第二十一話 開戦
「レックス将軍、準備が整いました」
報告に来た将兵に頷く。
宮殿がはっきりと見える位置に陣が敷かれていた。
数百、数千にも及ぶ軍隊が、きれいに隊列を作り並んでいる。等間隔で掲げられた旗には、蛇の紋章が描かれていた。乾いた風になびく、その旗を、サンドバードに跨り眺めていた。
将兵と入れ替わる様に、後ろから1騎の騎馬が近付いて来る。
「ようやくここまで来たな。レックス。8年間、長かったな」
「これからだ、ファリス。彼は来ているのか」
「東の町で見かけたと噂だが、期待しない方が良いかもな」
「そうか…」
サンドバードに乗ったまま、陣の最前へと歩み出る。拡声器を掴み後方を向いた。
「これが人民解放軍の最後の戦いになる。苦しかった時代もここまでだ。"始祖の御子"の名の下、長すぎた魔人の時代をここに終わらせる!」
地鳴りのような雄叫びが一斉に湧き立つ。
「進め!」
かけ声と共に全軍が宮殿に向けて進軍する。向かう宮殿の上空には、紫とも赤ともとれるような気味の悪い雲が立ち込めていた。
宮殿に構える魔人たちは今や人の姿を保とうとすらしていなかった。巨大な虫のような姿や、竜のように翼を生やした魔物が、上空に浮かんでいた。
宮殿をぐるりと囲む石壁までもう少しというところで、砂を掻き分ける音が聞こえる。
周囲を警戒する兵士の足元から、巨大なワームが轟音と共に飛び出してきた。
ワームは左右からも同時に飛び出し、戦場には3匹のワームが大暴れし始める。それを皮切りに上空に滞空していた魔物たちが一斉に降下してきた。
宮殿前が一瞬にして戦場になり、大きな砂埃が舞い始める。
僕はサンドバードを走らせ1匹のワームに近付く。
「みんな離れろ!」
手をかざし、力を放った。
目の前に現れた小さな竜巻はやがて大きくなりワームを取り囲む。次の瞬間ワームの全身は発火した。もだえ苦しみながらのたうち回り、そして息絶える。
再び手の平を下に叩きつける様に振るう。その動きに呼応し、遥か上空から勢いよく下降気流が生まれる。滞空していた魔物たちは、その勢いで地面に叩きつけられた。兵士たちが取り囲み魔物に止めを刺す。
背後からは大型の弩弓が放たれ、残るワームを貫いていた。
「怯むな! 乗り込め!」
宮殿を囲む石壁の門を突き破り、宮殿の敷地内に入り込む。
建物の外には人間の3倍はある巨大な人型の魔物が何体も待ち構え、丸太サイズの棍棒を持っていた。一振りで何人もの兵士がまとめて吹き飛ばされる。
「矢を放て!」
合図で一斉に矢が放たれる。硬い体には突き刺さらず弾かれていた矢だが、1本の矢が目に的中し、巨兵は棍棒を落とす。
サンドバードの手綱を引き、その隙に接近し巨兵の足首を剣で切り裂いた。巨兵は手で顔を覆ったままその場で跪く。槍を持った兵士たちが、周囲を取り囲み巨兵を突き刺した。
そのまま宮殿の扉へ駆け抜ける。
扉を抜けた瞬間、無数の矢が放たれる。盾を持った兵士たちが構えるが突然の攻撃に隊列が崩される。
盾の隙間を縫って飛んできた矢は、サンドバードの胸に命中した。倒れたサンドバードから振り落とされる。
「将軍!」
兵士たちが前に出て、盾で矢を防ぐ。
「すまない」
「必ず将軍を魔人の王のもとに送り届けます」
兵士たちは盾を構えたまま剣を抜き、敵の弓兵に襲いかかる。宮殿の入り口は敵味方入り乱れる乱戦になった。
味方たちの援護を受けて、宮殿内を奥に進む。
「レックス!」
後ろからファリスが駆け寄って来た。
「俺の隊は中から東の門をこじ開ける。すぐ戻るが問題ないか」
「大丈夫だ。伏兵に気をつけろ」
ファリスが離れた直後、宮殿上部へ続く階段のすぐ横の物影から敵兵が姿を現した。
魔物の格好はしておらず、人間の様な姿だった。歩いてくるその大柄の男の大きな赤いマントには見覚えがあった。
「ラシュバル将軍…」
剣を握る手にじわりと汗が滲み出る。
「敵の主力部隊だ! みんな警戒しろ」
ラシュバルは長い剣を抜刀しながら、ゆっくりと歩いてくる。その時、初めて明るい場所でラシュバルの顔を見た。その顔は、肌が紫がかり、頭からは2つの曲がった角が生えている。口元に見える牙も相まっておおよそ人間には見えなかった。
ラシュバルの後ろには、同じく魔物の顔をした兵士が6人、剣を構えていた。
ラシュバルが口を開く。
「ゼラキスの意思を継ぐガキ。やはり貴様だったか」
魔人と話す気はない。剣を向けて低く構えた。
「やはりな。貴様の言う共存に我々が含まれていないことは知っていた」
共存という言葉に、聞き覚えがあった。それはレックスとしての記憶ではない。
「我々は十分共存出来ていた。お前が自ら望んだ形だろう。それをまた自ら気に入らないと壊す。身勝手なのはどちらだ。人間の王よ」
「黙れ! 人間に取って代わろうと目論んでいた奴らが正義ぶるな!」
踏み込んだ一撃は、ラシュバルの剣に止められる。鍔迫り合いになるも力で弾き飛ばされる。
ラシュバルは長い剣を巧みに振り回し、攻撃を仕掛けてくる。その太刀筋は師匠の柔軟さとはまた違った強さだった。直線的だが力強く、どれも致命的、まるで野生の動物が獲物を仕留める時のような攻撃だ。
辛うじて攻撃を受け流していたが、力、スピード、身のこなし。どれを取ってもラシュバルが優勢だった。
弓兵の援護も借りながら一瞬の隙をついて、ジンの力で火球を放った。かざした手から放たれた火球はラシュバルに直撃する。ラシュバルがその姿ごと大きな炎に包まれた。
だが次の瞬間、炎は周囲へ弾け飛んだ。味方の複数の兵士に火の粉が飛ぶ。
煙の中から無傷のラシュバルが歩み寄る。
「まさか、今のが奥の手だったのか。人間の王よ」
ラシュバルが不吉な笑みを浮かべた。




