第十六話 彷徨える回廊
砂嵐が吹き荒れ、視界が悪い日が続いていた。休むこともままならず、目的地が近付いている様な、遠ざかっている様な、そんな狂った羅針盤を見るに似た感覚を覚えながらも、方向だけは見失わずにいた。
砂嵐の中で、激しい音が鳴り響く。それは雷鳴にも似た音だが少し違い、空気を切り裂く様な音に聞こえる。
「上を見ろ!」
師匠が大きな声で警戒を促す。
砂嵐に紛れて大きな何かの影が一瞬目に入る。影はだんだんと近付き、その巨影が自分たちの周りを旋回するように飛んでいることがわかった。
ようやく見えた姿は、今までの魔物とは一線を画すものだった。ワニのような頭部には2本の長い角が見える。体は細く肋骨と思える骨が、せり出しており、巨大な翼も骨とコウモリの様な薄い膜だけに見えた。そして携えた長い尻尾を振り回すその様は、伝承で聞く"砂漠の竜"を想起させずにはいられない姿だった。
その魔物は僕たちの前に着地し、周囲の砂を弾き飛ばした。砂嵐の中でも視界は一層悪くなり、手が届く距離にいる師匠やファリスの姿すら見えない。
その時聞き覚えのない声が聞こえた。
「ほっほっほっほ。以前どこかで見たやつだなぁ」
その声は自分の横を通り過ぎ、真後ろから聞こえる。
「誰だ!」
剣を向け構えるが、姿は見えない。
「ほほー。よく似ているな。とても懐かしいなぁ」
目の前の砂埃が突然消え去り、そこにはターバンを巻いた男の姿があった。少し太っており商人の様にも見えるが、見たことのない伝統的な服装をしている。
自分とその男のいる小さな空間だけが、砂嵐の中で、一切砂の干渉を受けていない。その不思議な空間で、男は細い目でじっくりと僕を見た。そしてニコリと笑いかける。
敵意の無さに思わず構えていた剣を下ろした。
「じゃあ待っているぞぉ」
そう言って男はその場でくるくると回転すると煙のごとく姿を消してしまった。
その直後、先程までの《《ただの》》砂嵐に戻った。
振り返ると、師匠とファリスが魔物と交戦している。ファリスは片腕をダラリと下げ、怪我をしている様だった。
魔物の片方の角が折れてはいるが、2人の疲弊の方が大きく危険な状態に見える。
剣を抜き、2人に駆け寄ろうとしたその時、2人が同時に尻もちをついた。まるで見えない誰かに悪戯されて突き飛ばされた様な、そんな動きだった。
そして次の瞬間、魔物の足元から上空に向かって砂が吹き荒れる。魔物は苦しそうに激しくもだえ、その場から飛び去った。
それと共に砂嵐も何事もなかったかのように晴れる。
師匠とファリスは目を合わせていた。そしてこちらを振り返る。
「何をしたんだ」
「レックスがやったのか?」
同時に聞かれたが、何が起きたのか自分でもわからなかった。
その時、先程まで魔物がいた辺りの砂がどこかへ流れ落ち、目の前に大きな下り階段が出現する。砂が流れ落ちているのか、それ自身がせり上がっているのかわからないが、そのままどんどんと砂は流れ落ち、階段の先には見たこともない遺跡のようなものが姿を現した。
僕らはその光景に啞然とする。だが僕自身はそれが何かを感じていた。もしかすると師匠も感じ取っていたかもしれない。
「なあ、レックス。これがもしかして――」
「ファリス、間違いないです。これが"彷徨える回廊"。風の神殿です」
ファリスの腕の手当をした。師匠の進言でここからは僕と師匠の2人で進むことにした。僕はファリスが心配であったが、さほど時間はかからず戻って来られる見込みだそうだ。ファリスもわかっていたのか素直に受け入れていた。
師匠は"彷徨える回廊"の入り口の大きな扉を両手で引く。扉の隙間を抜けてきた涼しい風が僕らの頬を撫でた。




