第十七話 継承と精霊
神殿の中は暗く、天井の隙間から射し込む光だけが足元を照らしていた。建物は簡素な造りで、師匠は剣を抜くこともせず静かに歩みを進めている。僕はただその背中を追った。
「ここだ」
師匠は正面の大きな扉をゆっくりと押し開けた。
扉の先は不思議な空間だった。正面にはガラスのように透明で、小さな部屋がすっぽりと収まるくらいの大きな球体が光っている。球体に向かい伸びている細い階段を進む。
透明な球体の前に立ち、自然とそれに手をかざす。そしてそのまま手を中に通過させた。一歩踏み出し顔や体も全部すっぽりと球体の中に収まった。正面には、遺跡で見たものに似た台座が置かれている。
振り返ると師匠は球体を少し離れた位置から見守っていた。その姿を見て不思議とお父のことを思い出す。まだお父と離れ、1年も経たないはずだが、もう何年も前の事のように思えた。
師匠に向け小さく頷き、台座へ向き合う。
台座の上に置かれた丸い石に、両手でそっと触れる。視界ごと光に包み込まれた。
◆◆◆
「貴殿が"鍵"を準備していたことは知っていたが、まさか我々を転生させるとは。その仕組みに私の力が必要ということだな」
「そうだ。時代も場所も分ける必要がある。それにより人類は"門"を制御出来るかの判断を、偏り無く行える」
「なるほどな。だが"鍵"には酷なものだ。自らが石になるために時代も場所も渡り歩くのだからな」
「我々とて変わらん。刹那的とはいえ永遠にこの世界を眺め、見守り続ける事になる」
「いずれにせよ杞憂で終わるだろう。既に我が国では魔物を従え、使役させている」
「魔獣、と言ったか。お前は精霊も従えていたな」
「あれは別物だ。契約に近い。奴らこそ神に近い存在かもしれん」
「そうか。ザインにも声をかける。それでこの仕組みは完成する」
◆◆◆
それは間違いなく記憶だ。だがそれだけではない。世界を救う為の意思が自分の中に流れ込んできた。頭は冴えわたり、時代を超えて我々人類が下すべき決断が何なのかはっきり分かっていた。その決断の結果、はるか未来で師匠が石になってしまうことも。
僕が行いたかった魔物の完全なコントロールが叶えば、師匠は石にならずに済むはずだ。だが僕は現状それは叶わないと知っている。
やるべきことをやる。それも師匠の教えだった。
振り返り師匠を招き入れる。いつの間にか僕のいる空間は入る前よりも、はるかに明るく、光るトンボの様なものも周囲を飛び交っていた。
正面に立つ師匠の前に腕を出した。何も言わずに師匠は腕に噛み付いた。
強い痛みを感じる。それと同時に懐かしい感覚を覚えた。
「アナン。貴殿もそこにいたか」
僕の声に師匠は反応しなかった。師匠の腕輪がほのかに光る。赤みがかった腕輪の模様に、緑色が入り交じった。
師匠の口が僕の腕から離れる。
「十分だ。よく果たしてくれた」
この旅でずっと聞かなかったことを尋ねてみた。
「1人目の"予言の子"はどんな人だったんですか?」
思いがけない質問に師匠は驚いた顔をしていたが、すぐに「やかましい女だったよ」と答えた。
「アナンが、やかましい女?」
思わず僕は吹き出してしまった。
つられて師匠も笑う。その顔はとても穏やかな笑顔に見えた。
「少し待っていてくれ」
師匠はそう言うと、驚くことに師匠の体の皮膚が裂け始める。そして着ていた服を脱ぐように脱皮をした。胸の傷は薄くなり、頭部の傷も消えている。
鱗のような質感よりも、真っ白に近い色の方が人間味を遠ざけているように思えた。
準備が整い、師匠に肩を支えられながら神殿を出る。ファリスが心配そうに駆け寄ってきた。
「うまく行ったのか?」
「ああ、上手くいった。ファリス。お前も良くやってくれた」
師匠がファリスの肩を強く叩く。ファリスは安心したようにその場に座り込んだ。
その時、目の前の砂の丘に小さな竜巻が巻き起こる。竜巻はどんどんこちらに近付いてくる。
ファリスは立ち上がり、師匠も警戒した。
「大丈夫です」
そう言って一歩前に歩み出る。
「レックス!」
ファリスは驚き剣を抜いたが、僕はそれを手で制止した。
竜巻は一瞬で消え去り、見覚えのあるターバンを巻いた男が空中に座っていた。
「ゼラキスじゃなくても楽しければ良いのさ」
そう言って、僕の体の中へ吸い込まれるように消えていった。
それを見て師匠は尋ねる。
「今のは何だ?」
「精霊ジンですよ。僕の元に戻ってくれました」




