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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第四章 分かたれた道

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第五十四話 預けられた命

 「……頼む。間に合ってくれ。」


 ガルドの声が零れる。


 激しく揺れる荷台の上で、ガルドは力なく横たわっていた。


 身体が揺れるたび――

 傷口からは血が滲み、激痛に顔が歪む。

 それでもガルドは、意識だけは手放そうとしなかった。


 ――まだ、間に合う。


 そう、自分に言い聞かせるように、ガルドは固く目を閉じた。


 「……大丈夫。眠っているだけだ。」


 ガルドの手を取ったリッカが小さく息を吐いた。


 僕たちは馬車に乗り、ガルドの指差した場所を目指していた。


 先頭はもちろん――

 アルクだ。


 明日にはこれに乗って、旅立つつもりだったのが、少しばかり予定が早まった。

 だが、試運転には丁度いい。


 それよりも気になるのは――

 ガルドが残したあの言葉だ。


 『た、助けてくれ。このままじゃ、あいつらが死んでしまう。』


 ガルドは決して弱くない。

 いや……。今じゃ、この街でも上位だ。


 そんなガルドが仲間を置いて、逃げざるを得なかった相手とは一体――


 「おい、ユマーク。見えてきたぞ。」


 その声に僕は荷台から身を乗り出し、目を細めた。


 「ガルドの……言った通りだ――」


 圏外。

 城壁沿いにそびえる小高い丘の1ヶ所。

 そこには、僕らを待っていたかのように口を開ける薄暗い洞窟があった。


 ――


 「ブルルルッ」


 いつものように鼻を鳴らす、アルク。

 その労をねぎらうように、ナンナは優しく彼の首筋を撫でていた。


 「本当だったな……。」


 アルセリオンは荷台に視線を向けて、ポツリと呟いた。


 「あぁ、急ごう。」


 その声にアイリは荷台縁に足を掛ける。


 ――その時だった。


 「お前たち、止まれ!」


 聞き覚えのある声色。

 でも、そこには記憶にあるような柔和な表情はない。

 ――シグリッド。

 

 「どうして……あんたが?」


 僕には分かっていた。

 ここに来る道中、西門を猛スピードで突破し、門兵を何人も弾き飛ばしたんだ。


 あの場を任されているこいつが出てこないはずがない。


 「その先は……行かせない。」


 そう言うと、シグリッドは静かに長剣を抜いた。


 「くっ!」


 僕も短槍を手に取ると、身体を半身にして、ゆっくりと体勢を整えた――


 ビュッ!

 短い風切音が僕の背後で響く。

 同時に、一筋の鈍い光を放つ矢が、シグリッドの足元に突き刺さった。


 「ユマークさん、アイリさん。早く――」


 ――振り返る必要はない。

 この声に何度助けられたことか。


 「残念ですが、薄暗い洞窟では夜目も効かないし、私の弓は役に立ちません。」


 「でも、ユマークさんとアイリさんなら……、」


 「《危険探知》と《勘》スキルを持つ、お二人であれば、あんな場所――屁でもありません。」


 張り詰めたこの空気の中でも、彼女はいつでも冷静だ。

 僕は思わず口元が緩んだ。


 ガチャッ――

 乾いた金属が擦れる音がした。


 「おい。俺たちを忘れてないか――」


 ナンナを庇うように、彼女の前に突き出された長剣と鉄槌。

 ――アルセリオン。そして、リッカ。


 「この死にぞこないのおもりなら任せておけ。」


 その後ろでは、短剣を携えたエイナルが静かに呟いた。


 「みんな……。」


 そう言葉を漏らすアイリの目は薄っすらと潤んで見えた。


 「そうはさせない。」


 シグリッドが長剣を頭上に振りかざす。

 それを合図に、茂みから白いブレストプレートをまとった兵士の姿。――およそ、二十人。


 「時間はないぞ、早くしろ。」


 僕らの前に踏み出たアルセリオンの声が飛ぶ。


 「死ぬなよ。」


 ひと言だけ残し、僕とアイリは洞窟の中へと入っていった。


 ◇


 僕らは途端に闇へと飲み込まれた。

 肌に触れる空気は一層冷ややかで、汗ばんだ身体を一気に冷やしていく。


 本当なら……。

 目が慣れるその時まで待っていれば良いのだろうが、今はそんな余裕などない。


 ガルドの話では……、

 闇に視界を奪われたその一瞬――

 正にその瞬間を狙っていたと言うのだ。


 僕の背筋に悪寒が走る。


 「ユマくん……。」


 アイリの声も震えている。

 おそらく、彼女もまた、同じ気分のはず。

 ――僕は震える拳を必死で握り締めた。


 「ユマくん――右!」


 アイリの声が届くと同時に、僕の危険探知が激しく警鐘を鳴らす。


 右のこめかみに風が触れる。

 ――僕は咄嗟に左に屈んだ。

 頭上に渦巻く風とともに、獣の匂いが鼻を掠めた。


 「真っ直ぐはダメ――避けて!」


 次に飛び込んだアイリの声。

 僕は大きく仰け反り、その反動を利用して短槍を思いっきり振り上げた。


 鈍い衝撃に両手が痺れる。

 それでも――僕は止めなかった。


 身を翻すと振り向きざまに一閃。

 その勢いのまま、八の字を描くように僕は連撃を繰り出した。


 一、二、三、四、五……。

 

 「ギィーッ!」


 苦痛に満ちた叫び声は、その気配を後方に移す。

 おかげで六撃目は空振りとなった。

 

 僕は目を細める。

 ぼんやりとした輪郭が、闇の中から浮かび上がってきた。


 狼に似た、巨大な四足獣。

 その姿は、まるで北欧神話に語られるガルムを思わせた。


 鋭く大きな牙を前に、僕の危険探知が今までになく激しく震える。


 「アイリ! こいつはダメだ。一旦、引くぞ……。」

 

 一閃。


 一瞬の出来事だった。

 瞬きすら許さぬその速さで振り下ろされた大剣が、四足獣の身体を正面から捉えた。


 激しく飛び散る瓦礫とともに四足獣はその身を二つに分けた。


 ――巻き上がる粉塵。

 僕の視界は再び遮られた。


 そして、徐々に晴れていく視界。

 その先には、鋭い眼差しを向けるアイリの姿が浮かび上がった。


 その表情は鋭く、握った大剣にはまだ微かな震えが残っている。

 彼女はゆっくりと目を閉じ、大きく息を吐いた。

 そして――


 「うん。危なかったね。」


 顔を挙げたその時には、いつものアイリに戻っていた。


 「あぁ……。」


 僕は一瞬、言葉を失った。


 さっきまで洞窟内を我が物顔で暴れ回った四足獣は、もう跡形もない。

 今はただ、微かに舞う粉塵だけがその痕跡を残していた。

 ――これを、たった一撃で。


 「……これが、アイリ。」


 僕は小さく呟いた。


 「なに?」


 アイリは不思議そうに首を傾げた。


 「いや……、なんでもない。」


 「それより先を急ごう。」


 僕は小さく首を振ると、彼女の手を取りその奥へと進んでいった。


 その頃――


 ガキィンッ!

 鋭い金属音と荒い息遣いが周囲に響く。

 目の前では殺意に満ちた眼光が鋭く突き刺さる。

 

 「殺すなよ。」


 「わかってる。」


 短く答えたアルセリオンは柄を握り直した。


 実力は上――

 経験なんか比較にもならない――


 それでも、『殺さない』このひと言が今は重くのしかかる。

 それはナンナも同じだった。



 引き絞った弦の狙いが定まらない。

 もし、当たれば……。

 その思いが、何度も頭をよぎる。


 「ナンナ! もっと下がれ。」


 エイナルの言葉が後ろから飛び込む。

 リッカが振り下ろした鉄槌の爆風に、顔を覆いながらナンナは荷台まで退いた。


 「初めて……、名前を呼んでくれましたね。」


 ナンナは小さく微笑んだ。


 「ふん。」


 エイナルは鼻を鳴らす。


 「それより、どうする? このままじゃジリ貧だ。」


 ナンナは周囲を見渡した。


 やはり、アルセリオンとリッカの実力は段違い。圧倒している。

 それでも――


 隊列を成し、荒波のように押し迫る兵士を前に、疲労の色は次第に濃くなっていた。


 「分かっています。 でも――」


 「あの人たちの背中を預かったんです。」


 「お二人が戻るまで、引くつもりはありません。」


 ナンナは勢いよく弦を引き絞る。

 一射。

 リッカの背後を狙う兵士の足元へと突き刺さった。


 「言うようになったな。」


 リッカはナンナの言葉に口元を緩めた。


 「それじゃ――」


 リッカは頭上で鉄槌をぐるぐると回し、少しずつシグリッドとの距離を詰める。

 ――シグリッドの顔色が変わった。


 その瞬間――

 風を巻き込みながら鉄槌が地面へと振り落とされた。

 轟音を響かせ、地面が裂ける。

 周囲に飛び散る瓦礫がシグリッド目掛けて襲いかかった。


 シグリッドは必死で長剣を振り回すが、捌ききれるものではない。

 シグリッドが身体を屈めて身を庇った瞬間、両脇より現れた兵士が身を挺して受け止めた。


 その勢いで兵士たちの身体は後方に弾け飛んだ。


 リッカは薄っすらと笑みを零し、何度でも続けてやると言わんばかりに、再び鉄槌を振り回し始めた。


 「……待って下さい。」


 その様子を見ていたナンナの視界に、新たな異変が映った。


 遠くからは連なる足音も聞こえる。


 一つ、二つ――

 それは、確実にこちらへと近づいていた。


 「援軍……。」


 ナンナは遠視スキルでその数を捉えようとした。


 一人……二人……三人――。


 だが、その先にも兵士の列が続いている。

 その数は、到底数え切れるものではなかった。


 「そんな……。」


 ナンナの瞳が涙で潤む。

 膝はガクガクと震え、弓を握る手も小刻みに揺れる。

 それでも――


 「お二人が戻るまで――」


 「その命、私に預けてください!」


 ナンナの目には、もう迷いはない。


 「ヒヒーン!」


 アルクが大きく嘶く。


 「うおぉぉ――!」


 雄叫びとともに、両手に短剣を携えたエイナルが飛び出した。


 宙を舞い、身体を翻す。

 そのたびに短剣が閃き、兵士の手元だけを正確に斬り払っていく。


 その様子にアルセリオンとリッカは、互いに顔を見合わせ、肩をすくめた。

 そして――

 

 二人の視線がシグリッドを捉える。


 「行くぞ――!」


 「おう――!」

 

 ナンナは三人の背中を目で追いながら、必死で弓を射続けた。

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