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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第三章 攻略の終わり

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第二十九話 広場のあとで

 数分後。

 噴水広場は異様な熱気に包まれていた――


 整然と並んだ男たち。腰には同じ意匠の剣。

 ――黄昏の航路だ。


 「我々はこの蛮行を許すわけにはいかない。」


 その最前列で一人の男が声高々に何かを訴えている。


 「あいつがどうしかしたの?」


 アイリはナンナに耳打ちした。


 「えっ! 覚えてないんですか?」


 ナンナの言葉にアイリは目を細めてみたが、さっぱりとの様子で首を傾げている。


 小さく溜息をついたナンナが僕に目を向けた。


 「…… ……。」


 残念ながら……、僕にもその記憶はない。


 肩を落として大きな溜息をついたナンナは静かに話し出した。


 「ほぉら、よく見てください。昨日の……。」


 僕とアイリはもう一度、男の顔をじっと見つめた。


 「知らない。」


 「知らないね。」


 二人の答えは寸分違わず重なった。

 その様子にナンナは思わず額を押さえた。


 「ほら、昨日。礼拝堂でアイリさんに絡んできた方ですよ。」


 「ああ。」


 「あー……。」


 二人がようやく思い出した頃には、男の演説は佳境に入っていた。


 「我々はレグナス様指揮の下、最後まで勇敢に戦った。」


 男は胸に手を当て、大仰な仕草で天を仰いだ。その表情には、悲しみよりも高揚が滲んで見えた。


 そして、集まった群衆の視線が自分に集まっていると分かると、更にその語気を強めていった。


 「傷ついても剣を取り、仲間を守るために命を懸けた! そして、その結果、多くの仲間が帰らぬ人となった!」


 群衆のあちらこちらでは重苦しい空気が広がっていた。

 すると、男はゆっくりと周囲を見渡した。


 「だが、本当にあれは避けられない悲劇だったのだろうか?」


 ざわり、と広場が揺れた。


 「私は見た。遠征隊が戦っている最中――仮面の女が戦列を離れる姿を。」


 男の言葉に何人かが顔を見合わせる。


 「仲間たちが命を懸けている最中だ。誰もが必死に剣を振るっていたその時に、あの女は戦場を去った!」


 「おお……。」


 「本当なのか?」


 群衆の囁きが広がっていく。

 男はその反応に力を得たように声を張り上げた。


 「そして結果はどうだ! 遠征隊は壊滅した! 多くの仲間が命を落としたのだ!」


 心無い野次が飛び交い、怒号が広場を埋め尽くした。


 気付けば広場の視線は、見えもしない仮面の女へ向けられていた。


 「なんですか、あの人……。」


 「何も知らないくせに……。」


 ナンナの声は震えていた。

 その瞳には悔しさを堪えるように涙が滲んでいる。


 耳の奥で血が脈打つ。

視界の端が赤く染まった気がした。


 「…… ……。」


 「ユマくん、ダメ……。」


 「だって……、本当に逃げたんだから……。」


 今にも消えてしまいそうな声。

 気付けば、アイリは僕の袖口を掴んでいる。

 どうやら僕は、知らないうちに一歩踏み出していたらしい。


 「離せ。」


 自分でも驚くほど、声から感情が抜け落ちていた。

 アイリが袖を掴んだ理由も分かる気がした。


 「本当に大丈夫だから……。」


 けれど、その声は今にも泣き出しそうなほど弱々しい。


 「ぷっ。」


 不意に、背後から吹き出す声が聞こえた。


 「ゴメン、ゴメン。」


 振り向くとそこには……、

 騎士風の出で立ちと特徴的な赤髪の好青年。

 ――アルセリオンだ。


 「貴様! 何がおかしい。」


 怒りに声を震わせるその男。

 その顔は仲間を冒涜されたというより、自分が小馬鹿にされたことが気に入らなかったようにも見える。

 

 「だってさぁ。遠征隊は壊滅したんだよね。多くの命が失われたんだよね。」


 「仮面の女が立ち去るところも見ていた。」


 「それなのに、あんたは今ここにいる。」


 アルセリオンは小さく首を傾げた。


 「あれ?」


 「じゃあ、あんたは仲間を見捨てて逃げたってことになるよね?」


 男は後ろに大きく蹌踉めいた。

 顔からは明らかに血の気が引いている。


 その様子を、アルセリオンは興味なさそうに眺めていた。


 「いや、そんなわけないか。」


 アルセリオンは静かにその男の元に歩み寄った。

 そして、目を細めながらその男の顔を覗き込んだ。


 「だって俺、その場にいたけどお前なんか見てないし。」


 男は叫び声を上げて、その場にヘタリ込んだ。

 

 「けっ!」


 「なんだよ、やっぱり嘘かよ。」


 群衆の呟きが大きな波となり、広場を飲み込んでいく。


 「それにさぁ……。」


 それでも、アルセリオンは止めない。


 「女の子一人、逃げたくらいで壊滅するなんて……。」


 アルセリオンは小さく肩をすくめた。


 「くっ!」


 男の顔に良からぬ感情が浮かぶ。

 その瞬間、僕の視界に男が剣の柄に手を置く姿が映った。

 男は唸り声とともにアルセリオンに駆け寄ると、すでに鞘から抜かれた剣先がアルセリオンを捉えていた。


 それはナンナが悲鳴をあげるよりも早く、群衆の言葉が止むよりも早く。

 それでも、アイリだけは僕の動きを捉えていた。


 僕は強く地面を蹴った。

振り抜いた短槍が銀の軌跡を描く。


 広場内に激しく響く金属音。

 男の剣を短槍の穂先が受け止めた。


 驚愕に染まる男の顔。

 微動だにしないアルセリオン。

 そして――涙ぐむアイリ。

 大きく見開かれた瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。


 僕は男の目を真っ直ぐ見据えながら言った。


 「まだ言いたいこと……、あるか。」


 ……それだけだった。

 その場に崩れ落ちた男はしばらく立ち上がることも出来なかった。


 「お見事。様になってきたじゃないか。」


 「そりゃ、どうも。」


 アルセリオンが片手を上げる。

 僕は小さく肩を竦めながら、その手を軽く叩いた。

 それでも視線だけは、アイリから離せなかった。


 群衆の誰かが呟いた。


 「でも……。」


 その声は決して大きくなかった。

 だが、静まり返った広場では妙によく響いた。


 「仮面の女が逃げたのは事実なんだろ……?」


 再び広場がざわめき始める。


 「そうだ。」


 「結局、何があったんだ?」


 「本当に見捨てたんじゃないのか?」


 疑念は消えていない。

 ただ、向かう先を失って宙を漂っていた。


 そんな群衆を見渡しながら、アルセリオンは大きく溜息をついた。


 「やれやれ。」


 頭を掻きながら一歩前へ出る。


 「そんなに知りたきゃ、レグナス本人に聞いてみれば?」


 その名が出た途端、広場のざわめきが止まった。


 「どうせ、どっかで聞いてるんだろ。」


 アルセリオンは群衆の顔を一人一人見渡した。


 「なぁ、レグナスさん。」


 それだけ言うとアルセリオンはその場を立ち去った。


 「あっ。」


 ナンナは慌ててその背中を追いかけ、小さな背中は人混みに消えていった。


 気付けば、群衆のざわめきが遠ざかっていく。

 そして、隣にはアイリだけがいた。


 「じゃあ、僕たちも行くか。」


 それでも、アイリはその場から動こうとしない。

 だから、僕はそっと彼女の手を取った。


 何かを言いたそうに唇を開いては閉じる。 けれど、その言葉は最後まで形にならなかった。


 これまでの僕なら、何か気の利いた言葉を探していただろう。

 励まそうとして、慰めようとして。


 でも――そんなものは必要ない。


 アイリはもう十分に傷ついた。

  そして、その痛みから目を背けていない。


 なら、あとは前を向くだけだ。


 「ねぇ、ユマくん。」


 人通りの途絶えた広場でアイリはぽつりと呟いた。


 「私、逃げたんだ……。」


 「戦うことから……。」


 「うん。」


 「諦めちゃったんだ……。」


 「生きることを……。」


 「そっか。」


 アイリは一つずつ、落とし物を探すように言葉を紡いでいく。


 「みんな……、レグナスの指揮を信じて必死に戦ったわ。」


 「でも、戦況が怪しくなって……。一人また一人、倒れていって。」


 「このままじゃあ、みんな帰れないと思ったから、レグナスに撤退するように言ったんだけど……。」


 「聞いてもらえなかった。」


 「そしたら、急に身体が動かなくなっちゃって……、気付いたら、生きること……諦めちゃってた。」

 

 アイリは手のひらに視線を落とした。


 「剣を握る力も残ってなくて。ただ、ゴブリンが近付いてくるのをただ見てたの。」


 「そしたら、アルクが私を庇って……。」


 一つ一つが僕の胸に深く突き刺さる。

 もう、『思い出さなくて良い』なんて軽々しく言えない。


 「アルクね、最後にこういったの。」


 『ダメだ、あいつらが待ってるんだろ』って。


 「アルクは私のせいで……。」


 堰き止めていた感情が一気に崩れ落ちる。


 仮面越しでも、俯いていても……、

 アイリの青ざめた顔が分かる。


 「ひどい子だよね。」


 アイリはあの時を思い返すようにゆっくり顔を上げた。


 「倒れたアルクを見ても、全然何も感じなかった。」


 アイリは目を真っ赤に腫らしながら笑ってみせた。


 「それなのに……、」


 僕は初めてアイリの言葉を遮った。


 「それでも……、」


 「あいつは帰れって言ったんだよな。」

 

 僕はアイリの肩をそっと抱き寄せた。

 その身体はいつもより少しだけ小さく感じた。


 「ありがとう。」


 「僕らのところに帰ってきてくれて。」


 僕の言葉にアイリの肩が小さく震えた。


 しばらくして、堪えていたものが決壊するように、嗚咽が静かな広場へと零れ落ちた。


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