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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第四章 分かたれた道

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第五十一話 譲れないもの

 「これから平穏な世界を築いていくのですから……、」


 「彼のような極悪人は邪魔なんですよ。」


 シグリッドは、すっと微笑んだ。

 まるで、それが当然のことだと言わんばかりに。


 エイナルは元《鴉》――

 人を殺めることすら厭わない、犯罪者の集団だ。彼は少し前まで、そこに属していた。


 足を洗った今でも、その過去からは逃れられない。


 僕は思わず振り返った。

 だが、エイナルは何も言わず、ただ真っ直ぐ前だけを見つめていた。


 アルセリオンもなにも話そうとはしない。

 ただ、時間だけが過ぎていく。


 「これでお分かり頂けましたか?」


 「彼がこの世界にとって、いかに危険であるかを。」


 「えっい。」


 何とも間の抜けた掛け声。

 それと同時に、アイリは大剣を薙ぎ払った。


 「なにを……。」


 シグリッドは眉をひそめて、アイリを見据えた。


 「ほい、ほい、ほい……。」


 そんなことなどお構いなしに、アイリは右へ左へと大剣を振り回した。

 その姿はまるで――神社の巫女さんである。


 「えぇい、なにをするのです!」

 

 ついにシグリッドが声を荒げた。


 「邪魔なんでしょ?」


 アイリは大剣を振りながら、きょとんと首を傾げる。


 「なら、私が先に始末されちゃうなぁ。」


 「それじゃ、二回戦と行きましょうか!」


 アイリは薄い笑みを浮かべ、シグリッドを見据えた。


 「ちょっと、待て、待て。」


 僕は慌てて二人の間に割って入った。

 決して、シグリッドの肩を持つつもりはなかったが、それでも無駄な争いは極力避けたい。


 そもそも、ここは圏内だ。

 剣を交えたところで、互いに時間を浪費するだけである。


 「いや……、そうとも限らないぞ。」


 僕の前に歩み出たアルセリオンはボソリと呟いた。


 「どういうこと?」


 「こいつらはここに来るまでに相当の準備をしてきたってことさ。」


 「なぁ、シグリッドさん。」


 アルセリオンの視線がシグリッドを捉える。


 「あらっ。 そこまでご存じなのですね。」 


 シグリッドは涼し気な顔でさらりと言ってのけた。

 

 「どういうこと?」


 ナンナは首を傾げ、アルセリオンをすっと見上げた。

 その姿に口元を緩めたアルセリオンは、ゆっくりと兵士たちを見渡した。


 「もう――」


 「圏内PKの準備は、出来てるってことだ。」


 「いや――」


 アルセリオンは、シグリッドへ視線を戻す。


 「正確には、炊き出しを始めた時には、もう整っていたと言った方がいいかな?」


 「表向きは、街に住む人のために……。」


 「でも、実際はあのおっさんを誘き出す罠。」


 「俺はまだ、二十四だ。」


 エイナルは不満気に呟いた。

 だが、その口元だけは微かに緩んでいた。


 「城門付近を炊き出しの場所に選んだのだって、圏内PKを成立させやすくするためだ。」


 「本当に人助けが目的なら、噴水広場の方が人は集まりやすい。」


 「……でも、おっさんは来なかった。」


 アルセリオンは一度言葉を切り、エイナルへ視線を向ける。


 「もしかして、これが罠だって見抜いてたんじゃないか?」


 エイナルは、ふんと鼻を鳴らした。

 その口元には、ほんの僅かな笑みが浮かんでいる。


 「だが、おっさんにも誤算があった――」


 アルセリオンの表情から、わずかに笑みが消えた。


 「……それは、アルクの誘拐事件だ。」


 エイナルの眉がピクリと動く。


 「あれは、ただ圏外への希望を絶とうとしただけなんだろうが……。」


 「そこで、ユマークたちと一緒にいるところを兵士にバレてしまった。」


 アルセリオンは静かに兵士たちへ視線を移す。


 「そして――」


 アルセリオンはゆっくりと視線を落とした。

 そして、そこに残された答えを確かめるように、静かに呟いた。


 「居場所が割れてしまった。」


 その言葉にエイナルは静かに目を閉じた。


 「なかなか興味深いお話ですね。」


 「まぁ、これが作り話でなければもっと良かったですのに……。」


 アルセリオンに視線を向けるシグリッドの口元が微かに緩んだ。


 「ちょっと……、」


 アイリの言葉を遮るようにシグリッドは話を続けた。


 「このお話を聞いて――」


 「信じる者など、果たしているのでしょうか?」


 確かに。

 これはあくまでアルセリオンの推測だ。

 証拠など、どこにも無い。


 僕は拳をギュッと握りしめた。


 「さぁ、そちらの鴉を引き渡して頂きましょうか?」


 「鴉……?」


 僕は思わず聞き返した。


 「そう言えば、なんであんたはエイナルが鴉だと知ってるんだ?」


 アルセリオンも眉をひそめる。


 「確か……こいつ、人前じゃ黒頭巾を被ってたはずだぞ。」


 「顔も知らない奴を極悪人呼ばわりするなんて……。」


 僕はシグリッドを睨みつけた。


 「あんたら、とんでもないな。」


 ――違和感。

 シグリッドがエイナルを狙う理由。

 僕らは、自然と「鴉だから」だと思い込んでいた。


 だが――

 そもそも、どうして彼女はエイナルを知っている?


 「おい、おまえら!」


 シグリッドに視線を向けたエイナルが、珍しく声を張り上げた。


 「いいか、おまえら!」


 「今後一切、こいつらには手を出すな。」


 エイナルは一度、僕らを振り返った。

 そして、すぐにシグリッドへ視線を戻した。


 「そうすれば、俺もお前たちには口出ししない。それでいいな!」


 ――違う。


 「えぇ、それで……構いませんよ。」


 シグリッドの言葉に、エイナルは口元を緩めた。

 そして、一歩――右足を前へ踏み出した。


 「ふ、ふざけるな!」


 僕は持てる限りの力を振り絞り、叫んだ。

 だが、彼は歩みを止めなかった。


 エイナルは死ぬ気だ、僕らのために――

 

 「ダメ――」


 続いて、アイリの声が木霊する。

 それでも、エイナルは振り返らなかった。ただ一人、シグリッドへ向かって歩き続けた。


 その時だった――


 「……どういうおつもりですか?」


 シグリッドは異変に気付く。

 ――その視線の先には明らかな敵意。


 ナンナは使い古した弓を構えていた。

 そして、鈍く光る矢尻は確実にシグリッドの額を捉えていた。


 ナンナは一言も発しない。

 ただ、弦のギシギシと軋む音だけが辺りに響いていた。


 「……まったく。」


 シグリッドは小さく息を零した。


 「お辞めなさい。そんなことをしても、なんの意味もないことがまだ分からないのですか?」


 「あなたこそ……まだ気付かないんですか?」


 ナンナの声は震えていた。

 けれど、その言葉に迷いはなかった。


 「圏内PKは、なにもあなたたちしか出来ない……、わけじゃないんですよ。」


 「なに!」


 シグリッドは反射的に周囲へ視線を走らせた。

 だが、特に変わった様子は見られない。


 「ふふっ……何かと思えば。」


 シグリッドは小さく笑った。


 「この期に及んで、そんなハッタリが通じるとでも?」


 「あなたは、見誤っています。」


 シグリッドの笑みが止まる。


 「私たちって――実はお友達多いんですよ。」


 僕は酒場へ視線を向けた。


 「今頃……。リッカさんが、あなたのお仲間と交戦している頃ですかね。」


 「圏外で――」


 「ここまで言えば……分かりますよね。」


 僕の口元が緩む。


 「ダメだよ、ナンナ。リッカさん相手じゃ五分も持たないよ。」


 僕は追い打ちを掛けるように、言葉を添える。


 その瞬間――

 城門の方から聞こえる爆音。

 続いて、地響きが轟いた。


 「あぁあ、言わんこっちゃない。」


 僕は肩をすくめて戯けた顔を見せた。


 「早くしないと……、どんどん減っちゃうよ。」


 「お友達――」


 シグリッドは初めて言葉を失った。

 その様子にエイナルは目を丸くしていた。


 「お前たち……。」


 エイナルの声が零れる。


 「約束通り、エイナルは口出ししない。」


 「だが、こいつだけは……もらっていくぞ。」


 僕は振り返ると、エイナルの肩に腕を掛けた。


 「仕方ないですね……。どちらにせよ、粘られては私たちに勝ち目は有りませんからね。」


 「あと一日だったんですが――」


 「仕方ありません。皆さん、帰りますよ。」


 そう言い残すと、シグリッドはマントを翻し、踵を返した。


 「さっ。それじゃ、早く行こうか。」


 僕はエイナルの肩を軽く叩いた。


 「……お前ら、本当に……。」


 エイナルは呆れたように息を吐く。


 「はい。リッカさんの通った後は、片付けが大変ですからね。」


 ナンナは悪戯っぽく笑って見せた。


 焼けた石畳はいつもと変わらず、揺らめいていた。

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