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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第二章 全員敵対プロトコル

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第二十二話 継がれる意思

 「やぁ、お嬢じゃねぇか。久し振りだな。」


 背後から聞こえる馴れ馴れしい声。

 アイリは思わず振り向いた。


 「あぁ、えぇ~っと……?」


 「ガルドだ。いいかげん覚えてくれよ。」


 「そうそう、ガルガルさん。」


 「…… ……。」


 声を掛けてきたのはフルプレートを身に纏った大男だった。その横には、同じような装いの男が二人並んでいる。


 「おい。お前ら、もうすぐ集合……!?」

 

 三人の後ろから、聞き覚えのある野太い声が飛んできた。


 「アイリじゃないか。」


 「あっ、アルクさん。どぉも。」


 フルプレート三人組のリーダー、アルクだ。

 最近やたらと酒場へ顔を出しているとユマークから聞いている。

 その理由を思い出したアイリは口元が緩んだ。


 「やっぱり来てくれると思ったぜ。……って、なんだその顔は?」


 「いやぁ、別にぃ。」


 アイリのニヤニヤが止まらない。


 「それで……、今日は一人か。」


 「ふふっ、ゴメンね。ナンナなら今日はユマくんと狩りに出掛けたわ。だから、遠征隊の演習には私だけ参加。」


 「なっ――」


 アルクは言葉を詰まらせ、視線を泳がせた。


 「おいおい。」


 「分かりやすすぎるだろ。」


 横で聞いていたガルドたちが吹き出した。


 「うっさい!!」


 鈍い打撃音。

 アルクのゲンコツ三連撃は見事にガルドたちを捉えた。


 「いてぇ!?」


 「兄貴、理不尽!」


 「俺は何も言ってねぇだろ!」


 そんな騒ぎを切り裂くように声が飛んだ。 一同が反射的に振り返る。


 「諸君。そろそろ整列してもらえるかな?」


 壇上に立っていたのは、ロングコートの優男――レグナスだ。


 ざわついていた広場が徐々に静まり返る。

 レグナスは小さく頷くと、集まった参加者たちを見渡した。


 「諸君。まずは礼を言わせてくれ。


 今日、私の呼び掛けに応じ、ここへ集まってくれたことを感謝する。これほど頼もしい面々が揃うとは、正直なところ私も予想していなかった。」


 レグナスの声に呼応するように、アルクの眼光は鋭さが増す。

 ガルドたちも先ほどまでの軽口を引っ込め、真剣な表情で壇上を見つめていた。


 アイリは思わず息を呑んだ。

 先ほどまで笑い合っていた男たちとは思えない。


 「ユグドラシルに幽閉されてから数ヶ月。

多くの同胞がミルズガルズを目指し、旅立っていった。」


 「……しかし、我々はいまだ夢から醒めず。

 また、旅立った者たちも誰一人として戻ってはいない。」


 レグナスの言葉が、並ぶプレイヤーたち一人ひとりに降り注ぐ。


 「我々のために散った同胞たちの死は、無駄だったのだろうか――」


 一瞬の静寂。


 「いや、違う。」


 レグナスは力強く言い切った。


 「彼らの死を無駄にするかどうかは、遺された我々にかかっている。」


 アイリもまた、レグナスから視線を逸らせなかった。


 「これから約十日後、我々は同胞たちの意思を継ぎ、圏外拠点建設のためここを旅立つ。


 そこには多くの苦難が待ち受けているだろう。  

 不幸にも命を落とす者も、決して少なくはない。」

 

 レグナスは目を閉じて、言葉を切った。

 静寂が広場を包む。

 誰も口を開こうとはしない。


 「だが、それでも。


 命を賭したその先には、必ず我々の目指すものがあると私は信じている。」


 レグナスは集まったプレイヤーたちをゆっくりと見渡した。


 「愛する者のために。

 愛する者に同じ思いをさせないために。

 共に立ち上がろうではないか。」


 一瞬の静寂。

 やがて広場のあちこちから賛同の声が上がり、大きな拍手が広がっていく。

 その中で、アイリはただレグナスを見つめていた。


 胸の奥がじんわりと熱い。

 上手く言葉にはできない。

 けれど――。


 レグナスは言っていた。

 アイリも同じ匂いがすると。

 あの時はよく分からなかった。

 けれど――


 今なら、その意味が少しだけ分かるような気がした。


 ◇


 「たっだいまー。」


 弾けるような声が酒場中に響く。

 皆が振り返ると、そこにはくしゃくしゃな笑顔をみせるアイリの姿があった。


 その後ろには頬がこけ、今にも崩れ落ちそうなガルドたち三人組。


 さらにその後方で、呆れた表情のアルクが腕を組んで立っている。


 皆、顔に泥をつけ、腕には無数のミミズ腫れが走っていた。


 「ちょっと、あんたたち……。何があったんだい?」


 流石に心配そうな表情を浮かべたリッカが駆け寄ってくる。


 「へへへっ、特訓。」


 アイリは指で鼻を擦りながら、それでも笑顔を崩さない。

 その言葉に、ガルドたちの肩が一斉に跳ねた。


「お前ら……明日からもっと厳しくするからな。」


 酒場中に三人の悲鳴が響き渡った。


 アイリはいつもの席に座って、ひと息ついた。


 「あれ?ユマくんとナンナは?」


 「そう言えば、まだ戻ってきていないね。それより、あなたたちこそ大丈夫なのかい。」


 心配そうに視線を向けるリッカに、アイリはピースサインで応えてみせた。


 「レグナスがねぇ――」


 一瞬、リッカの表情が曇る。

 だが、今のアイリはそれに気づけなかった。


 「お前、素質あるって。前衛でみんなを鼓舞してやってくれ……だってさ。」


 アイリは実に嬉しそうに話していた。


 「しかも、なんと――日当まで貰っちゃった。リッカさん、今日はいっぱい頼むから、覚悟してね。」


 リッカは深いため息を落とした。


 そのとき、再び扉が開く。

 酒場の空気がわずかに揺れた。

 そこに立っていたのは、頬がこけ、今にも崩れ落ちそうなユマークの姿だった。


 「……ただいま」


 かすれた声。

 その横にはナンナの姿。

 腕を組み、冷ややかな視線をユマークへと向けている。その表情には、珍しく苛立ちの色が滲んでいた。


 「リッカさん、これぇ……。」


 ユマークは気まずそうに、ラビットミートを一つだけ差し出した。

 一日中狩りに出ていたとは思えないほどの、寂しい成果だった。


 「リッカさん、それを仕留めたのは私ですからね。」


 ナンナの非情な声が横から落ちてくる。

 返す言葉もない――

 それでも僕は、三人分の水を汲んで席についた。


 「その様子じゃあ……」


 アルクが哀れみを含んだ声を漏らす。

 その優しさが、今は少しだけ沁みる。


 「はい、お待ちどうさま」


 テーブルに並べられる豪華な料理の数々。

 いつの間にか、アイリはメニューの端から端まで頼んでいたようだ。

 僕とナンナは思わず、言葉を失った。

 ――この人に財布は預けられない。


 「さっ、みんな食べよう。美味しいよ」


 すでに頬を膨らませながら、アイリは笑っていた。


 「……いただきます。」


 ナンナも観念したように、霜焼き鶏の塩鉄グリルに手を伸ばす。

 岩塩で一気に焼き上げられた肉は、皮はパリッと弾け、中から熱い肉汁が滲み出る。

 思わず、ナンナの目が細くなる。


 その後、皆も一斉に料理へと飛びつき、皿は瞬く間に空になった。

 途中、酔ったガルドがアイリに何度もエールを勧めていたが、それはナンナが全力で止めていた。まあ、いつもの光景だ。

 僕にもアイリが何度も勧めてきたが、静かに首を振る。

 今はただ、それを眺めているだけで十分だった。


 あっという間に夜も更け、宴はお開きとなり、それぞれ疲れた身体を休めるため、席を立った。


 「……アイリさん、本当に大丈夫ですか。無理していませんか」


 「うん、心配してくれてありがと。私は……大丈夫だよ」


 そのやり取りを見ながら、僕はふと息を吐いた。


 《いつでも帰ってきていいんですよ》

 ナンナの声が、そんなふうに聞こえた気がした。


 ナンナらしい、不器用な気遣い。

 それはきっと、今の僕にはできないものだ。


 僕はただ黙って、それを聞いていることしかできなかった。

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