第四話 レックスの決断
ハリドは物資やら服装やらと色々準備してくれた。出発の直前、ハリドは忠告する。
「ラシュバル将軍の率いる正規軍は避けろ。奴らの嗅覚は侮れないぞ」
「雑兵相手でも敵いやしないんだ。避けるに決まってるだろう」
お父とハリドは固い握手をする。
僕たちはハリドから貰った物資を背負い、夜に紛れてバザールをあとにした。軍との鉢合わせを避けるため、迂回路で村を目指す。
4日目の朝に、ようやく村が見えてきた。
「警戒していこう」
遠くから村の入り口を観察するが、兵隊らしき人は見当たらない。村の様子もいつもと変わらないものだった。
お父はハリドから借りた遠眼鏡で周囲を確認していた。
「逃げ去るところも見られてるしな。戻らないと踏んだのだろう」
そう言いながらも警戒しつつ村へ入る。
村の中は静かで、人の姿は見えなかった。元々活気のある村ではないが、朝の時間にしては静かすぎる。普段は人が集まる枯れ井戸の近くにさえ、誰もいない。
「気をつけろよ、レックス」
建物の陰に隠れながら家に近づく。僕たちの家が見えるところまで来たが、誰もいなかった。
「レックス? それにシモンか?」
声に驚き振り返ると、村長が家から顔を出していた。
「さあ、こっちに入れ」
僕らは家の中へ引っ込んだ村長のあとに続いた。
「村長、村は大丈夫だったのか?」
小さな椅子に腰掛け、お父が尋ねる。僕は少し広い村長の家の中を見渡しながら、腰掛けたお父の横に立っていた。
「ああ、お前さんたちこそ、何処へ行っておったのじゃ」
村長はそう尋ねながら裏口から出ていき、しばらくしてひび割れた粘土の湯呑みを盆に乗せて戻って来た。そして震える手で3つの湯呑みを机に並べた。中には濁った水が入っている。お父と僕はそれを一気に飲み干す。
お父は村長をじっと見ていた。
「北の"魔物の墓場"の辺りを目指していた。あの辺りは古い廃村も多いからな。途中で出会った商隊から物資を買って何とか凌いでいたが、限界で帰ってきたのさ」
「おお、そうじゃったのか…」
お父が嘘をついたことで、まだ警戒していることを理解した。
「村長さん、誰か村を訪ねて来なかった?」
「誰か? 何のことじゃ。あ、そうそう。軍が来ておったぞ。なんかよくわからん事を言ってたので追い返したが」
「いや、軍じゃなくて――」
「レックス。この布を外に干しておいてくれ」
お父に遮られる。お父の手には"鱗の騎士"から預かった剣を保管していた布が握られていた。受け取ったその布はカラカラに乾いている。
「…わかった」
村長の家から外へ顔を出す。誰もいないことを確認してから外へ出て、高い位置に布を干す。そのまま裏手に回り崖に登った。崖の上から村や周辺を見渡す。
その時、村から少し離れた位置から魔獣が接近する気配を感じた。悪い予感がする。
「お父!」
その声で、お父は村長の家から飛び出してきた。魔獣の気配はどんどん近づく。崖を下り、お父と合流する。
「魔獣が接近してる。誰かが率いてるのかも」
「まずいな、逃げる算段がない。隠れるぞ」
村には何軒も空き家がある。その空き家の1つに入り、窓から外を覗く。そこには巨大な翼の生えたトカゲに跨がる兵隊の姿があった。
「あんな魔獣見たことない」
「魔獣じゃない。あれは魔物だ」
「人が魔物に乗れるわけないよ」
「いいから隠れる場所を探せ。そこだ、厠を掘れ。厠の中に隠れるぞ」
お父の指示を受けて急いで古い厠を掘った。人が2人入るのにはまだスペースが足りない。魔物の足音がだんだんと近づいてくる。
それと同時に人の気配も感じた。
理由はないがそうすべきだと感じた。自分でも信じられない判断で賭けの様なものだった。
「お父が入って。僕は大丈夫」
そう言ってお父を掘った厠の中に押し込んだ。
「おい、レックス。ダメだ。何をやってる」
お父は厠から這い出そうとしているが、なかなか出られずにいた。そのまま僕は家から外に出る。
すぐ近くまで接近していた翼のあるトカゲが、目の前に立ちはだかる。兵士とトカゲは3騎いた。
トカゲの上に跨った1人の兵士が尋ねた。
「お前が"予言の子"か。諦めて出てきたのか」
恐怖で震えた手で剣を抜刀し構える。
「ほう、魔物とやり合う気か。流石は"予言の子"だ」
兵士たちは下品に笑う。
「連れ去るだけだと、たかを括っているのか? "予言の子"よ。残念だが俺たちの使命はお前を抹殺することだ」
感じる。あと少し時間を稼げれば。
「もしかして知らないの? "予言の子"の"災い"について」
兵士たちの顔が曇る。
「何? 災い。何の話だ」
「"予言の子"の死に関わる話さ」
言葉とは裏腹に足の震えが止まらなくなる。悟られない様に、足にギュッと力を込める。
「このガキ、デタラメを抜かしてるだろう。おい、こいつに止めを刺せ」
「え、俺かよ。こいつにやらせてくださいよ」
「黙れ。命令だ」
左後ろにいたトカゲに騎乗する兵士が接近する。体が動かない。剣を持つ手に力が入りすぎている。
「力を抜け、力を抜け」
自分に言い聞かせ、剣をくるりと回す。
トカゲが地面を蹴ってこちらに飛んでくる。その瞬間、近くの建物の屋根からマントを身に纏った人物が飛び降りて来た。そしてそのまま大きな剣でトカゲの首を一撃で切り落とした。




