつの間にか、戻ってきていた騎士が馬に跨る。
駆け出した先の空には数体のワイバーンを含む、複数の魔物が飛び交っていた。




