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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第一章 ラビットハンター

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第九話 甘い香りと鉄の匂い

 翌日――重苦しい空気を引きずって……、


 「ねぇ、ユマーク。ご飯、まだぁ?」


 「……あのぉ、ユマークさん。私のブレーサー、どこですか?」


 ……いたのは、どうやら僕だけのようだ。


 朝からうちの女子二人は変わらず賑やかで、酒場の二階はさながらお祭りのようだった。


 これが昨日の空気を吹き飛ばそうとする気遣いなら、少しは可愛げもあったのだろう。

 だが残念ながら、こいつらはここへ来てから毎朝こんな調子である。


 「昨日、ベッド下に放っておいただろう。油を塗って、干しておいたぞ。」


 「あっ、本当だ。ありがと、ございます。」


 うちの女どもは、揃いも揃って家事スキルが低い。

 ナンナは辛うじて洗濯を手伝ってくれるが、それも自分の下着限定だ。武具や防具、その他の衣類に関しては一切あてにならない。

 だが、アイリに至っては『食う』『寝る』『狩る』で一日が完結してしまう。

 そう考えれば、まだナンナの方がマシとも言える。


 「ご飯、ご飯、ご飯。」


 会話中だろうがお構いなし。

 アイリは先ほどから、タンゴのリズムで延々と主張している。

 しかも徐々に声量が上がってきており、そろそろ無視するのも限界だった。


 「朝飯は……、無いぞ。」


 「……え?」


 ――


 「ギャーーーーー!!」

 「えええええぇぇぇ!?」


 部屋中に鳴り響く悲鳴。二つの高音は共鳴し合って、建具は小刻みに振動した。

――驚き方までそっくりだ。

 こいつら本当に姉妹なんじゃ……。


 「あぁっ、もう。昨日買えなかったんだから、仕方ないだろ。」


 耳をつんざく悲鳴は、止んだ後もしばらく『ウァン、ウァン』と鼓膜にこびりついていた。

 このまま放ってやりたい気持ちを『グッ』と飲み込んだユマークは大きめの麻袋を手に取って言った。


 「だから、行くんだよ。いざ、マルシェへ。」


 ◇


 また、増えてる……。

 石畳に沿うように並ぶ店々には、お馴染みの丸パンや果実。大きなチーズに燻製肉と色鮮やかな食材で溢れている。

 それに加えて今日は、使い古された片手斧や黒ずんだスクラムサクス。所々、つぎはぎされた鎖帷子に丸盾なんかは今も生々しく刃の跡が残っていた。

 これは冒険を辞めた冒険者が開いた謂わば引退組の蚤の市。最近ではこんな光景も珍しくなくなった。


 「うわぁ、久しぶり。何にしようかな?」


 あの日以来、買い物は僕の担当だ。アイリは役を買って出たが、それではすぐに破産してしまう。


 「ダメですよ、アイリさん。私たち、あんまりお金無いんですから、ねぇ。」


 「え〜っ。」


 チラリと見上げるその顔は、生粋の空気読みだ。

 本当は甘えたいはずなのに、それが出来ない。これはこの子の良いところでもあり、悪いところでもある。


 「うぅん、そうだな。じゃあ、今日の朝食はあれにしようか。」


 ユマークが指差した先――そこには、色鮮やかな果実を挟んだサンドイッチが並んでいた。

 艶やかな赤、緑、そして紫。切り揃えられた果実の断面は、まるで宝石を敷き詰めた細工箱のようだ。

 さらに目を引くのは、それらを包み込む乳白色のクリーム。

 淡雪のように柔らかなそれは、空気をたっぷり含んだ生地に挟まれ、今にも崩れそうなほど繊細なのに、不思議と美しい輪郭を保っている。

 ――フルーツサンドだ。


 二人の生唾を飲み込む音がこちらにも聞こえる。


 「正気か?ユマーク。あれはきっとかなりの強敵だぞ。」


 「ええ。あの艶……、絶対ただ者じゃありません。」


「安心しろ。生活費には手を付けない。こう見えて、多少の蓄えはある。」


 古参とまではいかなくても、一応僕だって、この世界じゃ先輩組だ。

 ゴブリン相手の『追いかけっこ』でコツコツ貯めた金が、まだ少し残っている。


 「へそくりですか……、なんか裏切られた気分、です。」


 「ははは……。」


 ユマークは思わず、誤魔化すような苦笑を漏らした。だが、ここに来たのはこれだけが目的じゃない。


 「やぁ、バルド。久しぶりだな、まだ生きてたか。」


 店主に話しかけるユマーク。その姿は何故か堂に入っている。


 「おぉ、悠真じゃ……、いや、ユマークだったか。わりぃ、わりぃ。お前、割とまんまだから、ついな。」


 やたら背が高く、垂れた目と締まりのない雰囲気。

 『くしゃくしゃ』と頭を掻く癖も、昔とまるで変わっていない。


 「まぁ、別にいいけど。ここじゃ本名を知らない奴も多いから、これからもユマークで頼むわ。」


「おう、分かった。ところで……それは一体どういう状況だ?」


 バルドの視線の先には――

 右腕にしがみつくアイリと、

 左手を繋ぐナンナの姿があった。


 「あっ、いや、これは……、なんだかんだと色々あって。それより、フルーツサンド三つ頼むわ。」


 「……だな。ここじゃ何があっても不思議は無いわな。よし、フルーツサンド三つで三千ゼルだ。」


 「おいおい、そりゃ高くないか。一つ七百ゼルって……。」


 「そりゃ、俺に見せびらかしたバツだ。」


 「そりゃ、ないよ。」


 久しぶりに交わした気取らない会話。それは心にこびりついた埃を払うような心地よい感覚。


 「悠真……さん?」


 繋いでいた左手が、きゅっと服の裾を摘まんだ。


 「今まで通り、ユマークで良いよ。」


 「へぃ、お待ちぃ。」


 生クリームたっぷりのフルーツサンドを掲げながら、バルドが得意げに声を張る。


 「それじゃ寿司屋の掛け声だろ。」


 軽くツッコミを返しつつ、ユマークは差し出されたフルーツサンドを受け取った。

 ずしりと重い。果物より生クリームの方が多いんじゃないかと思うほどだ。


 「がははっ、景気が良さそうに聞こえるだろ?」


 「値段は全然景気良くないけどな。」


 そんな小ネタを挟みながら会計を済ませると、 後はアイリに任せて、ユマークは本来の目的へ移った。


 「ところで、最近なにか変わったことはないか?」


 「そう言えば……。」


 バルドによると、最近は街を行き交う人の数がめっきり減り、売り上げにも影響が出ているらしい。

 勇敢な古参プレイヤーたちが攻略を進めている――という話自体は耳にする。


 一先ずはそれが理由とおもわれるが、いまだ新たな拠点となる街が発見されただとか、そんな景気のいい報せは未だ聞こえてこない。

 寧ろ、拠点もないのに戻ってこない方が気にはなる。


 「そういやぁ、こないだ街道沿いでゴブリンを見かけたって聞いたなぁ。暗かったんでよくは分からなかったみたいだけど。」


 《ゴブリン》

 この世界ではその見た目と臆病な一面から軽視されがちだが、僕の認識はそれとは少し違う。

 確かに奴ら単体で見ればそれほど脅威ではない。今のアイリであれば無双する事も出来るだろう。

 だが、人間に近い頭脳を持つ奴らは狡猾かつ姑息――要するに、性格が悪いのだ。


 機嫌良く狩っていたはずなのに、気付けば囲まれている。そして、いつの間にか自分たちが機嫌良く狩られる側になっている。

 かくいう僕もそういう目には何度か遭っていて、油断した瞬間をつけ込まれ、気付けば死に戻り。

 貴重な装備をロストしたことも一度や二度じゃない。

 だけど今、懸かっているのは『僕たちの命』だ。何を天秤に載せたところで、割に合う相手じゃない。


 もっとも、面白おかしく話すバルドのせいで、危機感が薄れている部分もあるのだろう。

 だからといって、ここで僕が声を荒げたところで、素直に聞き入れてもらえる気もしなかった。


 「そうか、分かった。気をつけておくよ。じゃあ、そろそろ行くわ。」


 これから背中を『守る』『預ける』彼女たちにどう伝えれば良いか考えるだけでも頭が痛い。

 僕は小さく溜息を零して振り返り、彼女たちの元へ歩みを進めた。


 「あっ、ちょっとダメですよ、アイリさん。」


 「大丈夫よ、きっとバレないって。」


 「何言ってるんですか、そんなの分かるに決ま――あっ。」


 二人が何やら揉めている。

 そしてその片割れは、口いっぱいにフルーツサンドを頬張り、リスみたいな顔になっていた。


 「えへっ。」


 満面の笑みを浮かべるアイリの口元からは、生クリームがはみ出している。どうやら今日の朝食は、よほどお気に召したらしい。


 「アイリィィィィィィィ!!」


 マルシェ中に響き渡る絶叫が、しばらく石畳の通りを反響していた。


 結局、僕の朝食を買い直す事になったので酒場に戻れた時にはお昼を回っていた。


 「ひぐっ……、半分残すつもりだったのぉ……。」


 アイリは空になった包みを胸元に抱えたまま、しゅんと肩を落としていた。


 僕はそんなに卑しくない。

 そんなに怒った訳じゃないのに過剰に反応している。このままじゃ僕の方が悪者になってしまう。


 「ただいまっ。」


 開店前の酒場は流石に静かで、やはり誰も返事はしてくれなかった。


薄暗い一階を抜けると壁には見たことのない張り紙があった。


【遺品回収依頼】

西側へ伸びる第三街道周辺にて、未帰還プレイヤーの遺留品が複数発見されている。 回収品には損傷の激しい装備、刻印の削れたタグ等も含まれるため、現在所有者の確認を進めている。

 該当区域にて装備品・刻印品を発見した者は、酒場受付まで持ち込まれたし。

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