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蛇になりて  作者: 毛布巻男
第二部 砂漠を渡る風

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第二十二話 三本の矢

 ラシュバルの猛攻をどうにか凌いでいたが、彼らの軍隊は強かった。仲間が次々に敗れ、周囲には死体の山が築き上げられていた。

 こちらが討ち取ったのは、たったの2人だった。


 ラシュバルの強振を剣で受け止める。その勢いで、こちらのショートソードは真ん中から真っ二つに折れてしまった。


「ここまでだな。ゼラキスには遠く及ばん、ただの人の子よ」


 ラシュバルが長い剣を真っ直ぐ上に振り上げる。

 その時、ラシュバルに向けてダガーが放たれる。ラシュバルは一歩後ろに引きながら、身を躱《かわ》す。

 投げられた方向からフードを被った男が駆け寄って来る。フードの男の後ろの東の門は大きく開放されていた。


 フードの男が剣を抜きながら更に投げつけた2本のダガーは、ラシュバルの兵たちに突き刺さった。

 男とラシュバルの剣が激突する。激しい金属音が周囲の空気を震わせる。


「ようやく決着がつけられるな。蛇男」


 フードの下には以前より白い顔の師匠の姿があった。体も以前より一回り大きく感じる。

 ラシュバルは師匠の剣を振り払い、再び笑みを浮かべた。




 その時、門の方から声が聞こえた。


「放て!」


 弩弓《どきゅう》の矢が正確にラシュバルの軍隊を捉える。

 残っていた、2人の兵は吹き飛ばされる様に、息絶えた。


「レックス。無事か!」


 ファリスが駆け寄って来る。


「残るはこいつだけだ。レックス、ファリス。ここは任せて行け」


 師匠は1振(ひとふ)りの剣をこちらに投げた。使い込まれたショートソードを師匠から受け取る。


 ラシュバルの横をすり抜け、上階へ続く階段を駆け上がった。




 階段を登った先は、先程までとは打って変わって暗く、静かだった。

 広い空間をファリスと並んで進む。部屋の一番奥の大きな椅子に誰かが座っていた。


 ゆっくりと近付いていく。


 ようやく姿が見える位置まで近付くと、そこには人間の老人のような姿をした何者かが座っていた。

 顔の皮膚は垂れ下がり、目は白く濁っている。袖口に見える腕は皮と骨だけのように細い。


 あと数歩というところまで近付いた時、掠《かす》れた声が聞こえた。




「"始祖の御子"よ。お主は何を望む」


 ファリスはこちらを見た。僕はファリスと目を合わせずに応える。


「平和だ」


「この戦争で何人の人間が死んだ。何体の魔物が死んだ。お主の決断がもたらしたのは平和とは真逆のものではないか」


「お前たちが秘密裏に人間を消して支配を目論んでいるのを、見逃すとでも」


「ゼラキスの意思を辿ってみよ。彼の望みはなんであったか」


 僕自身が感じていた小さな違和感をつつかれた気がした。本当は魔物や魔獣とも共存出来ると考えていた。




「翻弄されるな、レックス! お前はお前だ」


「違う。ファリス。僕は僕《レックス》であり、僕《ゼラキス》でもある」


 ファリスと目が合う。ファリスは普段は見せない様な不安な顔をしていた。それが僕に向けられた疑念である事は間違いない。




「お主ならわかるだろう。何故魔物が人間の姿になれるのか」


「…」


「お主が本当に実現したい事を実現するんじゃ。お主にはその力がある」


 老人の言っている事はわかっていた。魔物に人間の姿を与えたのは、紛れもない僕《ゼラキス》自身だ。

 魔物を淘汰する道が本当に正しいのかわからなくなっていた。僕《レックス》と僕《ゼラキス》は相反する意思を持っているのか。




「お主が軍隊を止めれば魔物たちはそれ以上手を出すことはない。彼らは自分の身を守っているだけだからな」


「レックス!」


 ファリスを手で制止する。老人に尋ねた。


「お前は一体、誰なんだ」


 老人の表情が初めて変わった気がした。


「私は…、ゼラキスの末裔じゃ」




 そんなこと! 信じられないことが、あり得るのか。ゼラキスの意思の中にそんなものは感じない。

 老人の回答に動揺する僕を見てファリスは肩を落とす。そしてそっと剣に手をかけた。


 その瞬間、老人の手から稲光が走る。

 稲妻はファリスを貫き、ファリスは後方に弾き飛ばされた。


「ファリス!」


「さあ、手を取るのだ。ゼラキス。再び、この世界の平和を築き上げよう」


 老人はゆっくり立ち上がり、こちらに手を差し伸べる。

 この手を取れば、戦いは終わる。

 人間も魔物も生きられる世界を作ることも叶うのではないか。





「ゼラキスに子孫はいないわよ」


 後ろから聞こえた声に振り向く瞬間、僕の横を火のついた矢が掠《かす》める。大きく太い矢は老人の体を貫き椅子へ突き刺さる。

 椅子ごと老人の体は燃え上がる。


「くそぉ。小娘ェ…!」


 ナディアはゴーグルを頭から外しながら僕に呼びかけた。


「レックス。そいつは欺瞞《ぎまん》に長けた魔物よ。町を1つ食らったのはそいつよ」


 ファリスが意識を取り戻す。


「レックス…」


 ファリスの姿を見て、迷いを捨てた。師匠から預かったショートソードに力を込める。


「待て! お主らなら必ずや平和な未来を――」


 燃え盛る老人の口を貫くように剣を突き刺した。




 耳をつんざくような断末魔と共に老人の姿はみるみる変わり、痩せた狼のような姿になった。そしてそのまま息絶えた。




 2人でファリスの元へ駆け寄る。


「ファリス! 僕のせいで、君を危険な目に合わせてしまって済まない」


 ファリスは体を起こし、小さくため息をついた。


「男の言うことも、たまには聞いてくれよな」


 それを聞きナディアは吹き出す。


 3人は笑い合い、2人でファリスの肩を支えてその場から引き返した。

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