第四十一話 元鴉の告白
「これ、おいしいですよ。どんどん食べて下さいね。」
ナンナは大皿に盛られた『うさぎ肉のグリル、ベリーソース添え』を丁寧に取り分けていく。
だけど、気のせいか僕の分だけベリーソースが少ない……。
「どうですか、お味は?」
「あっ、これね。私たちが取ってきたんですよ。」
休む暇もなく、ナンナが喋り続けている。
それはまるで、緊張をごまかすかのように……。
普段の人見知りなナンナを知っている僕には、それが少しだけ微笑ましかった。
そんな様子に隣のアイリも目を細めていた。
あれ? この感じ……どこかで。
「ふふふっ。」
その笑い声を聞いた瞬間、僕は思わず身構えた。
「ふふっ。私、こういうの初めて。なんだかダブルデートみたいで不思議。」
……ほら来た。
こんな時のアイリは、決まって悪気なく僕たちを慌てさせる。
おかげでナンナは頬を染めたまま、黙り込んで俯いてしまった。
「それで……、」
アルセリオンは咳払いを一つ落とし、厨房へと目を向けた。
「あの人が、君たちの話していた彼かい?」
アルセリオンの向けた視線の先には、最近任されたばかりの仕込みを終えたエイナルの姿があった。
仏頂面は相変わらずだ。
だが、額に汗を滲ませながら黙々と仕込みに励む姿は、ついさっき刃を交えた黒装束たちの仲間とは、とても思えなかった。
「アルセリオンはどう見る?」
エイナルと目が合わないよう気をつけながら、僕は一言だけ零した。
アルセリオンはすぐには答えず、厨房で働くエイナルを静かに見つめていた。
結局、『斧と杯』へ戻ってきても、さっきの事件はまだ誰も口にしていない。
今はまだ話すべき時じゃない。それが僕たち四人の共通認識だった。
一方、ガルドはというと、アルクと名付けた鹿毛の馬と積もる話があるようで、酒場近くの空き地でアルクと過ごしている。
しばらくして、アルセリオンはエイナルから視線を外さないまま、小さく呟いた。
「限りなく黒に近い白ってとこかな……。」
とりあえず……、アルセリオンも同じ評価ってことか。
酒場までの道中――
事の経緯は一通り聞いていた。
だから状況はある程度把握している。
結局、何一つ前に進んではいない。
鴉こと《霧影の盟約》の連中はひとまず、シオンが率いていた《蒼穹の誓い》に引き渡した。
このギルドは最近結成された新興ギルドということだが、《黄昏の航路》が壊滅状態の今は他に選択肢はない。
ラビットハンターだけでは、捕らえ続けることはできないだろう。
……もっとも、あの奔放なアイリの手綱すら、僕にはまともに引けていないのだけれど。
「それにしても……、」
ふと、アイリが神妙な面持ちで口を開いた。
「圏内PK――これは何とかしておかないと、夜もおちおち眠れないわね。」
僕が胸の内で感じていた危機感を、アイリはあっさりと言葉にしてみせた。
これも彼女の《勘》というやつなのだろうか。
それを否定できる者など、この場には誰もいなかった。
「あぁ、分かっている。」
アイリの言葉に小さく頷きながら、僕は厨房へ目を向けた。
エイナル――
あの事件の答えを握っているとしたら、きっと彼だ。
問題は、それを素直に話してくれるかどうか……。
「ねぇねぇ、エイナルさん。」
「ふぇっ!?」
突然、僕の視界に無邪気な笑顔が割り込んできて、思わず変な声が漏れた。
しかも……。
よりにもよって、渦中の人物に話しかけているではないか。
(いや、そこに行くのかよ!?)
「おい!? アイリ……。」
僕の思考が零コンマ数秒止まる。
気が付いた時にはすでに遅かった……。
「ねぇ、エイナルさん。圏内PKを辞めさせたいの。だから、やり方を教えて。」
その曇りのない眼差しに、元鴉のエイナルは思わず目を丸くした。
「……あんた。それで俺が『はい、分かりました。』と言うとでも思うのか?」
エイナルの声が低く響く。
(ほら、見ろ。言わんこっちゃない。)
「あれは……、俺が考えたんだ。」
エイナルは厨房の奥へ目を向け、小さく呟いた。
(……って、そっちかい!?)
「えっ!」
思わず声が漏れる。
「「「えぇっ!?」」」
続いて三人の声が酒場中に木霊した。
「お前ら、静かにしろ!」
他のテーブルで注文を取っていたリッカが反射的に叫び声を上げた。
「「「「すいません。」」」」
アイリは慌てて席へ戻った。
テーブルの四人は思いもよらない告白に顔を見合わせたまま言葉を失ってしまった。
その様子を察してか、エイナルが頭を掻きながらテーブルに近づいてきた。
「……なんだ、お前ら。俺が皿洗いしか出来ない能無しだとでも思っていたのか?」
エイナルは小さく呟いた。
だが、その視線はこちらに向けようとはしなかった。
「そうじゃないんだけど、あまりにもビックリしちゃって……。」
「ちっ……。」
アイリの言葉にエイナルはあからさまな舌打ち。
それでも、不思議と嫌な感じはしなかった。
「あれは……、コンバット状態を利用したPKだ。」
「そうか……!?」
アルセリオンは思わず立ち上がった。
「お前たち、いい加減にしろよぉ。」
カウンター横で睨みを効かせるリッカ。
その目を見たアルセリオンは慌てて席に着いた。
「どういうこと?」
アイリは首を傾け、僕の顔を覗き込んだ。
「えっと……あれだよ。オーストラリアに生息している動物で……。」
「それ、ウォンバット。」
ナンナから厳しい声色でツッコミを受けてしまった。
「コンバット状態――つまり戦闘状態だ。その間は武器や戦闘用スキルが解放される。ギルド戦では、その状態が仲間にも共有される。」
アルセリオンが口を開いた。
「ほおほお……。」
アイリは腕を組んで頷いている。
でも、その反応を見る限り、まだ半分も伝わっていない気がした。
「ギルド間のコンバット状態……で合っているか。」
エイナルはコクリと頷いた。
「ギルド同士で戦闘が始まると、仲間が救援に入れるよう、圏内にいる者も含めてギルド全体がコンバット状態になる。」
「そもそも圏内で抗争なんて……、あっ!?」
アイリは何かに気付いたのか、大きな声を上げて立ち上がった。
「そう、圏外ならギルド間抗争は可能だ。」
「まぁ。あまり遠くでドンパチ始めても意味はないがな。」
エイナルは肩をすくめた。
「確かに……。今回の事件が起こったのは東門と北門。どれも圏外から近い。」
「でも、どうやって圏外に誘い込むんですか?」
ナンナも腕を組み、小さく首を傾げた。
「覚えていないか、ナンナ。」
僕は酒場の壁に掛けられたクエストボードへ視線を向けた。
「そうか、クエストボード!!」
エイナルは小さく頷いた。
「そう、嘘の依頼で標的を圏外へ誘い出し、待ち伏せしていた仲間が襲撃する。」
一拍置いて、エイナルは腕を組んだ。
「一方で、圏内に残った仲間もコンバット状態になっている。だが、本人たちはそんなこと夢にも思っていない。」
そして、エイナルはゆっくりと僕たちを見回した。
「そこを狙う。」
「それだけだ。」
言い終えると、エイナルは静かに目を伏せた。
あまりにも淡々とした口調だった。
だが、その『それだけ』で、街の安全は音を立てて崩れ去ることになる。
「なんで……、それを僕たちに話す気になったんだ。」
エイナルには悪いが、僕はまだ彼を信用したわけじゃない。
返答次第では、この場でシオンたちに引き渡すつもりだった。
そっと背中に忍ばせた『黒麦酒』の短剣へ手を伸ばす。
それを見ても、アイリもナンナも僕を止めようとはしなかった。
エイナルは何かを悟ったように穏やかな表情を浮かべ、酒場の奥へ視線を向けた。
「なんでって……、そりゃ。」
彼の視線の先には、リッカがいた。
「こんなことを続けたら、怒られちまうだろ。」
酒場の奥では、リッカがいつも通り客の相手をしていた。
「……そりゃ、仕方ねぇな。」
いつの間に戻ってきたのか、酒場の入口にもたれかかったガルドが小さく呟いた。
もう、それ以上問いかける必要はなかった。




