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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第四章 分かたれた道

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第五十五話 素顔の旅立ち

 「……まさか、こんなことが……。」


 シグリッドは目を疑った。

 我がギルドはおよそ五十人。それに対し敵は……。

 ――たった四人と一匹の馬。


 戦力差は、誰の目から見ても歴然だった。


 それなのに――

 シグリッドは、目の前の光景を理解できずにいた。


 奴らの顔色を見ろ。

 疲労で肩を揺らし、苦痛に顔を歪めている。


 ――満身創痍。

 立っていることさえ不思議な有様だ。


 それなのに――

 なぜ、立っている?

 なぜ、笑っている?


 シグリッドは、目の前の四人をじっと見つめた。


 何か見落としているはずだ。

 そう思い、何度も彼らの姿を見回した。


 だが――

 いくら考えても、答えは出ない。

 シグリッドは、無意識に眉間へと指を当てた。


 ヒューッ!

 風切音が、シグリッドのこめかみをかすめた。

 シグリッドは、とっさに身を引き、鋭い視線を前方へ走らせた。


 そこには――

 乱戦の中で、ただ一人。

 シグリッドだけを見据える少女が立っていた。


 「どうして邪魔するんですか――」


 「私たちは仲間を守りたい……、ただそれだけなのに!」


 ナンナの鋭い視線は女騎士に向けられた。


 「そんなこと、お前には……分かるまい。」


 シグリットが、そう言った瞬間――


 「――それは、どうかしら?」


 その声とともに――

 二条の閃光が戦場を切り裂いて、シグリットへと迫る。


 「……ッ!」


 シグリッドは咄嗟に身を捻る。

 一本目が頬を掠め、二本目が鎧の脇を抜けていく。


 思わず、シグリッドはその軌跡を追った。

 その先に立っていたのは――

 

 「アイリさん……。」


 その姿に目を潤ませるナンナ。

 声はもう、言葉を成さなかった。


 アイリは大剣を肩に担ぐと、ナンナへと視線を向けた。


 「よく頑張ったね、ナンナ。」


 アイリの柔らかな笑顔を見たナンナは、その場に崩れ落ちた。


 「――あとは、任せて。」


 そう言うと、アイリはゆっくりとシグリットの方へ歩き出した。


 一歩、また一歩――アイリは歩みを進める。

 その後を追うように、剣戟がひとつ、またひとつと止んでいく。

 アイリが通り過ぎた場所からは、戦場の音が静かに消えていった。


 誰もが、無意識に手を止めていた。


 そして――

 アイリの目には、シグリッドしか映っていなかった。

 

 「何のおつもりですか?」


 シグリットは静かに長剣を握り直した。


 「ッ!?」


 その言葉にアイリの視線は一層鋭さを増す。


 「あれを見てもそんなこと――言う?」


 アイリの視線を追ったシグリットは目を見開いた。

 

 ――地面に転がる、長剣と短剣。


 「見覚え……あるよね。」


 アイリは静かにシグリットへ視線を向ける。


 「あの長剣、あなたたちギルドのよね。そして――」


 アイリの視線が、もう一方の武器へと落ちる。


 「鴉が使う……短剣だな。」


 エイナルの声が小さく零れる。

 その言葉にシグリットは小さく息を吐いた。


 「確かに……。」


 「その長剣は、私たちギルドのもの。きっと、鴉を追ったあの子が落としたのね。」


 シグリットは長剣を拾い上げると、そっと抱き寄せた。


 「えぇ、あの洞窟の中でね。そして、その短剣もその傍で……。」


 「でも――変じゃない?」


 アイリは、長剣と短剣を見比べる。


 「二人とも、同じ場所で武器を落とすなんて。」


 「もしかして……ここで戦ってでもいたのかしら?」


 そして、静かにシグリッドへ視線を戻す。


 「例えば――コンバット状態を作り出すためとか。」


 「証拠は……?」


 シグリットは静かに目を閉じた。


 「証拠はないわ。だって、揃って魔物に襲われたあとだったもの。でも――」


 「証人ならいるぞ。」


 洞窟から聞こえる声。

 闇に紛れたその荒い息遣いは徐々にその輪郭を縁取っていく。


 「ユマークさん。」


 「お、おまえら――」


 荷台から聞こえるガルドの声。

 それは、ナンナの声と重なった。


 フルプレートをまとった二人は、ガルドのもとへ駆け寄った。


 「心配させやがって……。」


 「おまえこそ、無茶しやがって!」


 三人は互いの肩を掴み合った。

 言葉にならない声が、次々と漏れる。

 だが、誰も人目など気にしてはいなかった。


 「……ユマーク。どういうことだ?」


 腕を組んだアルセリオンから疑問が零れ落ちた。

 

 「それは――」


 僕の言葉を遮るように、ガルドが身体を起こして話し出した。


 「あの朝――」


 「狩りに出た俺たちは、たまたま見つけた洞窟で見たんだ。」


 「《蒼穹の誓い》と《霧影の盟約》が争っているのを……。」


 「でも、俺たちはすぐに気づいたんだ。剣を交えた二人に殺気がないこと……。」


 「意図的にコンバット状態を作り出した……。」


 「しばらく、岩陰に身を潜めて決定的な証拠を得ようとしたんだが……。」


 「そんな時、あいつが現れたんだ。バカでかい、四足獣――」


 ガルドの表情がわずかに強張る。


 「岩陰にいた俺たちは何とかやり過ごせたが、あの二人は一瞬だった。今思い出しても身震いがする。」


 「このバカは、このままじゃみんな殺されるって、一人で駆け出していきやがった。」


 「囮にでもなったつもりだろうが……。」


 「死に損なっちゃあ、様になんねぃな。」


 そう言って、三人は抱き合った。


 その姿に、再び武器を握ろうとする者はいなかった。


 「そうか……そういうことか。」


 シグリットはボソリと呟き、身を翻した。


 「撤退する。」


 彼女がそう告げると、兵士たちは静かに武器を収め、再び整然と隊列を組んだ。


 「――待って下さい。」


 ナンナはシグリッドたちを追うように、一歩前へ駆け出した。

 

 「これは……あなたたちの望む平穏な世界に必要なことなんですか?」


 ナンナの声は震えている。

 今にも弾けそうな感情を必死で堪えているようにも見えた。


 「それは……誰にも分からない。」


 ひと言だけ残して――


 シグリッドたちは踵を返した。

 やがて、その背中は西門の向こうへと消えていった。


 しばらく、誰も言葉を発しなかった。


 「さっ、僕たちも帰ろっか。」


 西へ傾いた陽が、長い影を地面へ落としている。

 僕たちはその影を引き連れるように、静かに家路へとついた。


 ◇


 夜が街を包み、そして――

 東の空はだんだんと白み始め、右手に持つ短槍が照らされる。


 「すまない、ユマーク。一緒に行けなくて……。」


 いつになく、リッカの声がしおらしい。

 肩を震わせ、言葉も続かない。


 「あぁ、仕方ないさ。」


 「それより――ガルドたちを頼んだ。」


 「あぁ、任せろ。」


 リッカの隣でエイナルが頷いた。


 「でも、やっぱり心配だよ。また、奴らが襲ってきたらと思うと……。」

 

 アイリは腕を組み、首を傾げた。


 「それなら――」


 「大丈夫だ、問題ない。あれは近くのギルドメンバーがコンバット状態の時にしか、成立しない。」


 僕の言葉を遮るようにエイナルが答えた。

 ――考案者の言葉だ。

 これ以上の適任者はいない。


 「リッカさん、こっちは大丈夫ですよ。アルセリオンもいるし、なにより――」


 ナンナの言葉にアイリが胸を張った。


 「アルクがいてくれますから――」


 ナンナは悪戯な笑みを浮かべて、アルクのたてがみを撫でた。


 「もぉ、そこは私。でしょ。」


 六人の間に静かな笑い声が響いた。


 「それじゃ、行ってくるね。」


 そう言ったアイリは、リッカの元へと歩み寄った。


 アイリはそっと顔に手をやった。


 いつもそこにある仮面――

 彼女は確かめるように指先でその輪郭をなぞった。

 そして――


 「これ……預かっておいて。」


 外したコロンビーナの仮面をリッカに差し出した。

 

 リッカの目から、一筋の涙が零れる――


 もう、自分では止められなかった。


 

 素顔のアイリは恥ずかしそうな笑みを浮かべて、リッカの顔を覗き込んだ。

 ――そして、何も言わずに荷台へと跳び乗った。


 「それじゃ、行くか。」


 僕の掛け声とともに、ナンナとアルセリオンも荷台から顔を出す。


 そして――

 四人は揃って振り返り、大きく手を振った。


 「じゃあ、またね――」



      「――第一期 完――」


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