第二十話 ホープとアイシャ
光の球体は小さな稲妻を纏う様にも、光る生き物が飛び交っている様にも見える。いずれにせよ情報が無ければ触れてはいけないと判断しただろう。
だがアイシャの言葉を信じ、手で透明な球体に触れる。
何も感じない気もするし、人肌のお湯に手を入れたような気もする。そのまま大きく踏み出し全身が球体の中に入った。
目が合うアイシャの表情は穏やかに見えた。
「なんて説明したらいいかわからないけど、意思って言うのかな。どうしたいんだってのが伝わってきたんだよね」
「それは、"始祖の王"の?」
アイシャは頷く。
「のんびりしてる暇は無いんだけど、少し話をしてもいい?」
今度は俺が頷いた。
「この人たちはね、門を開いた時は魔物をどうにかできると思ってたみたい。でもこの人たちの時代だけでは解決出来なかったの。それで後世に託したんだけど、今は昔よりも人間が弱くなっちゃって、それでもう封印するしかないって思ってるんだ」
アイシャは続ける。
「私が触れたのは"アナン"って人なんだけど、この人が鍵と扉のことを考えたり、この神殿の仕組みを考えさせたりしたみたい」
「私は生まれた時から"予言の子"って言われてたけど、今までは正直決められた定めだから従ってるだけだった。でもね、今は本気でホープに門を閉じて欲しいって思ってるの。だから――」
不意にアイシャが涙を流した。急なことで驚く。どうして良いかわからず、ただ黙って見守った。
「ごめんね。この話は良いの。今はやるべきことをやりましょう」
やるべきことをやる。そう言ってアイシャは俺の前に腕を出す。何をすべきかはわかっても躊躇いがある。
そんな俺の気持ちを察したのか、アイシャはおどける様に笑って見せた。
「ワイバーンの肉をいっぱい食べたから、ちょっとぐらい血が減っても大丈夫だよ」
アイシャと目が合った。
「ワイバーンの味がするかもしれないな」
応えるように軽口を叩き、アイシャの腕に触れる。細く柔らかい腕を両手で支えるように掴んだ。
そしてゆっくりと腕に噛み付く。いつしか少し尖っていた俺の犬歯が彼女の腕に食い込み、口の中に鉄の味が広がる。
そっと彼女を見ると、苦痛な様子を全く見せない顔で、静かに目を閉じていた。
何かが満たされる様な感覚を覚える。
アイシャの腕を離し、持っていた布で傷口を縛った。
「ちょっと貧血気味だから、よろしくね」
そう言ってアイシャは座ったまま眠りについた。
彼女をおぶってここを離れようとした瞬間、あの感覚が訪れる。予想はしていた。
ゆっくりとひび割れた体から、新しい肉体が顔を出す。頭から、背中、腕と、古く重たい服を脱ぎ捨てるように、至って自然な感覚だ。体の重荷が消え去る。それは今までの脱皮とは少しだけ違っているように思えた。全身に力が漲る。
右腕の腕輪を見ると、模様の一つがうっすらと赤みを帯びているように見えた。
俺は準備を整え、彼女を背負い神殿を後にした。




