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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第四章 分かたれた道

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第五十三話 旅立ちの前に

 ――変革。

 正に、この言葉がピッタリだ。


 城門の封鎖が解かれて以降、街は徐々にその姿を変え始めている。


 雑踏のざわめきは変わらない。

 けれど、行き交う人々の表情からは、以前までの淀みが消えている。


 そして、この街の象徴であった噴水広場も今は木柵で囲われていた。


 《黎明府》

 木柵に吊るされた看板には、そう記されている。


 だが――

 今はまだ、それを気に留める者はいなかった。


 「何これ? せっかく、ひと休みしようと思ったのに……。」


 アイリは不満気に頬をぷっと膨らませた。


 シオンにも大義名分があるのだろうが……、

 さすがにこれじゃ、アイリが怒るのも無理はない。


 「さぁな……。始まりの為に終わるってことだろ。」


 僕は吊るされた看板に目を向けて、素っ気なく呟いた。


 買い出しの帰り道。

 ふと立ち寄った噴水広場には無造作に角材が積まれていた。


 この世界に囚われた最初の夜。

 二人で夜を明かした憩いの場は今、その役割を静かに終えようとしていた。


 「……なんか、淋しいね。」


 アイリがポツリと呟いた。


 「そうだな……。アイリのサボる場所が、また一つ無くなった。」


 僕の言葉にアイリは鋭い視線を向けた。


 「あっ! それ、ひどぉい。今日だって、こんなに働いてるのに。」


 そう――

 僕たちはつい先日、産声を上げた《極光旅団》の目標である、虹のビフレストを目指し、準備を進めていた。


 それは、この世界に囚われたプレイヤーたちの悲願でもある。


 そして、その先にあるミルズガルズへ辿り着ければ、僕の願い――アイリを現実世界に返すことも、きっと叶うはずだ。


 そのために、今日は朝から大忙しというわけである。


 リッカとエイナルは当面の食料の確保。

 ナンナとアルセリオンは武器や日用品の調達。

 そして、僕とアイリは――


 「それにしても、なんで私たちは街の見回りなんだろう?」

 

 「…… ……。」


 「あっ! せっかくだし、バルドさんとこも寄っておかない?」


 アイリは声を弾ませ、バルドの店へと駆けていった。


 ナンナが買い出しを頼まなかったのは、

 ――たぶん、そういうところなんだろう。


 結局――

 僕らがナンナの任務を終える頃には、陽もすっかり傾いていた。


 本当は、まだまだ寄りたいところはあった。


 ――これで見納め。

 そう、思うと尚更だ。


 二人の願いを全て叶えようとするなら、あと三日は必要だっただろう。


 だから、最後にバルドとターバン男にだけは挨拶をしておいた。


 できれば、ガルドら三人組も……と思っていたが、それは結局叶わなかった。


 ターバン男は、やっぱり――


 『客商売には向かないな』


 そう言って、クスクス笑う二人の笑い声が、静かに響いていた。


 そして、気づけば七人目のギルドメンバーを前にしていた。

 ――もちろん、アルクだ。


 「ブルルルッ」


 彼はいつものように鼻を鳴らし、僕らを出迎えてくれた。


 アイリは彼の首筋に手を置き、そっと撫でた。


 「ねぇ、ユマくん。覚えてる?」


 「私たちが初めて出会った時のこと。」


 「あぁ、ヴァルプルギスの夜……だな。」


 「足をバタバタさせて、下手くそなダンスを踊って……。思い出したら、今でも笑える。」


 「うるっせぃ。」


 「それなのに、なんで声を掛けたんだと思う?」


 「そんなの……、見てられなかったからだろ。」


 「うん。それもあるけど……。」


 「どうしようもなく下手なのに、それでも一所懸命に頑張ってる君がすごく眩しかった。」


 アイリは少しだけ目を伏せた。


 「そんな君が、今は私を助けようとしてくれている。」


 そして、ゆっくりと僕の顔を見つめる。


 「もし、本当に戻れたとしたら……。」


 ほんの少しだけ、寂しそうに笑って――


 「必ず会いに来てね。ずっと待ってるから。」


 「アイリ……。」


 「 ……んっ!?」


 アイリの華奢な肩を抱き寄せた瞬間――


 厩の向こう。

 いななくアルクの先に並び立つ二つの影。


 ……一。

 ……二。

 ……三。

 ……四。


 四つの瞳が、こちらを見ている。


 「ちょっと、押さないで下さい……。」


 ナンナは小声で抗議する。


 「アルクが邪魔でよく見えないんだ。もうちょっと……。」


 アルセリオンが身を乗り出した。


 「おい! お前たち、なにしてるんだ。」


 僕が声を上げた瞬間――


 「きゃぁ!」

 「うわぁ!」


 ナンナとアルセリオンは悲鳴とともに大きく仰け反り、そのまま勢いよくすっ転んだ。


 僕とアイリは地面に這いつくばった二人をグッと見下ろした。


 「いや、これは……、その……。」


 しどろもどろのナンナ。

 目は泳ぎっぱなしで、今にも泣きそうになっていた。


 「お前たちがじれったいから、ナンナが気を利かせてだな――」


 そう言いかけたところで、アルセリオンの言葉が止まった。

 見上げると、アイリがじっと彼を睨んでいた。


 「まったく……。」


 「「すいません。」」


 僕が大きくため息を吐くと、二人は揃って力なく項垂れた。


 ――その時。


 遠くから、激しい足音が響く。

 次第に、大きくなるその音に、僕は視線を向けた。


 「こんなところにいたのか、探したぞ。早く中に入れ!」


 現れたのはエイナルだった。

 彼にしては珍しく、息を切らしている。


 その声に、真っ先に反応したのはアイリだった。

 彼女はエイナルをじっと見つめると、すっと目を細めた。


 何かを感じ取ったのか――


 そのまま何も言わず、酒場へと駆け出した。

 僕らもすぐに、アイリの背中を追った。


 《勘》スキル

 こういう時は、大抵ろくでもないことが起こる――


 酒場の扉が、激しい音を立てた。


 飛び込むと、そこには――

 立ち尽すアイリの姿があった。


 彼女は、ただ足元を見つめている。

 その先には――

 見慣れたフルプレートの足装具があった。


 僕は一歩だけ、右足を前に出す。

 その音に釣られるように、アイリの膝が崩れ落ちた。


 反射的に彼女の腰へと手を伸ばす。

 今の僕には、そうすることしかできなかった。


 彼女の温もりが手に伝わったと同時に、僕の顔から血の気が引いていく音がした。


 ガルド――

 酒場の床に横たわっていたのは、彼の変わり果てた姿だった。


 彼の代名詞であるフルプレートは無残に引きちぎられ、腹部からは今も血が滲んでいる。


 「ガルドさん!」


 ナンナは僕らを掻き分けて駆け寄ると、ガルドの手をギュッと握った。


 その目からは、もう涙が止まらない。


 「ガルガルさん……。」


 今にも消えそうなアイリの声が、僕の胸に響く。


 震えるその身体が壊れてしまわぬように、僕はギュッと引き寄せた。


 何故、こんなことに――

 まだ、なにも話せてないのに……。


 「おい、なにをしてる。」


 「そんなところに突っ立ってないで、早く手伝え。」


 ドスの利いたリッカの声が、頭上をから降り注ぐ。


 僕は視線を上げるとそこには、怪訝そうなリッカの顔があった。


 「手伝えって……。」


 僕が小さく呟くと――


 《ピキッ》

 こめかみに青筋が浮かびそうな顔で、リッカが僕を睨んだ。


 そして、ガルドへ視線を向ける。


 「いつまで寝てるんだ。起きろ!」


 リッカの蹴りが、ガルドの脇腹を捉えた。


 「ウギャー!」


 悲鳴を上げたガルドは、そのまま床をゴロゴロと転げ回った。


 「死んで……ない。」


 僕が呆然と呟くと、リッカは鼻を鳴らした。


「あったりまえだろが。死んだらポリゴンが弾け飛ぶから、ここまで帰って来られない。」


 リッカはガルドの傷口をちらりと確認する。


 「さっき、傷薬も飲ませたから――」


 「すぐに動けるようになる。」


 リッカは腰に手を当て、ぶっきらぼうに言い切った。


 「ててて……。」


 ガルドはゆっくりと身体を起こした。


 「一体、なにがあったんだ?」


 「あっ!そうだ。」


 ガルドは目を見開き、僕へと身を乗り出した。


 「た、助けてくれ。このままじゃ、あいつらが死んでしまう。」

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