第十話 二度目
神殿への旅の出発までは2ヶ月ほどあった。何故そんなに準備に期間をかけるのかわからないが、俺の訓練もその要因の1つかもしれない。王宮隊の指南役からダガーの腕は多少なり認められたものの、剣を習得する必要があると毎日腕が動かなくなるまで厳しくしごかれた。
訓練も1ヶ月が経ったある日、いつもの手合いをしている時に体に妙な感覚を覚えた。初めての時とは違い、何が起こるかを本能的に感じ取れる。だが痛いような痒いような、なんとも言えない感覚にその場でのたうち回った。
驚く皆に構うことなく、俺は大きな叫び声を上げながら倉庫に駆け込む。
鎧を脱ぎ捨てると同時に、腕の皮膚が裂け、白い粘性のある膜がその隙間から顔を出す。血が入り混じり、まるで自分の体とは思えない光景に吐き気を催す。そして視界が白く反転し、ついに頭皮が裂けるのを感じた。
俺は脱皮をした。
不思議な感覚だった。こんな出来事があったのに冴えた頭で考えるのは今日の訓練のことだった。体の感覚が鋭くなっている。それでいて力強く繊細さも感じられる。
足元の衣服と鎧を身に纏い、訓練用の剣を掴んだ。軽く振るうショートソードは、自分の思い描いた軌跡を正確に辿っている。
外で心配していた指南役は脱皮をするのだと理解はしていたのだろう。驚きはしないものの、興味津々といった感じだった。
「もう一度手合わせをお願いできますか」
俺からの思いがけない提案に、指南役は聞き直した。だがすぐに理解し、近くにいた訓練生を相手役にと呼び寄せた。
「すいません、指南役がお相手してくれませんか」
その提案に指南役の表情が変わる。今まで3度手合わせをしたが、指南役を1歩動かすことすら叶わなかった。訓練用とはいえ毎度強烈な一撃を浴びて、しばらく手合わせはしたくないと思っていたほどだ。
それをわかっていて自ら提案してくるということに、期待はあったのかもしれない。
訓練用の木刀を手に取り、動きを確認する。毎日叩き込まれた、剣の振りも馴染んでいる様に思えた。
指南役がこちらに合わせてショートソードのサイズの木刀を持つ。お互いが正面に立ち深く礼をして、剣を構えた。
今まで以上に相手の強さが伝わってくる。頭の中で戦いを組み立てていた。右のフェイントから素早く左へ、そして下段。
相手に隙は見当たらない。王宮隊独特の剣術は脱力をした構えから、あらゆる動きに転じ、まるで水の様な柔軟さを持つ。曲線を辿る剣の軌跡は攻守の切り替わりが自然で、攻撃をしたつもりが気がつく頃には手痛い反撃を受けることになる。
ゆらりと体を左から右に揺らす。そして大きく右に踏み込んだ。相手の目の動きを注視しながら着地と同時に左へ反転する。指南役の視線が切れる。
視界外から下段への攻撃。いける!
腰のあたりへ当たると思った攻撃は、指南役が片足を上げ、ガツリと脛当てで防がれた。
この速さ、この動きでも防がれるのか!?
視界外からの攻撃を防がれた事には驚いたが、そのままステップで相手の後方に回り込む。弾かれた勢いのまま、今度は横から頭部を狙う。
訓練用の兜に横からクリーンヒットし、指南役の被る兜は宙を舞った。同時に胸に強い痛みを覚えてうずくまる。指南役は振り向かないままに、後方にいた俺の胸元に正確に突きを返していた。
医務室で指南役は嬉しそうに話した。
「たった1ヶ月程度の訓練でここまで出来たのは上出来だ。まさか俺と相討ちに持ち込めるとは。腕輪の力は本物だな」
だが俺としては勝てる気でいたので不満だった。それに王宮隊の連中は全員指南役よりも強いときた。
そんな不満を口にしていると、指南役からは笑われた。
「あいつらはガキの頃から20年以上剣を振るってるんだ。それも訓練じゃなく実戦でな。1ヶ月やそこらで追いつけるわけがないだろう」
やり取りを聞いていたマグナスも嬉しそうだった。医者に付き添い、傷口の様子を見たり血や皮を採取していた。マグナスが喜んでいるのは、怪我の箇所から肉片や皮を採取出来るからかもしれない。脱皮した皮も拾い満足気に聖堂に持って帰っていったらしい。
ベッドに寝転び腕輪を眺める。1度目の脱皮では剣術を会得しなかったのは偶々《たまたま》だろうか。もし訓練の影響があったのだとしたら、1度目はダガーによる戦いだけが強化されたのも頷ける。
腕輪の模様に触れる。腕に伝わる奇妙な感覚には未だに慣れなかった。




