第十七話 王の遺志
ワイバーンとの戦いで3人の仲間を失った。野営のあった場所に3人の墓標を建てた。
失ったものは大きかったが得るものもあった。
ワイバーンの皮は丈夫で水も通しにくいため、舟底を覆う事で舟の浸水を防ぐことに使えた。骨も木材の代わりになり、肉は少しの間の食糧としても重宝した。
今や旅の仲間は、俺とアイシャ、スパイラル、隊長と副隊長を含む4人の王宮隊の、計7人になった。
舟に乗れるのは4人が限界とのことで、俺とアイシャ、グラッセン、ラークが行くこととなった。
出航前最後の夜、珍しくスパイラルが声をかけてきた。
「ホープさん、私は神殿には行けないので、儀式についてあなたにも教えておきます」
「血を飲むんだろ?」
スパイラルはこちらの問いに答えることなく続ける。
「"始祖の王"をご存知ですか?」
「いや、聞いたことない」
「"魔界の門"については?」
「あぁ、英雄が開いたとか何とかっていうあれか」
「ええ、その英雄と呼ばれた3人を"始祖の王"と呼びます。彼らはこの世界の礎を作った者たちです」
「この世界をって、大袈裟な。言い伝えか何かだろ?」
「まあ歴史の話は今は置いておきましょう」
スパイラルが湖を指差す。霧が晴れ、水面に浮かぶ小さな建物が見えた。
「あの場所はその王の一人が自らの力を封印した場所です」
「封印? 何でそんなことを?」
「門から得た力は想像以上に強大でした。それによって巻き起こされた災厄も然りです」
スパイラルはワイバーンの亡骸にさえ見える舟に目をやる。
「彼らは御しきれなかった。彼らの生きた時代だけでは。だから時間をかけて判断することにした。自らを転生させ、その目でどうするかを見極めるために」
俺は舟の近くでオールを削っているアイシャを見た。会ったばかりの頃から変わらず、明るく、芯の強い性格だが、この旅を通じてより逞しくなった様に感じる。自分と年の変わらない程の女の子にとっては心身ともに辛い旅のはずだ。
「"予言の子"ってのは性格は別なのか? その、意識ってのか。記憶っていうのかな」
スパイラルは俺の言いたいことがわかるという表情で2度頷いた。
「彼女は今は、アイシャで間違いありません。そしてこれからも彼女のままです」
それは俺がまさに知りたかった答えだった。転生と言われると彼女は存在しないのでは? とか、彼女の人格が失われてしまうとか、難しいことを考えていたが、少し安心した。
「神殿の中心部に彼女が触れた瞬間、"始祖の王"の意識が世界を覗き込むとでも言うのが正しいかもしれません。その際に彼女の体が王とシンクロする。簡単に言うとそんなところです」
「…全然簡単じゃないんだが。まあわかったよ。ありがとう」
話は全く理解できなかったがスパイラルは満足気な顔をしていた。
アイシャを見ると、オールを削り終えたのか、何も持たずに静かな湖を眺めていた。舟の縁に腰掛けるアイシャの横に並んで座る。
湖に浮かぶ神殿から目線を逸らさない彼女に静かに語りかけた。
「怖い?」
「私が? ワイバーンも倒したのに恐れるものなんかある?」
「スパイラルと荷物の裏に隠れてただけだろう」
「あら、ダガーもバックラーも構えていたわよ」
「バックラーもか!?」
わざと驚いたような表情でアイシャを見る。目が合い2人で小さく笑った。
「本当は少し怖いわ。王宮隊の皆はもう家族みたいなものだけど、彼らは任務に忠実でしょう」
アイシャは3人の墓標を横目で見る。
「最後の航路はきっとまた厳しいものだと思う。神殿にも何が待ってるかわからないしね」
「俺もいるさ」
「このチビが、何だって?」
「お前よりチビじゃないだろう!」
怒りながらも気が紛れた。彼女が言わんとしていたことが良く伝わる。隊長も副隊長も敵と刺し違えてでも任務を遂行する気だ。だからこそ怖いのだ。
アイシャが不意に俺の手を握った。
「頼りにしてるわ」
そして立ち上がり、背中越しに手を振りながらテントに向かった。握られた手を見つめる。水平線に見える神殿が遠く感じられた。




