第十四話 水中の刃
隊員たちが集まり、枯れた木々に火を付ける。岩に叩きつけられた弓兵もすぐに息を引き取った。
2人の勇敢な隊員を簡易的な木のベッドに寝かせ、それに火を移す。立ち込めた大きな煙は、またたく間に空に広がった。その煙は、邪悪な気配のするこの場所に、我々はここにいるぞと強く主張する縄張りの様に思えた。
ガーゴイルという魔物は山の付近に生息するらしい。元々目指していたルートから外れた事で遭遇したのかもしれない。
実感した通り、かなり強力な魔物として知られており、彼らと共に文字通り一矢報いたのは分散していた戦力から見ても十分な活躍だったと評価された。
隊員たちはより気を引き締めて進んだ。アイシャでさえ口数は少なくなり、もう半年以上も続いている旅とは思えないほどに、皆がキビキビと動いた。俺はあの後たくさんの荷物を運べるようになった。何故あのタイミングで脱皮が起きたのか、意味があったのか偶然なのか、考えても答えは出なかった。
隊長の話の通り、山岳を抜けた先には大河があった。流れも早く、深いため、泳いでは渡れないし、イカダの様な舟を作るのも現実的ではなかった。俺たちは川幅がなるべく狭く流れも穏やかな場所を探し、そこに巨大な杭を打ち、簡易的な橋を作ることにした。毎日、木や石で少しずつ道を作り、数週間後には、川の半ばまでは進めるようになった。
「魔物の気配も強まっている。明日、渡河を決行しよう」
グラッセンの声掛けに皆が頷く。
これまでの川の作業で小さな魔物には何度か遭遇していた。それぞれは強くないが水中での戦いは慣れないため思った以上に手こずり怪我人も出た。
その日の活動は休息だった。明日へ備えて各々《おのおの》が心身を休めた。
薪割りをしてどう見ても体を休めているとは思えないグラッセンに声をかけた。
「隊長、今日も試したいんだけど良いかな」
隊長と数人が見守る中、川へ飛び込む。泳ぎやすい軽装備とダガーだけを持ち、流されながらも川の中を進み見渡す。透き通る水ではないが、視界は悪くない。
泳ぎを得意だと思ったことは無かったが、腕輪の力で身体能力が向上したためか、隊の中でも群を抜いて泳げる様になっていた。そしてこの大河に着いて数週間、泳力の向上と水中での戦いに備えるために訓練を繰り返していた。
上流から始めて、組み上げた橋の近くに流された辺りで、川底にうごめく何かが目に入る。一度水面に顔を出し、大きく息を吸い込み潜水する。
水中にいたのは魚の様な見た目だが、顎の下から大量の触手が伸びた生き物だった。この辺りにいることから間違いなく魔物だろう。大きさは俺よりも小さかった。
ダガーを構え少しずつ近づく。明らかにこちらを警戒している様子だ。そして、あと体一つ分の距離に近づいた時、そいつは急に動き出した。
川底を這うように素早く進む。魔物に合わせ体の向きを変えるが、砂埃が舞い、段々と視界が悪くなる。狙ってやっているのだろうか。
丁度敵を見失った時に、ギギギギ、と鳴き声の様な音が聞こえる。音のする方を向くが魔物は見えない。
不意に後方から何かの気配を感じる。体をよじり避けると、針のようなものが頭の横を掠めた。
音はフェイクか。思ったより賢い魔物かもしれない。水底まで泳ぎ植物に掴まり、流されないように体の位置を固定する。
ギギギギという音が周囲から聞こえる。恐らく反射させて響かせているのだろう。音に惑わされないよう集中した。
その時、砂埃の中に魔物が見えた気がした。目視では見えないが確かにそこにいる。感じる。
植物に掴まっていた腕に力を入れて、目一杯のスピードで魔物の方へ突き進む。その瞬間、顔を逸らす。真正面から飛んできた針が、頬を薄く裂いた。そのまま腕を伸ばしダガーを前に突き刺す。ブスリと何かが刺さる感触がした。
それと同時に腕に何かが巻き付く。魔物の触手だ。強い力で体ごと引っ張られる。ダガーをねじり魔物の体を細かく斬りつけるが、触手は離れることなく、激しく絡みつきどんどん伸びて、肩の近くまで巻き付いてくる。触手の当たる部分からは刺すような痛みを感じる。棘が出てきたか、あるいは毒か。
呼吸ももう長くは持たない。
俺は、巻き付く触手ごと手繰り寄せ魔物に噛み付いた。魔物に深く刺さる鋭利な歯が、その肉を引き裂く。触手にも、体にも、何度も噛みつき魔物を食いちぎった。
いつの間にか、抵抗は無くなり、ボロボロになった魔物の残骸がそこにあった。魔物から煙が上るように血が吹き出しては流水に流され消えていった。腕に巻き付いた触手を解き水面に上がる。
怪我をした俺の姿を見た隊長は驚き、すぐさま手当をする様にと指示をした。
だがそれは不要だと分かっていた。触手に刺された傷を掻きむしり、腕の皮を剥ぐ。そうして肩、背中と皮膚は破けてゆき、やがて新たな体に生まれ変わった。川の水で付着した血を洗い流す。
腕の傷は消え去っていた。指の間には小さな水かきの様に薄い皮が張っている。腕や足に力が漲ってくる。
裸のまま川へ飛び込み水中を蹴る。水中を勢いよく進み上流へ遡った。自由自在に動き回れる。高揚する気分に思わず口角が吊り上がった。そのままイルカの様に水面から高く飛び上がる。
少し離れた岸には隊長たちの唖然とした表情がチラリと見えた。




