第二十三話 それぞれの風
階下へ急いだ僕らが見たのは師匠とラシュバルが決着する瞬間だった。
剣を弾き落とした師匠は有利を取りながらも、その腕を掴まれ、止めを刺しきれずにいた。だが師匠は構わず掴まれたまま、相手に巻き付くように組み付く。体全体を締め付けられたラシュバルは身動きが取れないまま、背骨が折れたように上半身と首があらぬ方向に曲がってしまった。
そのままラシュバルは動かなくなった。
師匠の戦い方は、もはや魔物のそれに近い。だが、幸い周囲には生き残った兵士は少なく、その戦いを見ているのは僕たちだけだった。
階段を下りてきた僕たちに対して、師匠は声をかける。
「敵は討てたか」
「私がいたからね」
すかさずナディアが応える。
「流石だ」
師匠はまた少し笑っている気がした。
大きな被害を出しながらも、宮殿の魔物を制圧することに成功した。
その後も別の町に残党が出没することはあったが、かつての様に魔人が闊歩し、支配する町はなくなった。
"鱗の騎士"や"予言の子"は魔人たちの意図的な嘘の流布により、災いをもたらすものとして知らされていたらしい。戦いの後は少しずつ真実が広まり、今では国を救った英雄と言われることの方が多い。
僕は戦いの後、軍を抜けた。何度となく引き止められたが、ファリスが将軍を継ぐことで多くの人は納得していた。
元々、戦いがしたかったわけではなかったので、バザールでお父と小さな遺物の店を開いた。
ナディアと共に遺跡を探索し遺物を集めながら、店を営むのは僕にとっては十分すぎる幸せだった。
そんなナディアは遺跡を探索する中で、いくつもの新しい発見をしていた。
彼女の知識やその行動力、探索の技術は多くの冒険家たちを魅了し、いつしか彼女の弟子を名乗る者たちの考古学チームが出来上がっていた。
だが肝心のナディア自身は彼らを頑なに弟子と認めていなかった。本人曰く、唯一認めた弟子は僕だけだそうだ。
将軍を継いだファリスは、軍の政治への介入を取りやめた。
地域ごとに部隊を分けた治安維持の仕組みを整え、拠点を繋ぐ安全な経路の確立に勤しんだ。その甲斐もあって物流が盛んになり、魔人たちによって破壊された町や、環境を取り戻している。
彼の軍人の常識を超えた功績は、きっと後世にも語り継がれるだろう。
晩年、懐かしい人が訪ねて来た。
もう自分でも歩けなくなっていた頃、その大柄の男は自分で研いだであろう小さなダガーを持ってきた。装飾などなく、無骨な作りではあったが、洗練された一振りだった。
受け取ったダガーのきれいな刃を眺める。何年も忘れていた感覚が、手から伝わってくるようだった。
「あなたと旅して回っていたのが、つい昨日の事のように感じるよ」
男は何も言わずに僕の肩に手を当てた。人の手とは思えない大きく硬い手だった。
「師匠、ありがとう」
僕は、ゆっくりと休むように目を閉じた。
砂漠の地を吹き抜ける乾いた風は、いくつもの砂粒を巻き込みながら、時に砂を寄せ合い、時には彼方へ遠ざける。それはこの広大な砂漠で出会いと別れを繰り返し生きる人々の、一期一会の人生をなぞっているような、厳しくも温かい風だった。
『第2部 砂漠を渡る風』 完




