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蛇になりて  作者: 毛布巻男
第一部 蛇の腕輪

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第二十話 ホープとアイシャ

 光の球体は小さな稲妻を纏《まと》う様にも、光る生き物が飛び交っている様にも見える。いずれにせよ情報が無ければ触れてはいけないと判断しただろう。

 だがアイシャの言葉を信じ、手で透明な球体に触れる。

 何も感じない気もするし、人肌のお湯に手を入れたような気もする。そのまま大きく踏み出し全身が球体の中に入った。

 目が合うアイシャの表情は穏やかに見えた。




「なんて説明したらいいかわからないけど、意思って言うのかな。どうしたいんだってのが伝わってきたんだよね」


「それは、"始祖の王"の?」


 アイシャは頷く。


「のんびりしてる暇は無いんだけど、少し話をしてもいい?」


 今度は俺が頷いた。


「この人たちはね、門を開いた時は魔物をどうにかできると思ってたみたい。でもこの人たちの時代だけでは解決出来なかったの。それで後世に託したんだけど、今は昔よりも人間が弱くなっちゃって、それでもう封印するしかないって思ってるんだ」


 アイシャは続ける。


「私が触れたのは"アナン"って人なんだけど、この人が鍵と扉のことを考えたり、この神殿の仕組みを考えさせたりしたみたい」


「私は生まれた時から"予言の子"って言われてたけど、今までは正直決められた定めだから従ってるだけだった。でもね、今は本気でホープに門を閉じて欲しいって思ってるの。だから――」


 不意にアイシャが涙を流した。急なことで驚く。どうして良いかわからず、ただ黙って見守った。




「ごめんね。この話は良いの。今はやるべきことをやりましょう」


 やるべきことをやる。そう言ってアイシャは俺の前に腕を出す。何をすべきかはわかっても躊躇《ためら》いがある。

 そんな俺の気持ちを察したのか、アイシャはおどける様に笑って見せた。


「ワイバーンの肉をいっぱい食べたから、ちょっとぐらい血が減っても大丈夫だよ」


 アイシャと目が合った。


「ワイバーンの味がするかもしれないな」


 応えるように軽口を叩き、アイシャの腕に触れる。細く柔らかい腕を両手で支えるように掴んだ。

 そしてゆっくりと腕に噛み付く。いつしか少し尖っていた俺の犬歯が彼女の腕に食い込み、口の中に鉄の味が広がる。

 そっと彼女を見ると、苦痛な様子を全く見せない顔で、静かに目を閉じていた。


 何かが満たされる様な感覚を覚える。

 アイシャの腕を離し、持っていた布で傷口を縛った。


「ちょっと貧血気味だから、よろしくね」


 そう言ってアイシャは座ったまま眠りについた。

 彼女をおぶってここを離れようとした瞬間、あの感覚が訪れる。予想はしていた。


 ゆっくりとひび割れた体から、新しい肉体が顔を出す。頭から、背中、腕と、古く重たい服を脱ぎ捨てるように、至って自然な感覚だ。体の重荷が消え去る。それは今までの脱皮とは少しだけ違っているように思えた。全身に力が漲《みなぎ》る。

 右腕の腕輪を見ると、模様の一つがうっすらと赤みを帯びているように見えた。


 俺は準備を整え、彼女を背負い神殿を後にした。

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