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蛇になりて  作者: 毛布巻男
第一部 蛇の腕輪

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第二話 冷たい衝動

 ぼんやりとした意識の中で、大勢の人の声が聞こえた。何やら騒いでいるような、はしゃいでいるような、そんな声だ。

 自分がどこにいるかわからない。暗い視界の中、少し先に光が差し込む亀裂が見えた。


 声に耳を傾ける。この声は。仲間の悲鳴だ!


 悲鳴を聞き我にかえる。ダンと共に襲われた。仲間を助けなくては。


「痛っ…!!」


 咄嗟《とっさ》に起きあがろうとし脚に激痛が走る。

 ダンに突き飛ばされ瓦礫《がれき》の隙間に落下したようだ。見上げる先の亀裂は3メートルほどの高さだろうか。


「大丈夫、脚は折れていないはず」


 よろよろと壁に掴まりながら、どうにか立ち上がる。段々と目が慣れてきて、少し周りが見えてきた。


「この場所は…」


 岩が削れて出来ただけの無骨な空間だったが想像以上に広い。

 壁はデコボコしており取っ掛かりはあるが、たまごの中に入ってしまったような、丸く削れた空間なので容易には登れないと思えた。


「あの像の下にこんな空間があったのか」


 痛む脚を引きずりながら登れる場所を探し、空間を歩き回る。その間も男たちの悲鳴と雄叫びが聞こえてくる。


 その時、カランっと何かの音がした。


 足元に目をやる。手のひら程の大きさの何かが落ちている。体を近づけてよく目を凝らすと、それは丸い筒のようなものだった。


 今はこんなガラクタどうでもいいはず。頭ではわかっていたが、惹き込まれるような、同時に拒絶したいような、得《え》も言われぬ禍々《まがまが》しさを感じ、それに手を伸ばす。


 拾い上げるとそれはバングルだとわかった。少し重みはあるが手触りからひどく錆びて価値の無いものだと思えた。そう考える理性とは裏腹に、感じていた不思議な直感は手に持ったことで一層強くなる。


 理由は無かった。何となく、そうすることで何かが変わると期待していたのかもしれない。

 俺はそのバングルを右腕に嵌《は》めた。


 大きく見えたバングルは奇妙なほどに腕にフィットする。

 だが光り輝くでもないし、魔法の力が発現する感覚も特にない。


 はぁ、とため息をつく。


「こんなことをしている場合じゃない」


 そう言って、なるべく右脚には負担が掛からないようにしながら壁に手をかけよじ登り始めた。

 予想通り、鼠返しの壁には容易《たやす》く登れない。

 少しずつ慎重に掴める突起を探しながら登る。




 入り口の亀裂まで1メートルも無いほどのところまで来たが、どうにも届かない。


「くそ! あと少しなのに!」


 足で踏ん張りながら腰ベルトにぶら下げたダガーを取り出す。そして目の前の亀裂にゆっくりとねじ込む。ギリギリと音を立てながらダガーは上手く亀裂に刺さった。


 それを掴み、ようやく外に繋がる入り口に手をかける。


 その瞬間。


 右腕のバングルが強烈に熱を帯びていく。

 今手を離したら落ちてしまう。目を見開き歯を食いしばり堪えていたが、やがて痛みは全身に広がっていく。


「ぐわぁぁ――」


 叫びながら俺の体は再び洞窟に落下した。


 今度は意識があった。だが体中が熱く、痒い。

 理性を保てない程の感覚に体を掻きむしりながら地面を転げ回る。


 このバングルか!


 右腕から外そうとするが、腕に食い込んでしまったのかビクともしない。外せないまま全身を焼かれるような感覚が広がる。俺はそのまま意識を失った。






 再び洞窟の中で目覚めた時、先程まで聞いていた叫び声は収まり、聞こえるのはいくつかの足音と、時々聞こえる話し声だけだった。

 どのくらい倒れていたのか。自分に何があったのか。すくっと立ち上がる。上を見上げると亀裂に突き刺さったままのダガーが見えた。


 3メートルほど離れている。頭では届くはずはないと思っていた。自分でも理由はわからなかったが、深くしゃがみ込みダガーに向かいジャンプした。

 軽々と届き、ダガーと洞窟の入り口に手をかける。


「なんだ、この感覚…」


 ダガーを抜き取りながら、狭い隙間に体を押し込み外へ出た。


 予想通りではあったが、目の前には血に染まった廃村と、そこら中に横たわる仲間の死体が見えた。

 そしてその死体から物を漁ったり、フラフラと歩いている見知らぬ盗賊が多数見えた。

 前を歩いていた盗賊の1人がこちらに気がついた。


「何だこいつ? 裸のガキがいるぞ」


 その場にいた2人の盗賊も同時にこちらを見た。

 仲間の仇の盗賊を前にしても不思議と怒りは感じなかった。ただやるべき事はわかっていた。


 手の中でダガーをくるりと反転させ、強く踏み込む。走って3秒ほどの距離だろうか。だが届く気がして、大きく一歩跳躍した。一瞬で盗賊の横に飛び込む。そのまま迷う事なく盗賊の首を掻き切った。

 着地と同時に反転し、横に立つもう1人の盗賊の喉も切り裂く。


 人を殺したことが無かったわけではない。だがこんな戦い方をした事はなかった。それは身体に染みついたような、自然とどこを動かせば良いかわかるような、そんな感覚だった。


「こいつッ!――」


 驚き剣を振り上げる最後の盗賊の攻撃を回転しながら躱《かわ》し、そのまま後頭部にダガーを突き立てた。

 ほぼ同時に3人の盗賊が、その場で倒れる。




 周りを見渡すと、こちらに気がついていないで物漁りをしている奴、立ち話をしている奴、遠くから何事かと動き出した奴など、まだ盗賊は十数人いることがわかる。


 俺はダガーを握り直し、走り出した。

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