第三話 商人ハリド
理解が追いつかなかった。"予言の子"とは一体何だろう。使命とは。なぜ自分なのか。
岩の上で寝そべり夜の冷たさを感じていた。
何よりお父と離れる事になるのではないか。どのくらいの期間、連れ回されるのだろう。
横で眠るお父の背中を見た。僕が生まれてすぐにお母が亡くなり、男手1つで育ててくれたお父と離れるなんて考えたことも無かった。ずっと支えていこうと考えていた。
理由はわからないが、今やお父も僕も軍隊に追われる身だ。リザードヘッドとの旅にお父も同行すればいいはずだ。お父の知識は旅でも必ず役に立つはずだし。
迫りくる別れの予感に目を瞑る様に、僕は眠りについた。
バザールへは2日で着いた。宮殿の兵隊たちも探している可能性が高いが、まずは自分たちもリザードヘッドを見つけ状況を知る事が先決と考えた。
予想通り、バザールは警戒されていた。赤いベレー帽を被った兵隊たちが辺りをうろうろしている。
「やっぱり無理じゃない? 引き返そうよ」
「心配するな。こっちから行ける」
お父は細い裏通りを抜けて、迷うことなく石造りの建物に入った。慌てて僕もついて入る。
そこは絨毯を売る店だった。
店員のいない店の中をずかずかと進み、そのまま2階へあがるお父に不安を覚えつつ追従する。
2階の部屋の入り口を通ると、お父の喉元に剣が突きつけられているのが見えた。
慌ててこちらも剣を抜刀しようとして、お父に手で制止される。
剣を突きつけた男がゆっくりと剣を下ろした。
「シモン?」
2人は笑顔でハグをした。
「じゃあ、こっちはレックスか?」
お父が自慢気に僕の方を振り返った。
「そうだ。立派になったもんだろう」
男は僕の方へ手を差し出す。
「俺はハリド、お父が今のお前よりもチビの頃からの馴染みだ」
剣をしまい、男の手を取った。恰幅のいい男の手は大きく力強かった。
横に長い椅子にお父と並んで腰を掛ける。座ると絨毯の様な生地がぐっと沈み、体を包み込むように柔らかい。
「お父、この椅子!」
「やめてくれ、椅子くらいで感動してたら町で過ごせねぇぞ」
ハリドが茶を持ってくる。模様の入ったきれいなグラスが目の前に置かれる。
「で、あんたら何をしたんだい? 数日前から随分な兵隊が集まってるぜ。立派なお尋ね者だな」
そっと飲んだお茶は甘い香りがする。驚いて、お父に言おうと思ったが、椅子の件もあり我慢した。
「俺たちは何もしてねぇよ。変わったのは宮殿の奴らの方だ。ここ数ヶ月でまたガラッと変わっちまったみたいだな」
「…じゃあやはり狙いはレックスか」
ハリドは何かを察したようにため息をつく。
「"予言の子"ってのは本当に俺らに災いをもたらすのか?」
災い。体の血の気が引く。初めて聞いた話だった。だとすれば僕は兵隊に囚われた方が良いのだろうか。
「わからない。だがレックスの力は本物だ。こいつは何かを変えるだけの力を持っている。俺はその"災い"は俺たちにとってではなく宮殿のやつらに対してだと考えている」
お父と目が合う。お父がそんなことを思っていたなんて意外だった。
「やはり鍵となるのは"鱗の騎士"か」
ハリドが顎に手を当てて考えるような仕草をする。
「"鱗の騎士"?」
思わず口を挟んだ。
「あぁ、お前たちはリザードヘッドと呼んでいるんだっけか。あいつは魔獣なんかじゃない。れっきとした人間だ」
リザードヘッドが人間?
お父と家を出た夜を思い起こしていた。逃げるために終始、魔獣の気配を探っていた。もし本当にリザードヘッドが人間なのだとしたら、あの夜に村に紛れていた可能性もある。お父と約束したのであれば、もしかするとまだ僕たちの村で待っているかもしれない。
やはり、探して会うべきだ。それに"災い"の正体も僕の使命のことも知りたい。可能性があるならば…。
「お父。村にリザードヘッド、いや"鱗の騎士"がいるかもしれない。戻ろう」




