第二十二話 継がれる意思
「やぁ、お嬢じゃねぇか。久し振りだな。」
背後から聞こえる馴れ馴れしい声。
アイリは思わず振り向いた。
「あぁ、えぇ~っと……?」
「ガルドだ。いいかげん覚えてくれよ。」
「そうそう、ガルガルさん。」
「…… ……。」
声を掛けてきたのはフルプレートを身に纏った大男だった。その横には、同じような装いの男が二人並んでいる。
「おい。お前ら、もうすぐ集合……!?」
三人の後ろから、聞き覚えのある野太い声が飛んできた。
「アイリじゃないか。」
「あっ、アルクさん。どぉも。」
フルプレート三人組のリーダー、アルクだ。
最近やたらと酒場へ顔を出しているとユマークから聞いている。
その理由を思い出したアイリは口元が緩んだ。
「やっぱり来てくれると思ったぜ。……って、なんだその顔は?」
「いやぁ、別にぃ。」
アイリのニヤニヤが止まらない。
「それで……、今日は一人か。」
「ふふっ、ゴメンね。ナンナなら今日はユマくんと狩りに出掛けたわ。だから、遠征隊の演習には私だけ参加。」
「なっ――」
アルクは言葉を詰まらせ、視線を泳がせた。
「おいおい。」
「分かりやすすぎるだろ。」
横で聞いていたガルドたちが吹き出した。
「うっさい!!」
鈍い打撃音。
アルクのゲンコツ三連撃は見事にガルドたちを捉えた。
「いてぇ!?」
「兄貴、理不尽!」
「俺は何も言ってねぇだろ!」
そんな騒ぎを切り裂くように声が飛んだ。 一同が反射的に振り返る。
「諸君。そろそろ整列してもらえるかな?」
壇上に立っていたのは、ロングコートの優男――レグナスだ。
ざわついていた広場が徐々に静まり返る。
レグナスは小さく頷くと、集まった参加者たちを見渡した。
「諸君。まずは礼を言わせてくれ。
今日、私の呼び掛けに応じ、ここへ集まってくれたことを感謝する。これほど頼もしい面々が揃うとは、正直なところ私も予想していなかった。」
レグナスの声に呼応するように、アルクの眼光は鋭さが増す。
ガルドたちも先ほどまでの軽口を引っ込め、真剣な表情で壇上を見つめていた。
アイリは思わず息を呑んだ。
先ほどまで笑い合っていた男たちとは思えない。
「ユグドラシルに幽閉されてから数ヶ月。
多くの同胞がミルズガルズを目指し、旅立っていった。」
「……しかし、我々はいまだ夢から醒めず。
また、旅立った者たちも誰一人として戻ってはいない。」
レグナスの言葉が、並ぶプレイヤーたち一人ひとりに降り注ぐ。
「我々のために散った同胞たちの死は、無駄だったのだろうか――」
一瞬の静寂。
「いや、違う。」
レグナスは力強く言い切った。
「彼らの死を無駄にするかどうかは、遺された我々にかかっている。」
アイリもまた、レグナスから視線を逸らせなかった。
「これから約十日後、我々は同胞たちの意思を継ぎ、圏外拠点建設のためここを旅立つ。
そこには多くの苦難が待ち受けているだろう。
不幸にも命を落とす者も、決して少なくはない。」
レグナスは目を閉じて、言葉を切った。
静寂が広場を包む。
誰も口を開こうとはしない。
「だが、それでも。
命を賭したその先には、必ず我々の目指すものがあると私は信じている。」
レグナスは集まったプレイヤーたちをゆっくりと見渡した。
「愛する者のために。
愛する者に同じ思いをさせないために。
共に立ち上がろうではないか。」
一瞬の静寂。
やがて広場のあちこちから賛同の声が上がり、大きな拍手が広がっていく。
その中で、アイリはただレグナスを見つめていた。
胸の奥がじんわりと熱い。
上手く言葉にはできない。
けれど――。
レグナスは言っていた。
アイリも同じ匂いがすると。
あの時はよく分からなかった。
けれど――
今なら、その意味が少しだけ分かるような気がした。
◇
「たっだいまー。」
弾けるような声が酒場中に響く。
皆が振り返ると、そこにはくしゃくしゃな笑顔をみせるアイリの姿があった。
その後ろには頬がこけ、今にも崩れ落ちそうなガルドたち三人組。
さらにその後方で、呆れた表情のアルクが腕を組んで立っている。
皆、顔に泥をつけ、腕には無数のミミズ腫れが走っていた。
「ちょっと、あんたたち……。何があったんだい?」
流石に心配そうな表情を浮かべたリッカが駆け寄ってくる。
「へへへっ、特訓。」
アイリは指で鼻を擦りながら、それでも笑顔を崩さない。
その言葉に、ガルドたちの肩が一斉に跳ねた。
「お前ら……明日からもっと厳しくするからな。」
酒場中に三人の悲鳴が響き渡った。
アイリはいつもの席に座って、ひと息ついた。
「あれ?ユマくんとナンナは?」
「そう言えば、まだ戻ってきていないね。それより、あなたたちこそ大丈夫なのかい。」
心配そうに視線を向けるリッカに、アイリはピースサインで応えてみせた。
「レグナスがねぇ――」
一瞬、リッカの表情が曇る。
だが、今のアイリはそれに気づけなかった。
「お前、素質あるって。前衛でみんなを鼓舞してやってくれ……だってさ。」
アイリは実に嬉しそうに話していた。
「しかも、なんと――日当まで貰っちゃった。リッカさん、今日はいっぱい頼むから、覚悟してね。」
リッカは深いため息を落とした。
そのとき、再び扉が開く。
酒場の空気がわずかに揺れた。
そこに立っていたのは、頬がこけ、今にも崩れ落ちそうなユマークの姿だった。
「……ただいま」
かすれた声。
その横にはナンナの姿。
腕を組み、冷ややかな視線をユマークへと向けている。その表情には、珍しく苛立ちの色が滲んでいた。
「リッカさん、これぇ……。」
ユマークは気まずそうに、ラビットミートを一つだけ差し出した。
一日中狩りに出ていたとは思えないほどの、寂しい成果だった。
「リッカさん、それを仕留めたのは私ですからね。」
ナンナの非情な声が横から落ちてくる。
返す言葉もない――
それでも僕は、三人分の水を汲んで席についた。
「その様子じゃあ……」
アルクが哀れみを含んだ声を漏らす。
その優しさが、今は少しだけ沁みる。
「はい、お待ちどうさま」
テーブルに並べられる豪華な料理の数々。
いつの間にか、アイリはメニューの端から端まで頼んでいたようだ。
僕とナンナは思わず、言葉を失った。
――この人に財布は預けられない。
「さっ、みんな食べよう。美味しいよ」
すでに頬を膨らませながら、アイリは笑っていた。
「……いただきます。」
ナンナも観念したように、霜焼き鶏の塩鉄グリルに手を伸ばす。
岩塩で一気に焼き上げられた肉は、皮はパリッと弾け、中から熱い肉汁が滲み出る。
思わず、ナンナの目が細くなる。
その後、皆も一斉に料理へと飛びつき、皿は瞬く間に空になった。
途中、酔ったガルドがアイリに何度もエールを勧めていたが、それはナンナが全力で止めていた。まあ、いつもの光景だ。
僕にもアイリが何度も勧めてきたが、静かに首を振る。
今はただ、それを眺めているだけで十分だった。
あっという間に夜も更け、宴はお開きとなり、それぞれ疲れた身体を休めるため、席を立った。
「……アイリさん、本当に大丈夫ですか。無理していませんか」
「うん、心配してくれてありがと。私は……大丈夫だよ」
そのやり取りを見ながら、僕はふと息を吐いた。
《いつでも帰ってきていいんですよ》
ナンナの声が、そんなふうに聞こえた気がした。
ナンナらしい、不器用な気遣い。
それはきっと、今の僕にはできないものだ。
僕はただ黙って、それを聞いていることしかできなかった。




