表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第三章 攻略の終わり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/55

第三十八話 それぞれの一歩

 北門に向かう道すがら、僕は何度もアイリの横顔を窺ってしまった。


 仮面から覗く眼差しはもう前を向いている。

 そう分かっていても、この場所だけは気になってしまう。


 ここは、千人もの冒険者が希望を胸に旅立ち、残された何万ものプレイヤーが希望を失った場所……。


 そしてアイリもまた、自分の身代わりとなったアルクを失った場所でもある。


 『忘れろ』なんて、僕には軽々しく言えるはずもなかった。


 アイリは門の手前で立ち止まると、そっと目を閉じた。

 その様子を僕は黙って見守った。


 二人の間に、しばらく沈黙が流れた。


 やがて、アイリがゆっくりと目を開いた。


 「……行こうか。」


 僕が声を掛けると、アイリは小さく頷いた。


 門を抜けるとそこは一面の草原。

 そして、それを貫くように第二街道が伸びていた。


 皆で誓いを立てて、笑い合った。

 あの日のまま――


 アイリの横に並び立つのは僕へと変わったけれど、景色だけは何一つ変わっていなかった。


 出発のその日、僕は彼女の隣にいなかった。

 それは力不足とかそういう話ではなく、単にその覚悟がなかったんだ。


 もしあの時、強引にでもついていけば……。

 そんな答えのないタラレバが、今も何度となく脳裏をよぎる。

 

 「ねぇ、そろそろ教えてくれても良いんじゃないかな?」


 身を乗り出したアイリは、首を少し傾げながら僕を見上げた。


 (!!!)


 ……この距離感は、いつもナンナの専売特許だと思っていた。

 完全に不意を突かれた僕は、思わず後ろへよろめき、そのまま尻もちをついてしまった。


 「もう。ちょっと、何やってんのよ。」

呆れたように笑いながら、アイリが右手を差し出した。

 その白く華奢な手を掴もうとした、その瞬間――

 不意に、二人の周りへ影が落ちた。


 「「えっ!?」」


 見上げた先にいたのは、逞しい体躯と鹿毛の見事な毛並みを持つ一頭の馬。


 忘れるはずがない。


 僕たちを救ってくれた、あの馬だ。


 「まさか……待っててくれたのか?」


 馬は返事をするように鼻を鳴らすと、僕の襟元を器用にくわえた。


 「お、おい!?」


 驚く僕などお構いなしに、ひょいと身体を持ち上げるようにして引き起こしてくれた。


 「……ぷっ」


 その様子にアイリは堪えきれずに吹き出したのだと思っていたが……。


 「ちょっと、何? その格好……。」


 予想外の反応に理解が追いつかない。

 しかも、彼女のその視線は僕に向けられたものではなかった。

 僕も遅れて、その視線を追った。


 すると馬の頭には、見覚えのある傷だらけの鉄兜が載っていた。


 不意を突かれた僕もその姿には思わず笑ってしまった。

 ……見間違えるはずがない。


 「……アルク。お前の頭は馬と同じかよ。」


 傷だらけの鉄兜。

 横一文字の覗き穴と、口元に並んだ無数の呼吸穴。バケツみたいな無骨なその兜はアルク以外には有り得ない。

 そして今は、四角い覗き穴から覗くつぶらな瞳が、なんとも間の抜けた光景を作り出している。

 笑おうとするたび、声が震える。


 「感動の再会にしては、おいしいところ持って行きすぎだろ。」


 笑いながら呟いたその一言と同時に、頬を一筋の涙が伝った。


 「……ばか。」


 アイリも笑みを浮かべたまま、小さく呟く。

 次の瞬間、その瞳から大粒の涙がぽろりと零れ落ちた。


 アイリと僕は馬の首にしがみついた。


 あの日、流せなかった涙を吐き出すように。


 一方、その頃――


 「あれ? あの子、さっきから行ったり来たりしてないか?」


 「……ん?」


 「どうせ《はぐれ》だろ。」


 「あぁ……遠征で一人だけ帰ってきちまった口か。」


 「たまにいるんだよな。仲間がまだ生きてるって諦めきれなくてさ、ああやって探し回る奴。」


 露店の主たちは苦笑交じりに視線を向けていた。


 そんな噂をされていることなど露知らず……、

 ナンナは露店を覗いては首を振り、数歩進んでは足を止める。また別の露店を覗いては首を振る――

 そんなことを、もう何度も繰り返していた。

 

 「よぉ……、嬢ちゃん。」


 その様子を見るに見かねた男が声を掛けた。


 「はい、何でしょう?」


 思いのほか張りのある返事に、男は目を瞬かせた。


 「い、いや……。こんなところに一人で何してるんだ?」


 「はい、人を探していました。」


 (やっぱりな。でも……、)


 予想通りの返事だが、その表情だけが予想外だった。

 仲間を探しているというのに、その顔には驚くほど悲壮感はまるでない。


 「そうか、そいつは恋人か?」


 「い、いや違います!」


 すぐさま返ってきた否定の言葉は、思いのほか強かった。

 だが何より男の目を引いたのは、その語気ではなく、ほんのりと朱に染まった頬だった。


 「えっとですね……、何でしょう?」


 「はい?」


 ナンナは顎に手を添え、真剣な顔で考え込み始めた。

 ころころと表情が移り変わる様子が妙に愛らしく、男は思わず口元を緩めた。


 「でも、あの人。人助けにしか興味がないから、ちゃんと見張っとかないと、まともにご飯も食べないんです。」


 「うん。」


 小さく自分に言い聞かせるように頷くと、


 「……よし。それじゃ、あっちの方を見てきますね。」


 ぺこりと頭を下げると、ナンナは再び人混みの中へ駆けていった。


その姿を見送った男は肩をすくめ、苦笑交じりに頭を掻いた。


 マルシェに蚤の市――。

 何度も見て回ったが、それでも結局、待ち人は見つからなかった。


 流石に疲れの色が見え始めたナンナは、小さく肩を落とし、ユマークと別れた噴水広場へ引き返した。


 「今日あたり、戻ってくると思ったんだけどなぁ。」


 ナンナは周囲の喧騒に掻き消されそうなほど小さく呟いた。


 行き交う人々をもう一度だけ見渡す。 それでも、探している姿はどこにもない。


 「……もしかして、何かあったんじゃ……。」


 胸の奥で、不安がじわりと広がっていく。


 「きゃあぁぁぁっ!」


 突然、ナンナの思考を遮るように悲鳴が響いた 。

 それを合図に、人々は我先にとその場を離れようと駆け出して、噴水広場は瞬く間に騒然となった。


 そんな中、ナンナだけは慌てることなく周囲を見回していた。逃げ惑う人々とは対照的に、その瞳だけは静かに状況を追っていた。


 悲鳴の方向は右――。

 あっちは、この前エイナルを捕らえた東門の方角だ。

 人気の少ない場所だけに何が起きてもおかしくない。


 こんな状況なのに不思議と怖くはなかった。


 それよりも、もし彼が――


 アルセリオンが困っているのだとしたら、今すぐにでも駆けつけたい。


 胸を満たしていたのは、ただその一心だった。

 だけど、ナンナにはそれができなかった。


 心体機能は並。近接戦闘は苦手。

 自分にできることといえば、相手を牽制しながら戦場全体を見渡すこと。


 焦って飛び込めば、助けるどころか足手まといになってしまう。


 今頃になって、頭の中が恐怖の色で染まっていく。


 それでも……。

 こんな時、アイリならきっと迷わない。


 だったら――私にだって、一歩くらいは踏み出せる。


 震える手を抑えることもしないまま、腰に携えた弓に手を掛けた。


 抱いた恐怖とは裏腹に、その瞳だけは真っ直ぐ前を見据えていた。

 そして、逃げ惑う人波に逆らうように、ナンナはその一歩を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ