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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第二章 全員敵対プロトコル

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第二十四話 君を探しに

 「ねぇ、見て見て。あれって、もしかして馬なんじゃない?」


 遠征初日、レグナス率いる遠征隊は北門から延びる街道を進んでいた。


 今回の目的は周辺探索。

 ミルズガルズに架かる虹の橋を目指すための第一歩だ。


 見渡す限りの平原。 西側に広がる森とは対照的に、視界を遮るものはない。

 どこまでも続く草原と青空が地平線で溶け合っていた。


 そんな緊張感のある出発早々、街道を進むアイリの視線は草を食む馬に釘付けとなっていた。


 風に揺れる長いたてがみと血管の浮き出た逞しい四肢。鹿毛や栗色の艷やかな毛並み。

 アイリは思わず見とれてしまった。


 近くで呆れた声が飛ぶ。


 「ったく……。アイリ様、早く行きますよ。」

 

 あちらこちらで溜息が漏れる。

 それでもアイリは動じない。


 「あの子が乗っけてくれたら、もっと早く着くのにね。」


 そう呟くと引き寄せられるように、アイリの足が街道から逸れる。

 それを見た一人の男が堪らず声を掛けた。


 「アイリ様、隊列を崩されては困ります。ここはすでに圏外……。」


 男の視線が周囲を警戒するように走る。


 「いつ、奴らが襲ってきたとしてもおかしくありません。もっと小隊長としての自覚を持っていただけませんと。」


 男の言葉も無理はない。

 今回の遠征でレグナスは十五名ほどの小隊を複数編成し、補給を担う本隊を取り囲むように配置していた。

 その中でもアイリたちの小隊は最前線。

 敵と最初に接触する可能性が最も高い危険な配置だった。


 しかも、アイリはその小隊長というのだ。

 目の前で馬に見とれている少女に命を預けなければならないのだから、隊員たちの不安も無理はない。


 「ゴメン、ゴメン。」


 アイリは気まずそうに頭を掻いた。


 「でも、どうせなら楽しい方が良くない?」


 アイリは笑いながら肩を竦めた。


 「はぁ〜。それでアイリ様は乗馬経験がお有りで?」


 「ないよ。だから、一度乗ってみようかなぁって。」


 まるで遠足に来ているかのような口振りに、男は思わず手で額を覆った。


 その時だった。


 「左翼前方、異常なし!」


 遠征隊の外縁を進む斥候から声が飛ぶ。


 「右翼中段、異常なし!」


 「左翼後方、異常なし!」


 次々と男たちの声が連なっていく、定期伝令の時間だ。

 各小隊に与えられた役目は実に単純。

 誰よりも早く敵を見つけ、その情報を全隊へ伝えることだ。

 そのため小隊同士は互いを見失わない距離を保ちながら進んでいる。


 レグナスが考案した索敵網だった。


 遠征の目的は魔物を殲滅することじゃない、ミルズガルズに辿り着くことだ。

 それを体現した作戦だった。

 

 「それにしても、暇だねぇ。」


 アイリは指をくるくると回しながら、呟いた。


 「なに言ってるんですか。いいですか、今回の目的は……。」


 「あぁ、はいはい。分かってるよ。魔物に合わないことで……。」


 突然、アイリの眼光が鋭く光る。

 その瞬間――


 「前方中段より敵襲!」


 隊員が叫び終わるより先に、アイリは吸い込まれるように前へ駆け出していた。

 背中の大剣を引き抜き、一閃。


 薙ぎ払った草花と一緒に、身を潜めていたダイアラットが宙を舞う。


 その数、およそ十匹。


 地面に叩きつけられる頃には、すでにその全てが絶命していた。


 アイリは大剣を肩に担ぎ、そのまま振り返った。


 「前だね。うん、分かった。気をつけるよ。」


 隊員たちの間に沈黙が落ちる。

 誰もが、しばらく言葉を失っていた。


 その頃――


 「こらっ。ダメじゃないか、大事にしなきゃ。」


 むくれ顔にふくれっ面。

 腕を組みながらアルセリオンがこちらを見ている。

 僕が出会ったばかりの好青年にこれまでの出来事を話した結果だ。


 「……で、君は慣れないそれでこんな危ないところに!」


 アルセリオンは眉を潜め、僕を上から下まで見たあと、視線を腰元で止めた。


 「……短剣、か。」


 小さく呟いたあと、少しだけ言葉が詰まる。


 「元は短槍使い、って言ってたよね。」


 一拍置いて、視線が鋭くなる。


 「それを“なくした”状態でここに来るのは、正直――無謀だよ。」


 責めているというより、事実を並べる声だった。

 ――返す言葉がない。


 その様子にアルセリオンはふくれ顔のまま肩をすくめる。


 「まぁ……生きてるから良し、とはするけどさ。」


 「……彼女を危険な目に合わせてるって自覚は持ったほうがいい。」


 アルセリオンの厳しい視線が、ナンナへと向いた。


 「か、彼女じゃありません!」


 ナンナの慌てた声に、その場の空気が一瞬固まった。


 「えっ、あ……、ゴメン。君って男の子?」


 アルセリオンは目を丸くして、ナンナをまじまじと見つめる。


 「ち、違います……。」


 そう言い残すと、ナンナはそそくさと木陰へ身を隠してしまった。


 アルセリオンは首を傾げてその様子を見ていたが、何かを思い出したようにストレージに手を置いた。


 彼が取り出したのは、一振りの短槍。

 鏡面のように輝く黄金色の穂先と、螺旋状の紋様を刻んだ柄。

 そして、その長さは接近戦にも間合いの制御にも向く、実戦的なバランスに収まっている。

 僕はその短槍に釘付けになってしまった。


 「これは……?」


 思わず、僕はアルセリオンに問いかけた。


 「この前、魔物がドロップしたんだけど、あんまり使う機会がなくてね。どう、持ってみる?」


 僕はおずおずと両手を差し出し、その短槍を受け取った。


 触れた瞬間に分かる。 ただの武器じゃない。

 装飾の精巧さもさることながら、手の中に吸い付くような馴染み方。 明らかに“当たり”の品だ。


 ──なのに、どこか違う。

 何かが、決定的にしっくり来ない。


 「つまり、そういうことだよ。」


 アルセリオンは頷きながら、呟いた。


 「君はきっと武器を探してるんじゃないんだ。」


 言葉がそこで一度、途切れる。

 そして、アルセリオンは短槍から視線を外すと僕を見た。


 「戦い方を探してるんだよ。」


 戦い方――

 今までそんなこと、考えてもみなかった。

 

 僕は天を仰いで、これまでを振り返った。


 差し出された手。

 隣で剣を振るう姿。

 無邪気に笑う顔。


 そのどれもが、アイリだった。

 ――そうか。


 胸の奥で、何かが静かに落ちる。

 そういうことか。


 僕は小さく息を吐き、前を向いた。

 その様子にアルセリオンは目を細めた。


 「それじゃあ、探しに行こうか。」


 「本当の君を、ね。」


 アルセリオンはそう言って、森の奥へ視線を向けた。


 「君の話なら、あそこにその答えがあるんじゃないか。」


 「……また、行くんですか?」


 木陰から顔を出したナンナが心配そうにこっちを見ている。


 「あぁ、彼がそれを望むならね。」


 アルセリオンの言葉に迷いはない。

 

 風が草を揺らす。

 僕は手の中の短槍へ視線を落とした。

 しっくりこない。

 けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。

 今までは武器がないことばかりを考えていた。

 だけど、本当に足りなかったのは別のものだったのかもしれない。


 僕は短槍をアルセリオンに返した。


 「良いのか?」


 「あぁ、相棒はコイツじゃない。」


 手の中から消えた重みに、不思議と未練はなかった。


 「……やってみるか。」


 そう呟いて一歩踏み出した。


 アルセリオンの笑みが、背中越しに感じられた。

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