第二十一話 隊長グラッセン
アイシャを背負い、神殿の外へ向かって歩いた。外からは物音は聞こえない。隊長たちとガーゴイルの戦いは終わっているのだろうか。
神殿の入り口に、腕を組み立っているラークが見えた。やはり彼らを信じて正解だった。
「儀式は?」
「無事終わった。そっちは?」
「ガーゴイルは、隊長が止めを刺した」
「流石だな」
そう言うとラークはこちらを睨んだ。
「ガーゴイルという魔物を知らないのか?」
何を言われているかわからなかった。2度も戦った相手だ。十分知っていると言えるだろう。
何も答えず神殿の外に出た。
そこには頭を剣で貫かれ倒れたガーゴイルと、その横で石になっているグラッセンの姿があった。
「何だよ。これ…」
「ガーゴイルはな。止めを刺した相手を道連れに石化させるんだ」
石化?
じゃあ誰かが絶対に石化しないとならない戦いだったということか。隊長が?
アイシャを背負っていることを忘れてその場に崩れ落ちる。ずり落ちかけた彼女の体を、ラークが咄嗟に支えた。
「おい。まだ旅は終わったわけじゃないんだ。しっかりしろ」
ラークの声は頭の中までは届かなかった。隊長の言葉を思い出していた。自分が止めを刺すと、ラークに宣言していた。その瞬間から2人はこうなる事を分かって戦っていたのか。
半数の仲間が失われた。自分の弱さで招いた仲間の死もある。アイシャに託された想いは何なのだろう。彼女の中にはあっても自分にはまだわからない。目的を達成したが、これが何なのか自分にもわからなかった。
ラークはアイシャを神殿の入り口に寝かせた。そして俺にも傍へ来るように命じた。
日は落ちて、辺りは暗くなり始めていた。
「ホープ。お前の気持ちもわかるが、今はまだ落ち込む時ではない」
ラークの言うとおりではある。こんな場所で落ち込んでいても何もならない。
「ひと晩休め。お前無しでは浜辺までも戻れない」
ラークはそう言って近くに座った。
その場に座り、星を眺めていた。儀式の前には見えなかった星が今は良く見えている。
ラークも近くに腰掛け、湖を眺めていた。
「俺はまだガキの頃、グラッセンと出会った」
ラークが身の上を話すのは意外だった。今まで他の隊員の話は聞いたが、彼だけは何も話してはくれなかった。
「俺たちは同じ王宮隊の訓練兵だった。俺は年下だが、あいつに負けたことはなかった。だが一回だけ殴られたことがあった」
「訓練兵の任務を狙った他国の軍と戦いになったことがある。俺たちは孤立した。勝ち目の薄い戦いだったが、俺は敵軍に奇襲をかけて味方を助けることを提案した。だがあいつは当時の隊長に、見捨てて帰還すべきと進言したんだ」
「俺は戦果を上げるならば戦いで死んでもいいと思っていた。あいつはそれを見抜いていたんだ」
ラークの話に固唾を飲んだ。
「それでどうなったの?」
「撤退したよ。後から知ったことだが、味方はとっくに全滅していたそうだ。『味方が生きている』という情報は敵の流したデマだった」
「だが俺はその結果を受けても食い下がった。結果として助からなかったとしても、味方を見捨てるくらいなら名誉ある死を選ぶべきだと」
「そしたらぶん殴られた。『お前が死んだらこれから守れる多くの平和が失われるんだぞ』ってね」
ラークの顔を見る。彼の視線の先には石化したグラッセンが立っていた。
「そこで無理やり約束させられた。『どちらかが死ぬ場面が来たらグラッセンが先に死ぬ』と」
「馬鹿げた約束だと思ったよ。そんな場面は来ないし、お前が勝手に死ぬんなら好きにしろってな」
沈黙が続いた。
「あの約束を後悔する日が来るとは思わなかった」
ラークの声が震えていた。泣いているのかもしれない。敢えてそちらを見ないように空を見上げた。
当たり前のことだが、ラークは自分よりも長い年月をグラッセンと共にしてきた。俺よりも遥かにショックだったのは間違いない。感情なく気丈に見えるのは、自分たちが生き残るためにそうすべきだからだ。
ここでうなだれている事を知ったらグラッセンにまた怒鳴られてしまうだろう。
「ラーク。話してくれてありがとう。グラッセンは――。良い隊長だったな」
言葉にしたことで、自分の中で抑えていた感情が込み上げる。美しい星空の輝きが、滲んで見えた。




