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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第三章 攻略の終わり

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第三十五話 白い花の贈り物

 「家に帰るまでが遠征ですよ。さぁ、行きましょう。」


 東門を目の前にしたナンナは、よほど安心したのだろう。

 先ほどまでとは打って変わって饒舌で、足取りも軽い。

 それとは対照的に、湿地の泥を全身に浴びたアイリは、不満そうな顔で僕たちの後ろを歩いている。

 僕はと言えば、男という一点の理由だけで、この犯罪者の連行役を拝命している。


 ……まったく、いい迷惑である。

 

 「おい、早く行くぞ。」


 威嚇のために突きつけていた短槍の柄頭で、気づけば黒装束の背中を何度も小突いていた。


 東門を抜けると、先ほどまでの陰鬱な湿地とは打って変わり、鮮やかな色彩が視界いっぱいに広がった。

 城壁沿いに咲くあの白いスズランは、その中でもひときわ目を引いた。


 「あれ……?」


 城壁沿いに一人の人影が目に入った。

 その影は白いスズランに囲まれるように立ち、静かに祈りを捧げている。


 「シオンさん!?」


 シオン――

 白いブレストプレートに身を包んだ女騎士。


 つい先日、彼女はこの黒装束に命を狙われた。そして今、僕はその男と行動を共にしている。


 しまった……。

 これは要らぬ誤解を招いてもおかしくない。


 彼女はこちらに気づくと、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 その静かな眼差しに、思わず息をのんだ。


 「その人は、あの時の……。」


 妙だ――

 先日あれだけのことがあったというのに、シオンの表情に陰りがない。


 「ユマークさん、その人を放してあげては頂けませんか?」


 それどころか、シオンの声は驚くほどに穏やかで、責めるどころか相手を気遣うような響きだった。


 「それは出来ない。」


 僕は即答した。

 そんなことをすれば、リッカさんに何を言われるか分かったものじゃない。


 それに僕はまだ――

 この女騎士のことをよく知らない。


 アイリは目を丸くして、このやり取りを眺めていた。

 あまりにも間の抜けた表情で、思わず笑みがこぼれる。

 それでも、黒装束への警戒だけは緩めなかった。


 「どうして……、」


 「この人はあなたの命を奪おうとしたんですよ。」


 ナンナの言葉が飛び込む。

 こういう時、躊躇なく核心を突けるのはナンナだけだ。


 「だって、この人もまた……」


 シオンは一度だけ黒装束へ目を向ける。


 「生きるために、必死だったのでしょうから。」


 少なくとも、僕には決して口にできない言葉だった。


 「それでも、人を殺そうとしたことに変わりは――」


 ナンナが決め台詞を口にしようとした、その瞬間。


 「ひっ……ぐすっ……」


 アイリの嗚咽が、見事なまでに全部持っていってしまった。


 「えっ!? ちょっとアイリさん。どうしたんですか?」


 「だって、シオンさん……。とっても良い人なんだもん。」


 ぐしゃぐしゃに泣きじゃくるアイリに、シオンは目を丸くした。

 けれど、その表情はすぐに安堵の笑みへと変わる。


 シオンは黒装束の男へ一瞬だけ視線を向けると、静かに僕を見つめた。


 「……そう、ですか。」


 シオンは静かに目を伏せた。


 「分かりました。その男のことはあなたがたにお任せします。」


 そう言って踵を返しかけた彼女は、ふと足を止めた。

 城壁沿いに咲く白いスズランが風に揺れる。

 シオンは身を屈めるとその中の一輪に手を伸ばした。


 「……どうぞ。」


 シオンは柔和な笑みを浮かべると、摘み取った白い花を黒装束にそっと差し出した。


 男は一瞬だけ動きを止めたが、無言のままその花を受け取った。


 「……失礼します。」


 シオンは静かに一礼すると、そのまま立ち去っていった。


 ◇


 「たっだいまー。」


 アイリの明るい声が酒場中に響いた。

 いつもなら、「騙されたー!」とその辺の冒険者に当たり散らすか、わんわん泣きわめいている頃だ。


 それなのに――

 今日の彼女は、どこか様子が違った。

 ……シオンに毒されたってことか。


 「なに!? そいつ?」


 こちらに気付いたリッカが怪訝そうな顔で見つめている。


 満面の笑みのアイリ、その後ろで悲壮な顔で項垂れる黒装束の男。

 これで怪しまれない方がおかしい。


 僕はリッカにこれまでの経緯を話した。

 でも、シオンのことだけはひとまず伏せておいた。

 彼女をどう説明すればいいのか……、

 僕自身まだ整理できていなかったからだ。


 リッカの視線が黒装束を射抜く。

 ――ヤバい。 明らかにキレてる。


 それも仕方ない。

 彼女が知恵を絞って作り上げたクエストボードが、わずか数日で悪用されたのだから。


 朝の集客を狙って始めた企画ではあった。

 けれど、それ以上に――あれは、この街に囚われたプレイヤーたちのために考え抜かれた仕組みだった。


 心中穏やかであるはずがない。

 ――いつ鉄槌が落ちても、不思議じゃない。


 「リッカさん……。」


 酒場は相変わらず賑わっている。 それなのに、僕らの周りだけ空気が張り詰めていく。

 ナンナの弱々しい呼びかけも、その緊張に飲み込まれてしまった。


 バン!


 張り詰めた空気をぶち壊したのは、勢いよく開かれた酒場の扉だった。

 入口には三人の男が立っている。 腰に佩いた剣には見覚えがあった。

 ――勝利の剣を模したレプリカ。黄昏の航路の連中だ。


 「リッカはいるか!」


 一人の男が酒場を見渡し、大声を張り上げる。その尊大な物言いだけで十分だった。

 ――久しぶりに、腹が立つ。


 アイリが立ち上がろうとしたが、僕はそれを手で制し、一歩先に男たちの前へ歩み出た。


 「なんだ、貴様!」


 中央の男を庇うように、両脇の二人が僕の前へ立ち塞がる。


 「下がれ。」


 中央に立つ年配の男が短く命じると、二人は黙って一歩引いた。


 「そっちこそ、何の用だ?」


 虫の居所の悪い僕は、自然と口調も荒くなったが、それでも年配の男は眉ひとつ動かさず、淡々と口を開いた。


 「ここのリッカという女が、《霧影の盟約》と内通しているとの情報があってな。」


 男の目がリッカを捉えた。


「これより身柄を拘束する。邪魔立てするな。」


 その一言で、両脇の男たちが一斉に踏み込んだ。

 そのまま真っ直ぐリッカへ向かうと、その腕を掴もうとした。

 ――その時だった。


 僕とアイリは息を合わせるようにリッカの前へ飛び込んだ。 そして、男たちの進路へ足を差し出す。


 「うおっ!?」


 見事に引っ掛かった二人は、揃って盛大にすっ転んだ。


 「あんたたち……、」


 リッカの小さな呟きが漏れる。

 だが、面目を潰された男たちが黙っているはずもない。


 「貴様! こんなことをして、ただで済むと思っているのか!」


 年配の男は険しい表情で僕たちを睨みつけた。その顔には先ほどまでの冷静さなど完全に消え失せていた。


 「急に掛かってきたのはそちらでしょう。それは自業自得です。」


 これには流石のナンナも我慢ならなかったようで、男たちに語気を強めた。


 「なんだと……、」


 年配の男がそう言いかけたところでアイリの顔が目に入る。


 「お前は……まさか!?」


 男の顔がみるみる青ざめていく。

 さっきまでの威勢は消え失せ、その瞳には畏怖だけが残っていた。


 「あれ? あなたは確か……、」


 ナンナは何か思い出しかけたように、僕へ視線を向けた。


 「…… ……。」


 「「誰? 知らない。」」


 示し合わせたわけでもないのに、僕とアイリの返事が見事に一致した。


 二人で顔を見合わせ、しばらく考え込む。

その様子に、ナンナは呆れたように肩を落とした。


 「ほら――あの時。尻もちをついてた、あのおじさんですよ。」


 「あぁ……。」


 「「やっぱり、知らない。」」


 またしても、僕とアイリの声がぴたりと重なった。


 「はぁ……。」


 遅れて、ナンナの深いため息が酒場に溶けていった。


 「もう。アイリさんが遠征から帰ってきた時、レグナスさんがいないって大騒ぎして、震えながら尻もちまでついてた人ですよ。」


 「覚えてませんか?」


 「「あっ!」」


 「遠征にも参加させてもらえなかった、あの――」


 「もういい!」


 年配の男は顔を真っ赤に染め、今にも泣き出しそうな形相で僕を睨みつけた。


 「クソっ! 覚えてろ!」


 安っぽい捨て台詞だけを残し、男たちは酒場を後にした。


 一拍置いて――


 「ぷっ……。」


 誰ともなく吹き出した。

 気づけば、僕らは顔を見合わせて笑っていた。

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