第十九話 転生の儀
「アイシャ、俺の後ろに。少し離れておいて」
剣を構え、ガーゴイルを注視する。まだ隊長たちには気がついていないはずだ。このまま1対1で対処する。
両手でショートソードを握る。危険なのはあの鉤爪と尻尾だ。腕や足の力は相当なもののはず。単純な力比べでは《《まだ》》今の自分は勝てないだろう。
指南役から始まり、旅の間も稽古していた王宮隊流の剣技を基礎から思い返していた。
『ピンチの時こそ基礎に立ち返る』
皆がくれたそんなセリフを思い出し、強張った体の力を抜く。口を酸っぱくして言われた流れるような動き。足場の悪い岩場でも考えは同じだ。
左右に剣を揺らしながら、小さくステップし距離を詰める。まずはカウンターで一閃、剣が通るかどうか見極めよう。
ガーゴイルのその場で跳ねたり騒ぐような動き、翼を羽ばたかせる動きに翻弄されず、危険な攻撃にのみ集中した。手を伸ばせば届くほどの距離まで近づいた時、ガーゴイルは体を捩り尻尾を振り回してきた。しゃがんで躱しながら尻尾に剣を滑らせる。そして頭の上を通過した瞬間、剣に力を込めた。
ギャァァとガーゴイルが叫ぶ。切り落とせはしないものの、尻尾に傷をつけた。
怒りに任せてガーゴイルが腕を振り下ろす。
懐に飛び込むか、離れるか。
そんな迷いがあり、すんでのところで後ろへ躱す。もう一撃とガーゴイルが腕を振り上げる。
「飛び込め!」
その声を聞き、前方へ回転しながら飛び込み腕の攻撃を躱す。目の前にガーゴイルの脇腹が見え、剣を突き刺す。
次の攻撃が読める。反対の腕を振り上げる前に、元いた位置へ、素早く移動し難なく回避する。
ガーゴイルは声の方へ振り返る。そこには剣を抜いたグラッセンとラークが立っていた。声の主は隊長だった。
「ラーク。こいつのことは分かっているな。止めは俺が刺す」
「…承知」
ガーゴイルは囲まれないようにと岩場を跳ねて移動する。そのお陰で、神殿の入り口への道が切り開けた。
「ホープ、アイシャ! お前たちは儀式に向かえ」
「でも、俺も戦える」
「黙って従え!」
隊長が怒鳴るところを初めて見た気がした。その迫力に俺たちは従う。
大丈夫だ。隊長と副隊長なら手負いのガーゴイルに後れを取るはずがない。そう信じながらも、隊長の反応に小さな不安が込み上げる。だがやるべきことをやる、だ。隊長たちの横を駆け抜け神殿へ入る。
神殿の中は暗く、天井の隙間から射し込む小さな光だけがその場を照らしていた。中は簡素な造りで数本の柱があるだけで何も置かれていない。
それでも警戒し抜刀した状態でゆっくりと注意深く歩く。アイシャはすぐ後ろをついてきていた。
正面に木製の大きな扉がある。恐る恐る、扉に手を当てて押し開ける。重い扉の先は、巨大な球体の中に入った様な空間だった。
前の空間とは異なり、この部屋は明るかった。それは部屋の真ん中に存在する、巨大で透明な球体が、ほのかに発光しているからだった。
部屋の外壁に沿うように、円状の床が取り付けられている。その床は石にも木にも見えないが歩くと硬い材質だった。
床からは俺たちが入ってきた入り口以外には、部屋の真ん中にある大きな球体に繋がる下り階段が接続されている。
階段を進んだ先の大きな球体は、中が透けて見えた。中にあるのは台座だろうか。何かが置かれている。球体の中は光源も見当たらないのに全体がほのかに黄色く光っていた。
2人でゆっくりと階段を降りる。
球体の目の前に立ち、そっとそれに触れようとする。
「だめ! ホープはまだ触れないで」
その声に手を止める。
「説明できないけどわかるの。大丈夫だから、信じて」
そう言ってアイシャは球体に触れる。
止めようとするも、アイシャの腕はすでに半分球体の中へ入っていた。そのまま一歩進み、アイシャの全身が球体の中に入り込んだ。
アイシャは躊躇うことなく進み、ほんの数歩先の台座の前で立ち止まった。
この位置からでははっきりと見えないが大きな皿の上に何かが置かれている様だった。
アイシャがそれに触れる。その瞬間、球体の光は強まり、辺りが眩く照らされる。
「アイシャ!」
光で中が見えない俺は必死で叫ぶ。
「まだよ。待ってて!」
その言葉を信じ、その時を待った。
光は更に強まり、周囲さえ見えず、思わず手で目を覆った。
「もう大丈夫」
その言葉に目を開くと、強い光は収まっていた。明るい球体の中に、小さな光が飛び交っている。
アイシャはその場に立ち、周囲を軽く見渡している。
そしてこちらを見た。
「ホープ、入っていいわよ」




