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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第一章 ラビットハンター

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第五話 その一撃のあとで

 「おいおい……。見てみろよ、あの三人。……いるんだよなぁ、たまに。ピクニック気分で狩り場に行こうってヤツ。」


 (おいおい、聞こえてるって。)


 石畳の大通りは、そのまま外壁へと伸びている。

 その道すがら、全身を鈍い鉄色のフルプレートで固めた三人組が、こちらを見ながら何やら話し込んでいた。

 古参か、あるいはベータテスターか。

 場慣れした立ち姿と、周囲を見下すような態度には妙な貫禄がある。

 かたやこちらは、吹けば飛びそうな軽装だ。

 少女に至っては普段着同然――物珍しく映るのも無理はない。

 ――どちらにせよ、友好的でないのは確からしい。


 「ねえねえ、見てみて。いるよねぇ、装備だけで強くなった気になってる人。」


 どうやらアイリは、その視線がお気に召さなかったらしい……。


 「……あ? 今なんつった?」


 見事なまでの悪役っぷり。

 ここまでくるにはさぞかし、たくさんの練習をしたことだろう。


 「やめとけって、アイリ。知ってるか?切られ役には相当の技術がいるって話だぜ。」


 「上等だ。……いいぜ、相手してやるよ。」


 「…… ……。」


 三人のこめかみに青筋が浮かび、籠手が軋む音まで聞こえてくる。 ――そろそろ潮時か。


 顔を真っ赤にした三人組は、今にも頭から湯気でも噴き出しそうな勢いだ。

 実際、真正面からやり合って勝てる相手には見えない。

 それでも煽り続けたのは、プレイヤーキルに課せられた制約を当てにしていたからだ。

 ユグドラシルにおいて、プレイヤーキルは重罪である。

 ――レッドタグ。

 ――街への立ち入り禁止。

 ――運営からの処罰。

 ――社会的制裁。


 そのどれもが、行為の代償としてはあまりに重い。

 昨晩の件があってからは、なおさらだ。 ログアウト不能のデスゲームで街を追われる――それがどれほど致命的か、もう笑い話では済まない。

 もっとも、この手の抑止力も万能じゃない。

 激情に駆られた相手や、自暴自棄になった人間には通じない。

 要するに――使いどころを間違えれば、ただ相手を逆上させるだけだ。


 「おい、お前ら。何してるんだ?」


 (しまった、加勢か?)


 三人組のさらに後ろから、野太い声が飛んできた。

 こちらを値踏みするような口ぶり――十中八九、あいつらの仲間だろう。今も頭上からは、叩きつけるような威圧感がヒシヒシと伝わってくる。


 「もしかして、あんたがリーダー?だったら仲間の躾しくらい、ちゃんとしときなさいよね!」


 しまった……、すっかり忘れてた。向こう見ずで危なっかしい彼女の事だ、こうなる事は予想できたはずなのに。


 「なんだとぉ、やんのか、コラッ!」


 「なによ、かかってきなさいよ。」


 彼女はフルプレートの大男を前にしても一歩も引く気配はない。寧ろ、アイリの方がジリジリと距離を詰めてその機会を狙っている。


 《鉄色の鈍い殴打音と乾いた破裂音》

 リーダーらしき男の拳が、部下の鉄兜を打ち据える――鉄色の鈍い殴打音。

 その直後だった。

 アイリを止めようと身を乗り出したユマークの頬へ、彼女の平手打ちが炸裂する――乾いた破裂音。

 ユマークの身体はフルプレートの巨体より早く宙を舞っていた。

 ――その後の事は……、あまり覚えていない。


 ◇


 気を失っていたのは、ほんの数分だったと、横に座り込んでいたナンナが教えてくれた。

 少女の目は少し潤んでいて、顔色もあまり良いとは言えない。ただ、今すぐに少女を思いやれるほどの元気はなかった。


 赤くなった頬と捻った首がジンジンと痛む。

 ただ、さいわいにも腰から落下したようで、頭へのダメージはそれほどでもなかった。バイタルゲージを見ても、大して削れてはいない。

 それより妙だったのは、気を失っていたわりに心拍がほとんど乱れていないことだ。

 ――現代の技術でも、そこまでは再現できないのか?

 だが確か、ゴブリンに追いかけられてロストしかけた時は……。


 ところどころ途切れた記憶を乱暴につなぎ合わせる。

 散らばっていた点と点が、ようやく繋がり始めたところで――、不安そうにこちらを覗き込む少女へ、僕はようやく声を絞り出した。


 ――具合でも悪いのか?

 ――フルプレート一味はどこへ行った?

 ――そして、アイリは無事なのか……。


 「うん……、大丈夫。」


 うなずき答えたナンナは続いて静かにその指を伸ばす。その先に答えの全てが集まっていた。


 ――頭を垂れて正座する三人組。

 ――それを睨みつけ怒鳴りつける大男。

 ――そして、腕を組みながら露骨に視線を逸らすアイリ。


 怒鳴り声を聞きながら、僕は小さく息を吐いた。少なくとも最悪の事態にはなっていないようだ。

 アイリも、ナンナも無事。

 ――今はそれだけで十分だった


 「よう、兄ちゃん。ようやくお目覚めかい?」


 ユマークに声を掛けてきた大男、間近で見ると更に一回り大きく見えた。

 喉を震わせる野太い声も、肌を刺すような威圧感も変わらない。だが――先ほどまで獣みたいに尖っていた眼光だけは静かに鳴りを潜めていた。


 「……悪かったな。あいつらも気が立ってんだ。根は悪くねぇんだがよ。」


 (……こんな状況だ。平静でいろって言う方ががどうかしてる。)


 それにしても、話の通じる相手で助かった。

 変にこじれて、最悪レッドタグなんて事になれば洒落では済まない。

 ――彼女にはそんな重荷を背負えるほどの強さはない。


 これまでロストする恐怖ばかり考えていたが、これからは“させる側”の恐怖とも向き合わなければならないということか。

 ――それほど、命が身近になったのだ。


 「あぁ、気にしてない。こっちも少し煽り過ぎた。」


 そう返して、僕はアイリへと視線を向けた。

 相変わらずこちらを向こうとはしないけれど、落ち着きなく揺れる視線がこちらとぶつかるたび、彼女は気まずそうに視線を逸らす。

 その反応が何だか可笑しくて、思わず口元が緩んでしまう。


 「アイリ!」


 呼びかけに、彼女はビクンと肩を震わせた。

 それでも逃げ出さずに近づいてこられたのは、覚悟はもう決まっているからだろう。


 手を伸ばせば届く距離、眉を寄せたその顔からは申し訳なさが滲んでいるのに、変に身構えたままなのは、実にアイリらしい。


 「怪我は……、無いか?」


 「うん。」


 小さく頷いたアイリに、僕は呆れたように息を吐く。


 「ったく……」


 そう零して、その額へ軽く指を弾いた。


 「痛っ――」


 涙目になって額を押さえるアイリ。

 けれど、その表情はどこか嬉しげだった。

 ――ほんの少しだけ、気まずかった空気が緩んだ気がした。


 「……そろそろ良いか?お二人さん。」


 低く伸びる声が二人の間に割り込んだ。

 気付けば、その距離は互いの吐息が感じられるほど近くなっていて、急に気恥ずかしくなった。

 僕が距離を取るのと、アイリが身を引くタイミングはぴたりと重なった。

 ――これじゃ、余計に意識してしまう。


 「い、いや……、別にそういうんじゃ……」


 ――誰に弁解してるんだ、僕は。

 こんな時、経験の少ない僕にはどう対処すれば良いのか分からない。

 しかも、こちらを見ていたナイナが呆れたように目を細めるものだから、ますます居たたまれない気になった。

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