第十六話 霧を裂く翼
隊員に取り囲まれたワイバーンは威嚇はするものの、周囲をぐるぐると見渡しなかなか攻撃はしてこない。
同じく俺たちも、反撃を警戒し、この大型の魔物に手を出せずにいた。
ラークがおもむろに周囲を歩き始める。そして隊員の円から少し離れた位置にあった、人の頭部ほどはあろう石に手をかける。ワイバーンの視線に気をつけながら、剣を納刀し石を拾い上げた。
ラークが視線で合図を送る。対角線にいた俺と兵士は大きな声をあげ、同時に剣とダガーをぶつけ合わせる。
ワイバーンがこちらに顔を向け、一歩踏み込み叫びながら威嚇をした瞬間、ラークは石を投げる。ゆっくりと放物線を描いた石がワイバーンの背中に当たり、ギャアと叫び声をあげた。尻尾を振り回し、ラークの方へ旋回する。
「弓だ。弓を構えろ。前線は俺と隊長が張る」
ラークの大きな声での指示は初めて聞いた。投石により、視界外からの攻撃に対する反応、物理的な硬さを見極めたのだろうか。
ロングソードを抜刀しながら、隊員たちが立っていた位置よりも一歩前に進むラークの表情は少し笑ったように見えた。
弓を持つ兵士達は一斉に弓に持ち替える。
ワイバーンは近づいてくるラークに対し、鉤爪を叩きつけ威嚇する。だが、ラークは最小限で躱しロングソードを鉤爪に当てた。
鉤爪よりもリーチの長い尻尾を振り回そうとするが背後から近づいたグラッセンの剣と接触する。金属同士がぶつかり合った様な、甲高い音が響く。
最初こそ何をしているのかわからなかったが、ダメージこそ無いものの、体に剣を当て続ける事でワイバーンにストレスが溜まっている様だった。再び大きな叫び声をあげた瞬間に数本の矢が放たれる。ほんの10メートルもない距離から放たれた矢は、的中したものの刺さる事なくその場に落ちた。
ワイバーンが矢を放った一人の兵に向かい、体を翻し上から尻尾を叩きつける。避けきれず弓兵の肩に尻尾が直撃し、勢いよく倒れる。兵士はそのまま動かなくなった。
同時にラークとグラッセンがワイバーンに駆け寄る。2人が地面にめり込んだ左右の鉤爪の付け根に剣を突き刺す。ラークは更に翼に剣を刺し引き裂く様に回転する。
ワイバーンが叫びながら翼をバタつかせ2人は弾かれるように後ろに飛ばされた。
人ひとり分程度の低空に飛び上がるが、切られた翼が直ぐに広がらず、砂浜に着地をする。
着地したワイバーンの背後にいた俺ともう一人の兵士は剣で突き刺す。尻尾を狙った俺の剣は弾かれたが、尻尾の根本を狙った兵士の剣は深く刺さる。兵士はそのまま雄叫びをあげながら剣をワイバーンの体に押し込んだ。ワイバーンの叫びは一層激しくなる。
「離れろ!」
隊長の指示も虚しく、兵士はワイバーンの足に掴まれその場で踏みつけられた。
その時、ワイバーンの頭に向けて放たれた矢の1本が目に的中する。ワイバーンの頭がゆっくりと揺れ、砂浜に倒れた。一人の兵士が、駆け寄りワイバーンの首に剣を突き立てる。が、深くは刺さらない。動き出したワイバーンは長い首を振り回しながら兵士の胴体に噛み付き、そのまま起き上がり、一気に飛翔した。
「槍を出せ!」
ラークの指示に、一人の兵士が荷物へ駆け寄る。
兵士を咥えたまま上空を大きく旋回するワイバーンに皆は目を向けた。いつの間にか空の霧は晴れ、その姿がよく観察出来る。
「ラークさん」
兵士から大型の杭の様な槍を受け取ると、ラークは槍の石突を地面に固定し構えた。
「固まれ!」
隊長の指示でラークの前を陣取る様に皆が集まる。
ワイバーンは再びこちらに向かって滑空してきた。皆がするべきことは分かっていた。
激突する寸前のところで左右に飛び退く。着地したと同時にワイバーンが地面を転がっていた。
振り返るとワイバーンはバタバタと動いているがその場から動けない様だ。その体には身の丈にも及ぶ、長い槍が突き刺さっていた。
「ラーク!」
駆け寄るグラッセンに向かい、ラークは「止めを」と指差す。
ラークの頭部からは血が流れていた。
グラッセンが動き出すよりも早く、俺はその場から駆け出した。のたうち回るワイバーンの尻尾を躱し、ワイバーンの顎の下に剣を突き刺す。頭を貫くように剣が刺さり、同時にワイバーンの目から生気が消えるのが見て取れた。
ワイバーンに咥えられていた兵士は腹部が抉り取られその場で動かなくなっていた。彼の前に静かに膝をつき、その顔に触れてみた。横たわる兵士の頬にはまだ温かさが残っていた。




