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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第三章 攻略の終わり

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第三十三話 白きスズラン

 酒場『斧と杯』

 その名の通り、数多の冒険者が一日の疲れを癒す憩いの場。


 酒を浴びる者、武勇伝を語る者、仲間との再会を喜ぶ者――


 悲喜こもごもの人間模様が、この場所では今日も繰り広げられる。


 だが、それは夜の話。


 朝から酒をあおり、一日を棒に振れるほど、この世界の冒険者たちは暇ではない。


 だからこそ、朝の『斧と杯』は普段なら閑散としている。

 ――そのはずだった。


 扉が開く音と忙しなく行き交う足音に、床板がぎしぎしと軋む。

 一階から聞こえてくる喧騒に、僕は思わず眉をひそめた。


 「もう! ちょっと、なにぃ……」


 いつも朝寝坊のアイリとナンナも、騒ぎで目を覚ましたらしい。寝台の上で不機嫌そうにこちらを見ている。


 (そんなの……僕のせいじゃない。)


 そう言いたげな僕の表情が、かえって二人の機嫌を損ねてしまった。

 

 アイリは巧みに指を動かし、ハンドシグナルで指令を飛ばしてくる。


 残念ながら、僕にその知識はない。


 それでも、不思議と言いたいことだけは伝わってくる。


 (だったら、普通に話せばいいのに……。)


 喉まで出かかったその一言を飲み込み、僕は苦笑しながら一階へ向かった。


 「なんだぁ、こりゃ?」


 満席……とは言わないまでも、店内は朝から活気に満ちていた。

 そんな中で一際目を引いたのが、一箇所に集まる人だかり。


 「ほら、凄いだろ。朝の集客を狙った渾身の出来なんだから! あんたも見ていきな!」


 カウンターの向こうで、リッカが満面の笑みを浮かべながら大きく手を振っていた。


 リッカの視線の先には、酒場の壁に新しく据え付けられた大きなオーク材の掲示板があった。

 色とりどりの羊皮紙が所狭しと貼られ、朝食を終えたプレイヤーたちが我先にと群がっている。


 僕は人だかりを掻き分け、その掲示板を目にした。


 【パーティ募集】

 【鉱石の採集】

 【ゴブリン斥候の討伐】


 以前の【遺品回収】は試験運用だったのだろう。

 どうやらリッカは、それを正式なクエストボードとして形にしたらしい。


 「うわぁ、凄い人ですね。」


 着替えを終えたアイリとナンナが一階へ降りてくるなり、驚きの声を上げた。


 人だかりを不思議そうに眺めるアイリの隣で、ナンナは小さく頷いている。


  どうやら《遠視スキル》のおかげで、近づかなくても掲示板の様子が見えているらしい。


 「あっ、あれ……。」


 ナンナが一枚の羊皮紙を指差す。

 僕もその先へ視線を向けた。


 【遺品回収依頼】

 依頼主:バルド

 第二街道沿いの湿地にて、かつての友が志半ばで命を落とした。

 遺品は回収されたが、彼女が身につけていた銀のロザリオだけが、いまだ見つかっていない。

 該当区域で発見した者は、私のもとまで届けてほしい。

 

 「これって――」


 ナンナが小さく呟く。


 「……依頼主はバルドになってる。けど――」


 僕がそう答えかけた、その時だった。


 ガタン!


 椅子を跳ね飛ばす勢いで、アイリが入口へ駆け出そうとする。


 「おい、どこへ行くんだ!」


 「それ……バルドさんの依頼なんだよね?」


 「あぁ、そう書いてあるな。」


 「だったら、行かなきゃ!」


 振り返ったアイリの瞳には、迷いがなかった。


 「いや、待てって。まずはバルド本人に聞かないと――」


 「ダメですよ。」


 僕の言葉を遮るように、ナンナが一歩前へ出る。


 「今は内緒にしておきましょう。」


 その表情は、どこか悪戯を思いついた子どものように、生き生きとしていた。


 その間にも、アイリは僕たちの返事など待たずに酒場を飛び出していった。


 「ちょっ、おい!」


 僕とナンナは顔を見合わせ、小さく肩を竦める。


 「急ぎましょう。」


 「……だな。」


 僕たちは慌ててアイリの後を追った。


 ◇


 「見えました、ユマークさん。あそこです。」


 息を切らせながら走るナンナが指差した先には、延々と続く東の城壁が広がっていた。

 城門沿いには、シオンが話していた白いスズランが風に揺れている。

 東門を抜ければ第二街道まではもうすぐだ。


 「あいつ、成長したじゃないか。」


 僕の視線の先には、城壁を貫く東門の手前で立ち止まるアイリの姿があった。

 前なら、そのままの勢いで駆け抜けていただろう。それなのに今日は、僕たちを待ってくれている。


 「待たせたな。」


 こんな台詞も、さらりと言えたなら少しは格好がついただろう。

 だが、両膝に手をついて息を切らす姿では、どうにも様にならない。


 そんな僕には目もくれず、アイリは風に揺れる白いスズランをじっと見つめていた。


 「この花、レグナスが好きだったんだよね。」


 「らしいな……。」


 「…… ……。」


 アイリは一瞬、表情を曇らせた。

 その表情の変化に気づいたのは、きっと僕だけだった。


 「何してるんだろうな?」


 「知らない。でも……、」


 アイリは小さく呟く。


 「今度会ったら……、ぶん殴ってやる。」


 そう言って握った拳は、小さいくせに妙に力が入っていた。


 「ち、ちょっと!? 待ってください。」


 驚いた表情のナンナが慌てて二人の間に割って入る。


 「アイリさん、ここではダメですよ。やるなら外で……。」


 「どこでもダメだ。」


 思わず僕は即座に突っ込んだ。


(街の外……圏外?)


 そういえば、あの時……。 黒装束は、なぜわざわざ圏内でシオンを襲ったのか。


 あんな危険を冒さなくても、圏外へ誘い出すことはできたはずだ。


 それができなかった理由でもあるのか。

 それとも――最初から圏内で襲う必要があったのか。


 「ユマークさん。早く、早く!」


 ナンナの声に我へ返る。

 胸に芽生えた違和感を振り払うように、僕は二人の後を追って東門をくぐった。

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