第十三話 兵士ファリス
体の痛みに再び目が覚める。どのくらい寝ていたのかも分からない。ワームに襲われたことだけは覚えているが、その後の記憶はない。
ゆっくりと体を起こす。
近くに焚き火が焚かれ、周辺の遺跡が照らされている。頭上にも砂と石が積まれており空は見えない。
「目が覚めたか」
揺れる炎の向こう側から知らない声が聞こえた。
20代くらいのその男は岩に腰掛けている。顔は見たことがないが、服装は何度も見た軍の兵士の格好だった。
少し驚いたが、今更警戒しても仕方ないと思い、正面に座る。左腕が痛みで動かない。
「あなたが助けてくれたんですか?」
「大したことはしてないさ。それよりもワームに襲われて助かった人を初めて見た」
「あのワームはどこへ行ったんです?」
男は横を向いた。男の視線の先には巨大なワームが横たわっていた。
まさかこの男が倒したのかと、素早く男に視線を送る。
「俺じゃない。お前の連れが倒したんだ」
「師匠が? 師匠はどこに?」
「そこだよ」
男はワームと反対の方を指差す。そこには布の上に仰向けに横たわる師匠がいた。
「大怪我をしていた。やれることはやったが、あの怪我だ。まだすぐには起きられないだろう」
膝を押さえながらよろよろと立ち上がり、師匠へ歩み寄る。師匠は頭と体に包帯が巻かれていた。体の包帯には血が大量に滲み出ている。
「悪いが勝手に物資は使わせてもらったぞ」
師匠のそばには手当てに使ったであろう水や布などが置かれていた。倒れないようにゆっくりと焚き火の前に座り直す。
「お前の師匠とやらは、"鱗の騎士"だろう。ってことはお前自身は"予言の子"ってところか」
男の顔を見た。今のところ敵意がないことはわかるが、兵士の格好をしている。
答えに躊躇っていると男は続けた。
「安心しろ。お前たちをどうこうしようとは思ってないさ。むしろ感謝してるんだ」
「感謝?」
「あのクソワームをぶっ殺してくれたことさ」
男はワームの死骸を睨んだ。
「あのワームに、俺の仲間は全員やられたんだ」
男はこちらへ向き直り、強張った表情を緩めた。
「俺はファリスだ。見ての通り"元"軍の兵士だ」
「レックスです。"元"ってことは辞めたんですか?」
「俺の部隊は皆同じ町の出身だった。元は自警団みたいなもんさ。気の良い奴らだったんだけどな。あいつらがいないなら続ける意味もない。それに――」
ファリスは自分の剣を持ち上げる。刀身には焚き火の炎が赤く揺らめいて見える。
「軍は変わっちまった。あそこはもう俺の居場所じゃない」
皆が言う変わったとは一体何なのだろう。宮殿と関わりのない生活をしていた自分にはよくわからなかった。
朝を迎えても師匠は目覚めなかった。
「物資が厳しいな、このままここにいても埒が明かない。どうするつもりだ」
「一番近い町はここですね。師匠を連れて行くとなると1週間はかかるか…」
ファリスが、パンッと手を膝につく。
「よし、俺が軍の駐屯基地から物資を持ってきてやる。あそこなら2日もあれば行って帰ってこれる。本当はそこで手当てしたいけど、流石にこの姿見たら誰でも"リザードヘッド"だって気がつくだろうしな」
「でも大丈夫なんですか?」
「軍を抜けたって言っても俺の中での事だ。正式に除隊届を出したわけでもないし、何も問題ないだろう」
ファリスを見送り、師匠の看病をしていた。血の滲んだ包帯を外す。体に大きくつけられた傷はほとんど塞がっていた。それは爬虫類の皮を縫い合わせたような見たこともない傷口だった。
右腕には以前見せてもらった"ヨルムンガンドの鍵"が埋め込まれていた。模様の様な、文字の様な物が刻印されている。
「これ、遺跡の文字と同じに見える…」
ゆっくりと腕輪に手を近づける。腕輪の文字はところどころ赤みを帯びているように見えた。
指先が、腕輪に触れる瞬間、手首を掴まれドキリとする。
「お前は触れない方が良い」
「師匠!」
師匠は僕の腕を放し、ゆっくりと起き上がる。痛みを我慢する様に歯を食いしばっていた。
悪事がバレてしまったような、ばつの悪い気分だった。
「腕輪は既に"始祖の王"の力を宿している。儀式が終わった後ならともかく、今はまだ触れるべきじゃない」
師匠は立ち上がろうとするがよろけて尻もちをついた。
「今ファリスが物資を補給しに行っています。しばらくはここで休みましょう」
「ファリス?」
僕はここでの出来事を師匠に話した。




