第九話 砂漠に咲く花
ナディアを前に蛇に睨まれた様に固まってしまう。沈黙が苦しい。
見かねてかわからないが、ナディアの方から沈黙を破ってくれた。
「それ何の本持ってきたの? 見せなさいよ」
散らかった道具を踏まないように注意して、黙って本を渡す。
ナディアは奪い取るようにぶっきらぼうに受け取った。
「ふーん、『歴史と思想の変化』についての本ね。あんた歴史好きなの? それとも思想家?」
「僕は、読めません」
「は? 自分で読めない本を持ってきてるわけ? どんなつもりよ」
何も言い返せない。何で本を買ってきたのか今となっては自分でもよくわからなかった。何となく服屋の店主を誤魔化せると思ったからだけであってその後は考えていなかった。
ナディアはため息をつく。
「わかったわ。あんたが誰でもいい。けど目的があるんでしょう。読めない本まで持参して私に会いに来た目的が」
目的。そうだ、目的があった。何故今までそれを忘れていたのかもわからないほど当たり前のことが抜け落ちていた。
「地図です。地図を見せて欲しくて来ました」
「やっとまともに話せたわね。文字が読めないだけじゃなくて話もできないのかと思ったわ」
そう言ってナディアが立ち上がる。机の後方に置かれていた、大きな巻物をいくつか取り出す。そして、床に置かれた道具をガラガラとどけてスペースを作り、そこに地図を広げた。
「こんなに雑に扱っていい道具なんですね」
「あんた、喋りだしたら余計なこと言うわね。これがこの辺りの地図よ。私が生まれる前くらいの古い物だけどね」
「この街はどこですか?」
「ここよ」
ナディアが指差す場所は小さな点だった。
「こんなに世界って広いんですか?」
「あのね、これでもまだ世界の一部なのよ」
目眩がしそうだった。師匠との旅で世界はものすごく広がった。それでさえ、ほんの小さな一部だったなんて。
「それで。その世間知らずの坊っちゃんが、地図なんか見て何を探してるのかしら」
「神殿です。風の神殿を探して。あ、でもそれは見つからないので、別の4つの古い神殿を探しています。"西の神殿"ってのがあるので北と南と東があるのかも」
ナディアの表情が変わった。さっきまでのおちゃらけた雰囲気はない。
「4つの神殿の話、どこで知ったの?」
「"西の神殿"に描いてあったんです」
「描いてあった!? 行ったってこと? 普通の文字も読めないのに、古代の文字は読めるって何なの?」
質問を畳み掛けられてたじろぐ。
「行ったのは偶然というか、落ちちゃって、読んだのは師匠だから僕は何とも」
「あんたの師匠、只者じゃないわね」
ナディアは広げていた地図を丸めて、代わりに別の地図を広げた。
「これはね、数百年前の地図。砂漠の大戦の前のものよ。この街もその頃は無かったの」
覗き込むと、先程のものとはだいぶ違っていた。
地図を見渡していると、ふとナディアが僕をじっと見ていることに気がつく。目が合ってハッとしてしまった。
「改めて聞くわ。あなた誰なの? 師匠とやらもただの考古学者ではないでしょう」
言わない方が良いことはわかっていた。きっと師匠にも軽率だと叱られるだろう。それでも感覚がそうすべきだと判断した。
「名前はレックスと言います。師匠から、僕は"予言の子"だと聞きました」
ナディアの大きな目は、より大きく見開かれる。
「"災厄の王"の転生は本当だったってこと…!?」
災厄。それはハリドからも聞いた災いの話とも一致する。本当に自分は災いをもたらす存在なのだろうか。
僕が悩む以上に、ナディアはブツブツと独り言を言いながら部屋を歩き回り悩んでいた。
「…でも始祖の王の解釈次第で災厄というのは変わる。実際、砂漠の大戦前後でゼラキスの見方が変わっているのは事実。となると宮殿が――いやまさか流石にそんなはずはない。でも…」
ふとナディアはこちらに目を向ける。
「あなた年齢はいくつ?」
「16歳です」
「ふーん、1つ下なのね。あなたの師匠は?」
師匠の年齢。そう言えば聞いたことがなかった。
若く見えるが、お父を助けた話からも少なくとも30歳は過ぎているはずだ。
「40歳くらいですかね。今度聞いておきます」
「まあそうよね」
そう言ってしばらく考えた後にナディアは条件を出した。
「あなたに地図の読み方、つまり神殿の位置を教えるわ。その代わり1つだけ条件があるの」
「条件って?」
「私も神殿に連れて行って」




